26 彼の管理下
シルバーローズから一番距離の離れた街の反対側。エリィサの記憶を頼りに向かうと、例の建物があった。
一見普通の石造りの建物。その建物は2階建てになっており、1階の方は飲み屋になっていた。
「いらっしゃい!」
その飲み屋に入ると、いたのはいかつい男ども。客のほとんどがウルフハウルの人間だろう。
俺がそこに踏み入ると、彼らは一斉にこちらに目を向けてきた。
ん? なんだ?
やっぱり警戒はされていたのか?
すると、入り口近くにいた男が、俺の前に立ちふさがる。
「なんだ、おめぇ。見ねぇ顔だな」
「お前らに用はない」
左手を横に振り、魔法を唱える。
すると、男どもはドタバタと倒れていった。従業員も眠らせた。
こんなやつを相手にしている暇はない。
急いでベルさんのところに向かわないと。
カウンターの奥にある扉を開けると、階段があり、地下へと繋がっているようだった。
ここを下りれば、きっとベルさんがいる。
だが、地下牢があるとなると、監視されていることだろう。
俺は警戒しながら、階段を下りていく。地下牢は思った以上に暗く、光魔法である
階段を下りると、前に真っすぐ道が続いており、それに沿うように牢屋が並んでいた。また、交差するように横にも道が真っすぐと続いていた。
どこかに繋がっているのか?
敵がいないか、確認する。すると、咳をする女性の声が地下に響いた。
声を頼りに走っていくと、ある牢屋の前に明かりがあった。
その牢屋には弱った女性。彼女の手首には鎖付きの手錠が付けられていた。
髪はかなり荒れているが、あれはベルだ。1ヶ月も酷い扱いを受けたのだろう。
「あ、あなたは…………ス、スレイズさん?」
「はい、そうです。遅くなってすみません」
俺は牢屋の鍵を爆発魔法で壊し、ベルさんの元へ。彼女はやせ細り、手足は骨が浮き彫りに。さらに、体中にはあざや切り傷があった。
やつらに暴力を受けて、ろくに食事も与えられなかったのだろう。
――――――――――――ウルフハウルの連中め、絶対に許すものか。
「ベルさん、シルバーローズに帰りましょう」
「え、ええ…………」
ベルさんはさすがに歩けそうにもなかったため、俺は彼女を横抱きし、牢屋を出る。
すると、階段の方から複数の足音が聞こえてきた。
チッ。ウルフハウルのやつらだな。
「貴様何者だ!?」
「
俺は怒りを交えた声で忠告する。
しかし、相手は引かない。むしろ前へと進んでくる。
すると、廊下を灯していた1つの光が彼らを照らす。そして、俺は彼らの姿を目にした。
「なっ」
なんでやつら…………いや、この人たちがこんな所に?
彼らは騎士団の制服を身にまとっていた。
「ウルフハウルだと…………? 我々はあんな野蛮な連中ではない! それにここは王子の管理下の敷地だ。貴様のようなものが入っていいところではない! 罪人から離れろ!」
ベルが罪人? 王子の管理下?
ここはウルフハウルのものじゃないのか?
どういうことだ?
★★★★★★★★
ウルフハウルのある部屋。
そこではベルベティーンがソファに座っていた。彼の前の机に置かれた水晶は光を放っている。
ベルベティーンが肩をすくめると、その大きな水晶から、ため息が聞こえてきた。
『失敗した…………か』
「ったく、エリィサのやつ。古代魔法を使ってまでにやったのに失敗するとか」
『まぁ、1回の失敗ぐらい見逃してあげようじゃないか。この失敗を利用できる場合もあるのだし』
水晶からフフフと笑い声が聞こえてくる。
『さて、ベルベティーン。次の手は考えているのかい?』
「まぁな。この前言ってたやつを実行するさ。エリィサの失敗を利用しつつな」
『なるほど。今、シルバーローズの受付嬢はどうなっています?』
「誰かが店を襲ったらしいから、もうきっと逃げているだろうな。店にいたやつらとは連絡がつかない。だが、あの店の近くの監視させていたやつ曰く、スレイズだけが1人であの店に入っていったようだぜ」
『ほぉ、スレイズというのはあなたがいつか話していた例の方ですか』
「そうだ」
『なるほど。私も一応のため、地下の方には送り込んでいます。逃げるのには少々時間がかかることでしょう……………………ふむ、今が絶好のチャンスでは?』
そんな問いに、ベルベティーンは答えはしなかったものの、笑みを見せた。
『彼女、そこにいるのでしょう?』
「ああ。いるが?」
『なら、今すぐにでも行かせよう。タイミングを逃してしまう』
「だってよ、ババア」
ベルベティーンは背後にちらりと目をやる。
そこには背骨の曲がった1人の女性が。彼女は大きなローブをまとい、まるで森の中にこもっている魔女のようだった。
「今からでもいけるかって…………まぁ、お前はいつでも行ける準備をしていたな」
「ええ。いつでも行けるわ」
水晶に映る人と目を合わすと、お辞儀をするおばあさん。
彼女はフードを深くかぶり、顔上半分は見えなかった。
「でも、ベルベティーン、ババアはやめてくれるかしら」
「あ? なんでだよ」
「この姿でいるのは今だけだからよ」
しかし、フードの奥から、桃色の髪とニヤリと笑う口がちらりと覗いていた。
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