25 先輩に任せて

 Ⅱ級魔法、記憶遡上メモリーアップストリーム

 俺はその魔法を使い、エリィサの記憶をたどる。

 ベルは一体どこに連れていかれたんだ?

 

 脳内で再生される、エリイの目線の景色。

 ウルフハウルのギルドに、そこの周辺の街並み。魔物の復活の件か、近郊の森や『アドの火』の連中も見えた。


 「くっ」


 Ⅱ級の魔法だけあって、きついな。頭に少し痛みが響く。


 そうして、記憶をたどっていると、ある建物の地下へと歩いていく記憶を見つけた。

 建物はウルフハウルの近く…………地下には牢屋があるのか?

 

 牢屋にはベルがいた。

 彼女はやせ細り、覇気もない。服もボロボロで、傷だらけ、まさに死にかけの状態だった。

 この記憶は幸いつい最近のもの。だとしても、ベルがマズいな。


 手をエリィサの頭からパッと離す。彼女はフラフラしながらも、座り込んだ。

 …………記憶は吹き飛んでいないのか。


 「記憶が吹き飛ばなくて良かったな」

 「兄貴…………何を…………」


 エリィサは何が起きているのか分からないのか、頭を抱えていた。


 「スレイズくーん」

 「?」


 背後から聞こえてきた呑気そうな声。

 振り向くと、そこにいたのは1人の少女。

 彼女は鋭い黄色い瞳と、オレンジ色の髪をお下げにしていた。


 まぁ、ここら辺は普通の女の子ぽいんだが。

 目の前にいた少女は特徴的な猫耳フード付きの服を着ていた。


 この人とちゃんと話したことないが、マスターに私のパーティーメンバーだって紹介されたな。結構前のことだったから忘れていたけれど。

 確か、この人から「自分をアル先輩って呼んで」って以前言われたはず。


 そのアル先輩はエリィサをじっと見て、首を傾げていた。


 「彼女、座り込んでいるけど、どうしたんだにゃん?」 

 「アル先輩。コイツ、ウルフハウルの連中で…………」

 「にゃるほど。だから、見ない顔だったんだにゃーん」

 

 1人納得したアル先輩。彼女はうんうんと頷くと、また首を傾げた。

 

 「それで…………スレイズくん、何があったんだにゃん? あたしに教えてくれないかにゃん?」


 信用できるアル先輩に、俺はこれまでの事情を説明する。彼女は時折頷くも、何も言うことはなかった。

 うーん。これで全部話したが…………。


 アル先輩は全て聞き終えても、黙ったまま。しかし、一時して彼女の口は開いた。


 「にゃるほどねぇ。ベルさんがねぇ…………それはヤバいにゃん」

 「そうなんです。だから…………」

 「君が行くのかにゃん? 1人で?」

 「はい」


 先輩は俺をまじまじと見ると、うんうんと頷き、


 「わかったにゃん! 君ならまぁ大丈夫だにゃん。この人はあたしが見ておくから、行っておいでにゃん」


 とニコリと笑い言ってくれた。

 あ。

 でも、エリィサコイツ以外にもウルフハウルがいるんだよな。

 どうしようか…………。


 「あの…………」

 「ん? どうしたにゃん?」

 「外にもコイツの仲間がいるんで…………」

 「おーけおーけ! そいつらもちゃんと捕まえておくにゃん。マスターにも伝えておくにゃん。先輩に任せてにゃん」


 アル先輩は胸をとんと叩く。いい人だな。


 「ベルさんのことは君に任せたにゃん!」

 「はい!」


 返事をすると、俺はすぐさまギルドを出る。そして、風魔法を使い、屋根へと上がった。

 朝とはいえ、街にはすでに多くの人がいる。中心部にいけばいくほど、人も馬車も増えるだろう。

 そう考えると、普通に道を走るよりも、屋根を使ってでの移動の方が早い。


 そうして、俺は屋根から屋根へと飛び、ベルがいる建物へと向かった。

 



 ★★★★★★★★

 



 スレイズがいなくなったシルバーローズのギルド。

 朝から飲み始めているのか、それとも夜通し飲んでいたのか分からないが、そこにはおにいさんやおっさんたちが飲んでいた。


 「アルちゃーん。そこで突っ立って、どーしたのさ? ん? 女が座りこんでいるじゃねーか。その子も連れて、こっちで飲まないか? 酒豪のアルちゃんは夜通し飲んでも、飲み足りないだろ?」

 「そうだけどー。ちょっと待ってにゃんー」

 

 猫耳パーカーを着る少女。

 彼女が手にしているのは槍。その槍先をエリィサの首に向ける。

 

 「テメェ、ナターシャちゃんと…………誰をよこせって言ったんだ?」


 猫のような鋭い瞳。彼女の口調はまるで別人のように切り替わっていた。

 何もできなくなっていたエリィサは彼女を睨む。


 「その目はなんだ。抹殺されたいのか?」

 「そんなことあんたにできるの? シルバーローズの…………よく分からないあんたに?」

 「こんな見た目しているけど、私はこれでもマスターの右腕。なめないでもらいたいねぇ」

 

 「ハッ。そんなに強いなら、とっとと私をやればいいじゃない」

 

 エリィサは煽るように言った。すると、アルは槍先をグイっとエリィサの首に寄せる。

 少しでも動けば、首を真っ二つにできる状況だった。

 

 「ウルフハウルごみどもの下っ端のあんたのことなんて、私には全て簡単に消せる。存在しなかったことにもできるんだけどな…………」


 アルはエリィサの首から槍先を離し、彼女に眠りの魔法をかける。


 「そんなことすれば、兄上たちのお叱り確定になっちまうから、止めておくよ」


 魔法をかけられたエリィサは睡魔と格闘していたが、一時して地面に寝転んだ。スヤスヤと眠りにつく。

 そんな顔を見たアルは苛立ちこもった舌打ちをし、窓の外に目を向けた。


 「ったく、あの野郎。妙な動きをしていると思ったら、ウルフハウルと繋がっていたか。兄上たちに報告しないとな」


 彼女は小さく呟くと、エリィサから離れる。そして、さっきまで一緒に飲んでいた男の元へ。


 「やっと来たか、マスターの右腕さんよぉ」

 「来ましたにゃん。あ、でも、あの子、酔いつぶれちゃったみたいにゃーん」

 「マジか。じゃあ、俺たちだけで飲もうぜ!」


 出来上がりかけの男は上機嫌にジョッキを空に上げる。

 しかし、アルの方は困った顔を浮かべた。


 「…………そうしたいところなんだけれど、マスターからちょっーと頼まれ事していたの思い出したにゃん」

 「おぅ、そうなのか。どのくらいかかるんだ?」

 「すぐ終わるにゃん! だから、今すぐ庭に行って終わらせてくるにゃん。すぐに戻ってくるにゃん」

 「そうか! じゃあ、用事が終わったら、飲もうぜ!」

 「おーけにゃん! まぁ、でも、兄貴も酒はほどほどににゃーん」

 「あいよー」


 そうして、彼女は庭に繋がる出口へと歩いていった。

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