24 絶縁

 「随分と気づくのが遅かったですね。スレイズ・クランさん」

 「…………」

 

 俺たちの間に沈黙が流れる。

 入り口の方から冷たい風が吹きこんできた。


 「あんた、本当に何者だ? 俺はここで苗字を名乗ったことなんてないんだが」


 なぜ、ベルは俺の苗字を知っている?

 ベルベティーンたちがいるウルフハウルとつながりを持っていたら、おかしくはないが。

 それだと、ベルは本当に…………本当にウルフハウルに寝返ったことになる。


 ベルさんが…………シルバーローズの裏切り者? 本当にか?


 「あ、そうだったんだ」と呟くベル。彼女は後ろにまとめていた髪をおろした。そんな彼女は別人に見えた。

 俺は試しに彼女に魔法が掛けられていないか、探知魔法をかける。

 すると、探知魔法は反応。


 コイツ…………まさか。

 俺は息を飲み、尋ねた。

 

 「お前、ベルさんではないな?」

 

 すると、またベルは笑い出す。


 「覚醒したって言ってたから、兄貴ならもっと早く気づくと思ってた」


 彼女はそう言うと、パチッと指を鳴らした。

 茶色の髪は徐々に灰色の髪へ。俺と同じ色の髪になっていく。

 琥珀色だった瞳も淡い水色になっていた。


 変化したベルの姿はまさに俺の妹エリィサ・クランであった。

 

 「…………エリィサ。なぜここに」

 「なぜって、このシルバーローズを壊滅しようと思ったからに決まってるじゃん」

 「は?」


 「殺したはずの魔物を復活させて、一般市民を怒らせる。その市民たちにこのシルバーローズを潰させようというのが私たちの計画だった」


 シルバーローズを潰す? 一体何の目的で?

 俺が訝し気な目を向けると、エリィサは肩をすくめた。やれやれとでも言いたげな様子だ。


 「だけど、兄貴たちったら、魔物をあっという間に倒しちゃうんだからさ。全くもう、私

が怒られっちゃったじゃん」

 「…………全部お前だったのか」

 「まぁ、私は指示されたことをやっただけ。成功させれば報酬がたんまりもらえるらしいからね」


 今までのことがエリィサコイツの仕業だったのは分かった。全てベルさんになりすましていたエリィサのせいだ。

 だが、そのベルさんはどこだ? 


 受付奥に目をやっても、人はいない。魔法で確認しても、ギルド内に彼女がいる気配がなかった。

 

 「エリィサ、ベルさんはどこだ」

 「…………」

 「ベルさんはどこだ!?」

 「…………フフフ」

 「おい゛っ?!」


 俺はドンと踏み鳴らす。しかし、エリィサは一切動じない。余裕の笑みを浮かべるだけ。

 すると、彼女は「まぁ、兄貴。話を聞いてよ」と言う。

 話を聞けだって? こんな状況で?

 

 「先日ね。シルバーローズを潰すことができないなら、ってベルベティーンからある指示がきたの。何だと思う?」

 

 そんなの、知るか。

 答えずに黙っていると、エリィサは俺に顔を近づけ、


 「ば・く・は・つ・ま・ほ・う」


 と言った。

 ばくはつまほう…………爆発魔法だと?

 このギルドにか?


 俺はギルド内を見渡す。


 「そうだよ、兄貴。ここに爆発魔法を仕掛けろって言われてね、私が仕掛けたの。魔法陣を使ってね」

 「…………」


 「いやぁ、苦労したよ? 私、兄貴のせいでだかなんだか知らないけれど、ステータスが落ちて、ほとんど上級魔法が使えなくなったんだよね―――――でも、ある方から古代魔法を教えてもらったの」


 「それで爆発魔法を仕掛けたというのか」

 「うん、そうだよ。まぁ、私1人じゃ発動させることはできないけれど」


 古代魔法。

 俺もその魔法があることは知っている。物知りメイヴから歴史を変えてしまう魔法があると聞いていた。


 黒魔法と同じように一部の古代魔法が禁忌に指定。禁忌に指定されていない魔法もあるが、ほんの一部の人間しか知らない。

 だから、使う人はほとんどいない。


 しかし、エリィサはその古代魔法を使った。

 一体誰からそんなものを教えてもらったんだ?


 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 エリィサはさっき「1人では発動させれない」と言った。つまりこの近くにウルフハウルの連中が潜んでいる可能性がある。

 近くの窓から見えるのは銀薔薇が咲き誇る庭。朝早いため、マスターはいない。

 あそこか…………。


 「私が合図すればシルバーローズここは爆発。そこにいる人たちも消えちゃうね」

 「そんなことすれば、お前も死ぬぞ」

 「うん、そうだよ」


 俺の瞳を真っすぐ見るエリィサ。しかし、その瞳の裏に企みがあるように思えた。


 「でも、私は死にたくない―――――――――だから、兄貴、取引しよう」

 「取引…………だと?」

 「ええ。そう、取引。ベルって女を兄貴に返す代わりに、ナターシャちゃんとエステルっていうギルドマスターを私に引き渡してちょうだい。あ、拘束してね。攻撃されたら困るから」


 ナターシャとエステル?

 

 「何する気だ」

 「は何も。ベルベティーンとか、他の人が何かするんじゃない?」


 何が目的でナターシャとエステルを?

 いや、そんなのどうでもいい。

 応じる気はない。


 「あれ? OKとは言ってくれないの?」

 「もう前の俺じゃないんだ」

 「じゃあ、ギルドが爆発しちゃうよ」


 そんなもの、もう通用しねーよ。

 俺がさっと左手を横に振る。

 

 「ヴァストリリース」

 「?」


 広範囲にかけることが可能なⅤ級光魔法「ヴァストリリース」。俺はそれを唱え、ギルドにあったすべての魔法陣を解除。

 これで爆発はなしっと。Ⅴ級魔法も普通に使えたな。


 一方、エリィサは爆発魔法を解除されたとも知らずに、笑みを浮かべていた。嫌な笑みだ。

 呆れ顔で、妹を見る。そして、横に顔を振った。


 ――――――――――――こんなやつ、俺の妹じゃない。


 俺の仲間に何かしようとするやつとは、絶縁だ。実の妹であろうと。

 俺はそんな彼女の頭をガッと鷲づかみ。


 「記憶遡上メモリーアップストリーム

 「んっが!?」


 失敗して記憶が吹き飛んでも知らない。情けなんてかけない。

 もう俺の妹じゃないから。

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