18 約束

 「スレイズ…………?」


 俺の名を呼ぶナターシャの声。その声が遠くに感じた。

 今はパトリシアをどうにかしないとな。


 「パトリシア。お前、どういうつもりだ?」

 

 すると、パトリシアはゆっくりと起き上がった。


 「どういうつもりかって…………? そりゃあ、ナターシャそこの女を殺しにきたのよ」


 パトリシアをじっと観察する。


 不気味な角に、赤い瞳。そして、闇魔法とは異なる、禍々しいあのオーラ。

 ハッ。まさか黒魔法に手を出したのか?

 なぜそこまでして、ナターシャを?


 その時、ふと俺の口から笑いが漏れる。


 ――――――――――――いや、そんなのどうでもいいか。

 コイツを消せば、どうでもよくなる。

 ナターシャを守ることはできる。


 考えただけ時間の無駄だな。


 「なぁ、パトリシア……………………お前、殺してやるよ」

 「やれるもんなら倒してみなさいよ」


 パトリシアの顔が大きくゆがむ。ニヤリを笑っていた。

 

 「黒魔法を使う今の私に勝つなんて、いくら覚醒したあんたでも無理よ!」


 すると、パトリシアは俺に向かって走ってくる。持っていた剣は先ほど吹き飛んだのか、パトリシアは何も持っていないようだ。

 素手でやろうってか? 

 

 なめられたもんだな。


 光魔法を応用し、瞬時にパトリシアの背後を取る。そして、彼女がこちらに振り向いた瞬間、氷で覆った拳で顔を思いっきり殴ってやった。


 パトリシアの体は吹き飛ぶ。俺は休むことなく移動し、彼女の腹に一発蹴りを入れた。彼女の口から血が勢いよく吹き出す。


 そして、空へ吹き飛びそうになったパトリシアの頭を地面に叩きつけ、彼女の上に乗っかる。


 「アハハ!」


 死ぬまで殴り続けてやろう。

 パトリシアは俺の手を掴み、何度か抵抗しようとしていた。

 体をちょこまかと動かしやがって。逃がしはさせねーぞ。

 

 俺はパトリシアの手を緑魔法を使い地面に固定。そして、また殴り続ける。

 こちらを睨んでいたパトリシアは抵抗を諦め、徐々に覇気を失っていった。


 ――――――――――――このまま、痛め続けて、殺せば。


 「スレイズ、やめて!」


 声とともに背後から抱きしめられる。

 殴り続けていた手を止める。冷静になった俺は自分の手を見ると、赤い血がべっとりとついていた。


 気づくと、パトリシアの顔は血だらけ。顔の原型をとどめていなかった。

 俺に抱き着いていたのはナターシャ。彼女の手は震えていた。


 「これ以上はやめて…………パトリシアちゃんが…………死んじゃう」


 俺、何をやっていたんだ。

 別にここまでするつもりはなかった。なかったはず。


 「スレイズ! ナターシャ! そこどいて!」

 

 自分のしたことに呆然としていると、そんな声が聞こえてきた。メイヴとシュナが近くやってきていた。

 その時、近づいてきたメイヴが、


 「ベントサンライト! ベントサンライト! ベントサンライト! ベントサンライト!」


 と何度も何度も同じ呪文を唱える。すると、パトリシアから白い光が放たれ、禍々しいオーラ、角が消えた。そして、彼女の瞳は元の色に戻っていく。


 どうやら、メイヴは上級……いや、それより上になるⅤ級の光魔法を使い、パトリシアの黒魔法を解除したようだった。その後、ナターシャがパトリシアに回復魔法をかけ、顔を戻してやっていた。


 俺は立ちあがり、地面に寝転がるパトリシアを見下ろす。

 彼女にこれだけは言っておきたい。


 「2度と俺たちの前に現れるな」


 なんであれ、ナターシャを傷つけようとするものは許すつもりはない。

 そうして、俺たちは街へ戻り、禁忌魔法である黒魔法を使ったパトリシアを警察へと引き渡した。数日後に聞いた話だが、パトリシアは捕まり、王城の近くにある地下の収容所に入れられるそうだ。

 

 いろいろあったその日は過ぎ、数日後。

 俺たちはあのSSクラスのクエストを受けて以来、クエストを受けていなかった。それなりに稼いだし、一旦休もうというメイヴの提案があったためである。

 

 休暇2日目。

 俺はナターシャに散歩をしようと誘われ、2人で街中を歩いていた。


 「ねぇ、スレイズ」

 「なんだ?」

 「約束してほしいことがあるの」

 「約束?」


 すると、ナターシャは俺の両手を掴む。


 「そう、約束。この前パトリシアちゃんと戦ったでしょ? その時のスレイズはね、ちょっとおかしかった…………怖かったの」

 「怖かった?」

 「スレイズは赤い目になって、ギラギラしてたんだよ」

 

 そうだったのか。

 ナターシャは微笑みつつも、苦しそうな顔を浮かべる。


 「パトリシアちゃんと戦っている時はずっと、パトリシアちゃんを殺しそうな勢いだったの」

 「…………」


 確かに意識は遠くにあったけれど、この前の俺は殺気にあふれていたかもしれない。


 「だから、その…………人は殺さないで。スレイズが殺人者になるのは絶対にいやなんだ」

 「……………………お前を守るためであっても?」


 「スレイズなら誰かを殺さなくても、私を守ることはできるでしょ? それに私はもう弱くないもの! 私がスレイズを守るもの!」


 そう宣言するナターシャに、俺は思わずフッと笑ってしまう。


 「よく言うよ。パトリシアに襲われた時、動けていなかったじゃないか」

 「そ、その時はパトリシアを傷つけたくなかったの。本当にごめん。でも、今度は相手を傷つけず、相手の攻撃を止めるようにする! 相手が人間であればね!」


 ナターシャは「もちろん、魔物は容赦なく倒すよ!」と付け加える。


 「だから、どうか昨日みたいに怖いスレイズにならないで。優しいスレイズでいて」

 「ああ、分かったよ」


 俺は笑みを見せる。ナターシャも笑顔を返してくれた。


 「約束だよ!」




 ★★★★★★★★




 王城近くにある地下の収容所。そこは湿気が多く、地上からの光も入ってこないため、居させる人々を憂鬱な気分にさせた。そして、またそこに収監されたパトリシアもうつ状態になっていた。


 収監されて数日後。

 コツコツという音が響く。複数の足音が聞こえてきた。

 しかし、その足音が目の前で止まっても、突然影が現れても、パトリシアは微動だにしなかった。パトリシアが反応しないでいると、やってきた者が彼女に声をかけた。


 「ねぇ、君はウルフハウルに所属している方ですか?」

 「……………………だったら何?」


 パトリシアにはもう顔を上げるような気力もなかった。


 「あんた、誰?」

 「王族の者と言ったらどうします?」

 「え?」


 パトリシアはゆっくりと顔を上げる。そこには金髪の男が立っていた。彼の胸にはキラキラと輝く勲章。思わずパトリシアは息を飲む。


 「あんた、まさか…………」

 「どうも初めまして、ウルフハウルのパトリシアさん。僕はローレル王国第2王子、ファーガス・ディアン・ローレル」


 彼は丁寧にお辞儀をする。


 「よろしければ僕と手を組みませんか?」


 檻の外から綺麗な手が指し伸ばされていた。

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