2 なでなで

 パーティーから追い出された俺は馬車を乗り継ぎ、国の端にある実家に戻った。

 地元の街は変わりなく、相変わらず平和。

 道端では子どもたちが楽しそうにボールを遊びをしている。

 

 一方、俺は途方に暮れながら、少ない荷物を持って歩いていた。

 これから俺はどうすればいいんだ?


 ぼっち冒険者でやっていくこともできると思うが、レベルの低い俺はすぐにやられる。かといって、上がりにくい俺を引き取ってくれる親切な人がいるとは思えないし。

 そんなことを考えながら、街をトボトボと歩いていると、


 「あれー? スレイズじゃなーい?」


 と俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 「どうしたの? ベルベティーンたちと一緒に冒険者やっていたんじゃなかったの?」

 

 呼ばれた声の方に顔を向けると、1人の女性。見覚えのある顔だった。

 この人は…………。


 「マルガリータさん、お久しぶりです」

 「ほんとに久しぶりねぇ、元気にしてた? あ、そういや他の連中は? 一緒にパーティーに組んで国中を回っているんじゃなかった?」


 「国中ってほど回ってはいませんでいたが、色んな所には行っていましたけど…………今はちょっと…………」

 「あ! スレイズ! 戻ってきたの!」

 

 マルガリータさんの家から聞こえてくる、俺の名前を呼ぶ声。

 そして、家の中から走って現れてきたのは、黄緑髪の少女。


 「うぉっ!」

 「お帰りっ!」


 彼女は走った勢いのまま、俺に抱き着いてきた。

 ハグをした後、彼女はそっと俺から離れ、ニコリと笑顔を見せる。眩しい笑顔だった。


 「…………お前、ナターシャか?」

 「そうだよ! 私のこと忘れたわけじゃない…………よね?」

 

 ナターシャ。

 そう。彼女は俺の幼馴染だった。

 今、目の前にいる少女の髪は肩に当たるか当たらないかぐらいの長さ。

 しかし、昔はもっと髪が短ったはず。


 雰囲気が違って、一瞬誰かと思ったわ。


 俺はナターシャをもう一度観察する。ナターシャの体は程よい筋肉が付き、健康そのものの体をしていた。

 昔のナターシャは体も弱くてそんなに動けなかったはず。

 疑問の顔を浮かべていると、ナターシャはうきうきした顔で話し始めた。


 「あのね! あのね! 私ね! スレイズがパトリシアちゃんたちと外に行ってから、頑張ったの! 体が弱かったけど、今ではこんなに!」

 

 と言って彼女は両手を上げる。元気いっぱいだった。

 

 「頑張ったって言ったって、どうやって?」

 「それはね、ひたすら特訓! 友達に魔法を教えてもらいながら、森にいるめちゃくちゃ弱い魔物をひたすらに倒したの。毎日欠かさずね。そしたら、レベルがいつの間にか50レベルになってたの。これで私、スレイズたちと一緒に旅にも出れる…………って他のみんなは?」


 ナターシャは俺の背後を窺い、周囲をキョロキョロ。

 これは言った方がいいよな。

 追放なんて情けない話だけど。


 「…………俺、パーティー追放されたんだよ。それで帰ってきたんだ」

 「そ、そうなんだ。なんかごめんね…………なんで追放なんてされたの? ベルベティーンとか妹ちゃんと仲が良かったでしょう? それにパーティーには彼女のパトリシアちゃんもいたのに…………」


 「ナターシャ、そんな外で話さずにお茶を入れてやったらどうだい? スレイズも疲れたことだろう。さぁ、中に入って入って」

 

 気を利かせてくれたナターシャの母親マルガリータさんに促され、家で話をすることにした。

 おばさんは買い物に行ってくるということで、家は俺とナターシャの2人きり。

 ナターシャになら全部話せそうだな。

 

 向かいに座るナターシャは心配そうな顔を浮かべていた。


 「それで何があったの?」

 「ああ…………それが」


 俺はナターシャになぜ実家に帰ってきたのか、なぜパーティーを追い出されたのか、全てを話した。

 ナターシャは終始黙って、話を聞いてくれていたが、表情はコロコロと変わっていた。共感してくれていたのだろう。

 

 「…………というわけなんだ。情けない話だよな」

 「情けないことないよ。でも、あまりにも理不尽だね。スレイズの妹エリィサちゃんもパトリシアちゃんもスレイズの追放に賛同するなんて…………」

 

 と悲しそうな、がっかりした顔を浮かべるナターシャ。

 しかし、少しするとにやけ始めた。

 

 「ナターシャ、どうしたんだ? 急ににやけ始めて」


 まさか、俺が追放されて嬉しかったのか? 

 ナターシャは、ハッとして自分の顔を手で触る。


 「え? 私、にやけてた? は、恥ずかしいな」

 「人の不幸聞いて、何考えていたんだよ、ったく。お前は相変わらず変人だな」

 「変人っ!? あ、いや、確かに1人にニヤニヤしていたら変人かもしれないけれど…………まぁいいや。つまりスレイズは1人になっちゃって困りに困り果てて帰ってきたんだね」

 

 「めちゃくちゃ困ったわけでもないけど…………でも、俺そんなにレベルないし、たぶん冒険者はできないんだよな。だから、実家で呑気に商人とか農家とかやるのもいいかなって思ったわけさ」

 

 本当は冒険者をしていたいけどな。

 俺は小さな頃から冒険者に憧れていた。


 この街にも小さなギルドがあり、ほとんどがおっちゃん冒険者だけれど、面白い話を聞かせてくれていたあの場所が好きで、俺は暇があればよくそこに入り浸っていた。


 おっちゃんたちがしてくれる話は、滅多に現れないドラゴンをみんなで協力して討伐した話、妖精たちから依頼を受けた話などおもしろい話ばかりだった。

 まぁ母さんには行くなってよく怒られたけどさ。

 

 だから、いつか大きなギルドに入って、そこで最強パーティーになって、色んなモンスターたちを討伐する。

 そんな夢をずっと、ずっと持っていた。

 

 だけど、職業には適性があるもの。

 5年前にこの街をベルベティーンたちと出て、夢の冒険者になった。

 難易度は低いけれど、ダンジョンにも行ったし、ギルドに入ってからはクエストを受けるようになっていた。

 

 当然、戦闘を重ねる度にみんなは自然とレベルが上がっていき、強くなっていく。

 そんな中、俺は一向にレベルが上がらなかった。

 4年目にレベルが1上がってからは、レベル24で止まったまま。経験値の高い魔物をなんとか倒しても、俺だけはレベルが上がることはなかった。

 

 俺は一番冒険者に向いていない。

 もしかしたら、それを分かって、ベルベルティーンたちは俺を追い出したのかもしれない。

 

 …………だけど、あの追い出し方はないな。

俺の心のダメージも考えてくれ、なんて思う。


ナターシャは俺のレベルの話を聞くと、首を傾げていた。

 

 「スレイズのレベルは一時あがっていないんだ…………おかしな話」

 「そうなんだよ…………1レベル上げるのにどれだけの経験値がいるのかと思うともう絶望するしかないだろ。だから、 もう俺は商人なり農家なり冒険者からは離れたのほほんとした暮らしをしようと思うんだ」


 「商人も農家もそんな甘くはないと思うけど」

 「命を落としかねない冒険者よりかはマシだろ?」

 

 厳しいこともあるだろうけど、商人も農家も命を落とすリスクはほぼない。

 冒険者するよりも圧倒的にいいはずだ。

 

 「そうだね…………そうかも」


 そう返事をした後、うーんと唸るナターシャ。

 商人か農家をやることに問題でもあるのだろうか?

 街の条例になにか引っかかるとか? 街の商人は学校を卒業していないといけないとか、か?


 すると、ナターシャは俯けていた顔をぐいぃっと上げ、


 「それならさ、商人よりも農家をするのがいいんじゃない? スレイズのお父さんの畑があったでしょ? 今は荒れてるけど、綺麗に整備すればまたいい畑ができると思うの!」


 と提案。


 「それはいいな。確かに商人だと商品を用意しないといけないが、農家なら俺には土地があるし」

 「そうでしょ! 提案した私も責任取って手伝うからさ! 安心して」

 「いいのか?」

 

 ぼっちの俺に人手が多いことに問題はない。

 しかし、ナターシャにはナターシャで別の仕事とかあるんじゃないだろうか。

 と尋ねると、


 「いいよ。今、私休暇中で、暇だし————————」


 と答え、さらに顔を赤らめて。


 「スレイズが——にいてくれるのなら、なんでもするから、私」

 

 と小さな声で言った。

 途中の言葉が分からず聞き直したが、ナターシャは「なんでもない」と言って教えてくれなかった。

 ナターシャはずっと1人だったしな。多分この街から離れてほしくないんだろう。


 俺はもう多分街の外に出ることはない。

 レベルの上がらない俺なんて外に行っても役立たず。農家になる俺が自分の畑から離れることなんてないし。

 

 まぁ、たまに王都とかに遊びに行くかもしれないが。

 

 「大丈夫だ。もうこの街から離れたりしないよ」

 

 俺はそっとナターシャの頭を撫でる。

 すると、ナターシャはさらに頬を赤くさせ、一時してぺしっと俺の手を払った。


 「いてっ」

 「わ、わ、私、もう子どもじゃないんだから! もう立派なお姉さんなんだから! 子ども扱いしないでよー! よーしっ、私がなでなでしてあげる、こっちの椅子に座ってっ!」

 「はいはい」


 そうして、心の傷ついた俺は、幼馴染のなでなでで少しだけ癒してもらった。

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