3 今から飲みに行こう!

 そうして、俺は農家をすることになったのだが。


 「ありゃー。これはかなり荒れているなぁ」

 「そうだね。スレイズのお父さんたちがいなくなって以来誰も触っていなかったもんね」

 

 実家に帰ってきて次の日、俺はナターシャとともにさっそく父さんと母さんの畑に来ていた。

 5年以上いじっていなかった畑は荒れに荒れ放題。雑草だらけで、一歩畑に入っただけで、前が見えなくなっていた。


 これは草刈りから始めないとな。

 

 そうして、俺たちは草刈りを開始。ナターシャは魔法で、魔法がまともに使えない俺は鎌で伸びに伸びた草を刈っていった。

 長時間腰をかがめていると、腰が痛くなり、背伸びする。すると、ナターシャの姿が目に入った。


 「お前…………」


 ナターシャは器用に水魔法を使い、サッサっと草を刈っていく。鎌より断然効率がよかった。

 俺もあんな器用に使えたら、楽そうなんだが…………ナターシャってあんなに魔法を使えたか?


 かつてのナターシャは体が弱く、魔法なんてまともに使えなかった。まぁ、魔法適正がなかったわけじゃないが、5歳児が使える魔法すら使うことはできなかった。


 なのに、別人のように魔法を使っている。


 「うん? スレイズ、呼んだ?」

 

 ナターシャは俺がじっと見ていたことに気づいたのか、手を止めた。


 「いや。お前ってそんなに魔法を使えていたっけなと思ってさ」

 「あーあ。確かに昔の私は全くと言っていいほど使えなかったね。だけどね、ある人に出会って、教えてもらって、頑張って特訓してたら、使えるようになったの! すごいでしょ?」


 ナターシャはにひっーと笑顔を見せる。

 本当に努力したんだろうな。


 でも、ある人って誰なんだろう? 

 全く魔法が使えなかったナターシャを使えるようにしたんだ。せっかくだから、その人に会って、俺のレベルが上がらない理由も教えてほしい。

 

 見上げると、雲一つない空が広がっていた。

 まぁ、農家として生きると決めたんだ。レベルなんてどうでもいいよな。

 なんて考えていると、ナターシャに「呑気にしていると、いつまでたっても畑を耕せないよ」と忠告を受けたので、俺は再度鎌を持ち、草刈りを始めた。


 そして、その日は結局草刈りだけで終わってしまった。ナターシャは日が沈むまで手伝ってくれた。

 手伝うと言ってくれたとはいえ、これはさすがに給料とか出して上げた方がいいよな?


 というとナターシャは首を横に振った。

 全くこいつも人が好過ぎる。

 そうして、俺は1週間かけ、ナターシャとともに荒れた畑をかつて様々な作物が育っていた畑の姿へと変えていった。といっても、作物はまだ苗の状態と変わりないが。


 俺は整備された畑を見渡す。

 前のような畑に戻った。かつて父さんや母さんが作っていた畑みたいに。

 

 俺は隣に立つナターシャに声を掛ける。

 

 「ナターシャ、ここ1週間付き合ってくれてありがとうな。お前がいなかったら、きっと1ヶ月以上かかっていたと思う。本当にありがとう」

 「そ、そ、そんな。私は昔おじさんやおばさんが作っていた畑をもう一度見たいなぁ、なんて思って少し手伝っただけだよ。感謝されるほど手伝ってないし」


 ナターシャは申し訳なさそうに苦笑い。


 「でも、スレイズの力になれたのなら嬉しい」


 そう言って、彼女は満面の笑みを見せていた。

 本当にナターシャはいい人だな。

 あと、本当に申し訳ない。1週間ただ働きなんて。

 

 少しだけでも恩返しができたら……………………。

 と考えていると、俺はあることを思いつく。

 こんなことが恩返しになるとは思わないけれど、少しは楽しんでもらえるだろう。


 「ナターシャ、俺の秘密の場所によって行かないか?」

 「秘密の場所?」

 



 ★★★★★★★★




 「ここが秘密の…………場所?」

 「そうだ」

 

 畑を昔の姿に戻せた俺とナターシャは近くの森に来ていた。

 その森は俺がかつてよく遊んでいた場所。小さな川も流れていた。

 暑いとき、ここによく来ていたっけ。

 

 川の水は澄んでおり、魚たちも見えていた。


 「大したことない場所だけれど、俺が落ち着ける場所でさ。ほら、木陰で座っていると、落ち着くだろ?」

 「うん…………落ち着く。草木の揺れる音、水の音が聴こえてくる」

 「ここさ。ずっと俺だけの秘密の場所だったんだよ。だけど、1週間お世話になったし、もしかしたら今後も迷惑かけるかもーと思ってさ。案内したんだ」

 

 そう言うと、ナターシャは灰色の瞳を真っすぐ向けてくる。その目は驚いたかのように見開ききっていた。


 「それってつまり…………私以外の人はこの場所を知らないってこと?」

 「そう…………だと思う。父さんたちは知っていたかもしれないけどな。よくここに来ていたけど、ここで誰にも会ったことはなかった。だから、誰も知らなかったはず」

 

 体育座りのナターシャは膝に顔をうずくめる。

 どうしたんだ?

 もしかして気に食わなかった? やっぱ女子だからアクセサリーの方がよかったか?

 

 俺はナターシャの反応に困っていると、突然彼女が小さく呟き始めた。


 「誰も知らないんだぁ…………私とスレイズしか知らない秘密の場所…………いい、いいわぁ」

 「ん? ごめん、聞こえなかった」

 

 ナターシャはグイっと顔を上げる。彼女はリンゴのように顔を赤くしていた。

 

 「んわっ! 私、まさか口にしてた!? 今のは何でもないから!」

 「え? ほんと? ここが嫌じゃなかったか?」

 「いや、そういうのじゃなくて! ここはものすごくいいよ! 毎日来たいぐらいに!」

 「そうか…………それならよかった」


 なんだ。気に食わなかったわけじゃないのか。

 ふぅーと息をつき、背中を木の幹へと預ける。

 木の葉の間から見える青い空と輝く太陽。

 

 ここは昔と変わらない景色だな。

 俺はふと彼女のことを思い出す。

 

 ……………………パトリシア、元気にしているだろうか。

 

 俺は本当に彼女のことが好きだった。

 よく俺に笑顔を見せてくれていたし、落ち込んでいた時はよく話しかけてくれていた。

 俺の何がダメだったんだろう? 

 キスを俺からしなかったから?

 

 よく考えたら、恋人同士なのにキスは一度もしたことがなかったな……………………。

 

 「きっとそれで見捨てられたんだろうな…………」

 

 と気づけば呟いていた。

 隣を見ると、心配そうに見つめるナターシャ。

 

 「やっぱりパトリシアちゃんのこと……………………」

 「いいや、いいんだ。俺は農家、あいつは立派な冒険者。住む世界が全く異なった人間。もう会うこともないかもしれないな。俺はいつかまたいい人と見つければ……………………」

 「いい人はきっといるよ!」

 

 がっと勢いよく立ち上がるナターシャ。


 「ねぇ、スレイズ」

 「なんだ? 改まって俺の名前を呼んで」


 俺が首を傾げていると、彼女はにひっと笑いこう言った。


 「今から飲みに行こう!」

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