第9話
“お前、相当悩んでるんだろ。知ってるか。悩むって事は、今の自分を越えたいって事の表れなんだぞ。だから、今、お前のその日々はチャンスなんだ。夢が目の前にあるんだぞ。逃げないで、ちゃんと最後まで突き詰めて考えてみろよ。ハンパに悩むとハンパな答えしか出ないからな”
電話を取る気にはなれなかったから。メールアドレスは教えてないが、先生はたぶん、翔太の担任に携帯の番号だけは聞いて調べたんだと連想した。聞いたその日の夜は殆ど眠れなかった。次の日。眠気いっぱいで授業なんかは上の空。でも心を鍛えるなら、悩む事を恐れない事だ。高校生は心も成長期なんだから。知者は惑わず、勇者は恐れず。十で神童。十五で才子。二十過ぎれば只の人。それでもやらないで悔やむよりはマシだ。
「吉川、吉川」
「痛っ」
笑い声がする。
「何寝てんだ。そんなに俺の授業はつまらんか?」
「いえ、すいません」
「お前が寝ずに勉強してるようには思えないが、どうした。居眠りなんかして。お前こんな事、この学校入って初めてだろ」
「先生、昨日あんまり寝てないせいでそのう。すいませんでした」
「ダメだぞ。睡眠は取らんと。受験どころじゃなくなるぞ。いいか皆もだぞ。こいつだけじゃない。今日は許してやるが、次寝たら、ずっと後ろに立たせるか、残って書き取りだからな。いいな」
「はい、先生。気をつけます。すみませんでした」
何かカッコ悪っ。こんな男に本とに価値なんてあるのか。そう思うと自分が情けなかった。その後の授業はコーヒーでカフェイン注入してなんとか眠気を吹き飛ばしたが、ずっと悩んでいる顔を知らず知らずの内にに周囲に放っていた。そんな時、決まって現れるのが、山口まみだ。
「どうしたの。翔太。今日は居眠りするし、今日はずっと凄い顔してたよ。ちょっと何そのポーズ。ロダン入ってるし」
「ロダン?ああ、考える人か?インテル入ってるみたいに言うなよ。それに分かりづれーし。そんな事より、ほっといてくれ。俺の事は」
気遣いは嬉しかった。でもこれは簡単な話じゃないんだ。受験校を決めるより遥かに難しいんだぜと翔太は山口まみに視線をぶつけながらそう思った。
「あんたどうすんのよ。サッカー部から誘われてんでしょ。返事、いつまでにするの。一体どうしたいのよ?」
「あん、明日くらいまでには」
「もう時間ないじゃん。翔太、またサッカーやるの?」
「わかんねえ」
「翔太いつもそうじゃん。決断出来ずウジウジして。決断出来ない症候群」
「うるせえ。お前の知った事か」
「バカ。関係あるでしょ。文化祭終わった後、バンドコンテストが残ってるでしょうが。あんたがサッカーやったら私達のバンドはジ・エンドなの」
「あっそうか」
「今頃気付いてどうすんのよ。本とにもう、バカなんだから」
そうだった。これは俺一人の問題では済まないと、今更ながら翔太は思った。改めて自分のバカさ加減に嫌気がさした。
「山口、タカシとシンジも呼んで4人で話がしたいんだけど。いいかな」
「分かった。放課後二人に時間作ってもらうように言っとく」
俺のバカ。何を話せばいいんだ。正直、今日は結論を出す自信がない。でもどうしても4人で話をしなければと漠然と翔太は思った。そうしないとみんなに対し失礼に当たる。
「翔太。話ってサッカーの事だろ」
皆、ちゃんと集まってくれた。
「ああ、正直、自分でも迷いに迷ってんだ。情けないけど」
「お前が気にしてんのはコンテストの事じゃねえだろ。今更サッカーやる自信がないんじゃないのか。ユースに上がれなかった事。それにやったとしても瀬川駆に、今からやって本とに追いつけるのだろうかだろ。お前の頭にあんのは」
「…」
「お前を無理やり音楽に引っ張ったのは俺だし、俺も思うところはあるけど。でも最後に決めるのはお前だぞ翔太」
「そう、俺もタカシと同じ意見」
「私だって、まあ…」
三人共いい奴。でも俺は、彼らが言ったように自信がないのだろうか?サッカーを今になって再開する事を。あの中3の敗北感を二度と味わいたくない。それを恐れてる自分がいる。それを認識する事を拒否しているのか?翔太の頭は混乱を極めていた。その困惑した翔太の顔をずっと見てる三人。そして彼らもまた、翔太の口からどういう答えが聞けるのかをじっと待っている。そして皆の思いは交差する。
「俺やっぱ…」
「やっぱり、サッカーやる。だろ」
「えっ」
「そう言うと思って実は、コンテストの件だけど。もう辞退して来た。お前以外の3人でな」
「嘘だろ?だってこの時点で俺が何言うか分かんないじゃん。それなのに先に断って来たっていうのか?」
「お前が悩んでる時点でもう、それはサッカーをやりたいってお前の心が言ってんだよ」
「皆、分かってるから」
「そうそう、伊達にお前とずっと一緒にバンドやってねえよ。どうせ卒業したらバラバラだし」
「それに、俺ら。この間の文化祭で燃え尽きた。あれで、終わって正解なんだよ。だってお前だってあれ以上のパフォーマンスなんて出来ないだろ」
「そうかもしんない。けど…だけどさあ」
「翔太。3年間。ありがとう。俺がお前を誘ったばっかりに。でも俺、お前の歌う横でギター弾けて良かった」
「俺もそう。自分が好きな声を持ってる奴の横で好きな楽器。俺はドラム。それを弾ける、俺は叩くだけど。それってそういないもんな」
「翔太。私も楽しかったよ。どう?ベース上手くなったでしょ私」
勝手に涙が出て来る。人の心って、どんな暖の取り方よりも温かい。暖かさはその人そのもの。そいつが根っこに持つ暖炉に勝るものはない。
「何に泣いてんだこのバカ。もらい泣きするだろうが」
「泣いてねえよ」
「お前だって。あっ全員泣いてら」
こいつらマジで本と…いい奴でいい友だ。そして、きっとこいつらとは生涯友達でいられる。一生付き合える。翔太、終生の友を得たって感じ。愛は恋愛に限って使う言葉ではない。人間関係はいつだって、互いへの尊敬。憂慮が重要なキーファクターになる。で人生、上手くいく鍵を握っている。
「絶対に悔いのないようにサッカーをやれよ」
と背中を皆に押してもらい翔太はサッカー部の門を二年半遅れで叩いた。やりたい事が二つあるなら、二つともやればいい。三つあるなら、三つやってやれ。ケチ臭い事言ってちゃイカン。やりたい事が何も無い奴よりはよっぽど幸せなのだから。友人は愚痴を言う為に存在するものじゃいし、頼る為に存在してるわけじゃない。互いの存在を確認し合いながら刺激し合えればそれで充分だ。まず、自分の人生があって、しっかりと自分の道を歩みながら、俺も頑張って自分の道を進むから、お前らも頑張って進んで行けよと声を掛けあえる関係なら、それ以上望む事はない。退屈な日々にさよならを言う為には生き方を変えるしかない。それに、今日と明日で考えが違ってもそれが人間だし、固定観念なんか持っててもつまんないだけだから。その瞬間瞬間で自分の胸に手をあてて、心の声を聞く。それだけでいいんだ。全ての人間が翔太のようになればいい。
翔太の加入はチームに取ってプラスに働いたのか?それは後で知る事になるが、少なからず波紋は招いている。当たり前だ。みんな歯を食いしばりながら毎日練習して来たんだ。いきなり、卒業を控えた3年のそれも二学期になって、急にサッカーやりたくなりました。じゃあ、今日から入部します。って全員が全員ウエルカムって、そうなるわけがなかった。部室で着替え中。
「あいつ、確かにスゲえテクニック持ってる。それは認めるよ。小学六年の時に日の丸を来た事もあるらしいけど、でもさあ、今頃思いだしたようにサッカーやるんじゃねえよって感じだよな」
「お前。ポジション取られるからってモロにあいつにガン飛ばし過ぎ」
「そうそう、一対一の練習の時なんて凄い顔で吉川に向かって行くんだぜ。お前、敵対心丸出しで」
はははっ。翔太の耳にもその嫌な笑い声は届いていた。明らかに自分への悪口の声を。
「お前だけじゃねえぜ。もしかしたら、監督が、システムまでテコ入れし出したら、俺らにも影響出るし。そうなったら、一からレギュラー決めるかも」
「そりゃねえよ。俺3年になってやっとレギュラーポジション取ったのに、今更フォーメーション変えんのはナシだぜ」
「何だよ。お前のその面。私から大切なもの奪わないで、みたいな」
ははっ。また人間の持つ嫌らしい心の笑い。それも煙草の煙が立ち込めた部室。口寂しいのか、ただの子供。ガキの背伸びなのか。スポーツをやる高校生として情けない光景だ。翔太は部室に入らなかった。この嫌な空間から早く抜け出す為に、今日は着替えずにそのまま帰る事にした。競争心。人を見下す心。焦りや苛立ち。浮ついた心。地位や名誉を必要以上に欲しがる心。これらは美や愛から遠ざける。成熟した大人になる為にいつまで持っていても損をするだけの感情。健全なる精神は、健全なる身体に宿ると昔から言うのに。
「吉川。気にすんな。後であいつらだって分かるよ」
「あっいや別に、俺…」
「それにしてもしょうがねえ奴らだな」
翔太を誘ってくれたレギュラー君に肩を叩かれた。レギュラー君改め坂田功一。この一言が彼を救ってくれた。自分が逆の立場だったら、彼らと同じように人のいない所で陰口を言っていたかもしれないとも思った。人間てそんなに強い生き物じゃないとっていうのを知っているから。でもそんな事ばかり考えてもしょうがない。もう自分で腹を決めて入ったのだから、終了の笛が鳴るまでは突っ走るだけだと翔太は思った。
サッカーボールにいつしか夢を抱いた。 @shinkakuno1013
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