第8話

おー怖っ。でも久しぶりにサッカーをやってると翔太は思った。この闘争心もサッカーの醍醐味の一つだ。相手がマジになってる事が良く分かった。体をぶつけて来る。腕と腕でぶつかり合いながら、二人だけの勝負。二人だけの空間を創りだす。サッカーの基本は一対一。局面局面は一対一の戦いなんだ。ここを破らないとシステムやれ、戦術だなんて言い出しても何も始まらない。あまりボールを蹴った事がない奴らはこの二人の戦いに加勢するのは所詮無理な話だった。そいつを巧みに腕でブロックしながらドリブルで突進。そのままそいつを引きずりながら、ペナルティBOXに進入。そして翔太の視界にゴールマウスが入って来た。GKの右隅がガラ空。右腕でレギュラー君をブロックしながら、左足を振り抜く。ボールはゴールの右隅。対角に一閃。ここしかないと思う所に決まった。そして

「しゃー」

これも久しぶりの雄叫び。体育の授業だが、自分のマークについた男もそれなりの実力のあるサッカープレーヤー。そういう男と真剣に勝負して、尚且つ一対一を制し、ゴールまで決めた。この久しぶりの快感に歓喜した翔太だった。これは内からくる本物の感覚。こんなゴールはJrユースでレギュラーを張っていた時に決めたゴール以来だった。おぼろげな記憶を辿る。身も心も奪われたあの瞬間に、あの時の残像、記憶が鮮明に蘇る。そして、充足感と高次元で一致。サッカーの最初の目的は勝つ事ではなく、点を取る事だ。その積み重ねが勝利を生み出す。ファインゴール。そして、その後も見事なスルーパスを何度か通してみせ補欠であるクラスメイトの彼らも笑顔にさせ、最後のワンプレーも見事。左足インステップでバックスピンをかけたチップキック気味のロングフィードも通してみせた。(プレースキックは利き足の右足のみだが、その他のプレーは両足を使う)25分ハーフくらいだったがもう汗ダクダク。サッカーをやった経験があるのが両チームを合わせても10人もいなかったが、数人のマジな勝負に他の奴らもつられて、いい感じでサッカーの試合になった。体育の授業にしてはレベルの高い試合になった。そして…ピピー。野球部コーチである先生の笛でゲームは終了した。

体育の授業が終わり、着替え中。

「翔太。今日のお前。凄かったな。中学ん時より迫力あったじゃん」

「迫力?そうかな」

「最後、競り合いながら決めた奴なんてプロの試合みたいだったぜ」

「プロって何言ってんだよ。お前、あんまサッカーやった事ないから、そう見えただけだよ。あんなのはマジ普通」

「そうなん。でもお前やっぱサッカーも音楽と同じくらい才能あるじゃん?」

「今日のは一応。昔取ったキネヅカって奴だよ」

「何々、何の話。キネヅカって何。こいつそんなに中学の時、凄かったの?」

「ああ、こいつ実はさあ、Jリーグは、イタバシのJrユースで10番付けてた事があったんだよ。それで選抜にも選ばれたりして。こいつ一回、日の丸着けた事あんだぞ。レプレカじゃねえ、本物の代表ユニホーム」

「マジかよ。吉川、超スゲえじゃん」

「タカシ。余計な事、勝手にしゃべんじゃねえよ」

「それで、あの瀬川駆とは幼なじみ。中3で立場が逆転したけど。あっゴメン翔太」

「謝るなら、そんな事言うなマジで」

「瀬川ってあの瀬川?そう言えば、俺、中学の時。お前の名前を聞いた事があったっけ。イタバシJrユースの10番。何とか翔太って」

「何とかって、全然伝わってねえじゃん。下しか合ってねえし」

「で、何でそんな肩書き持ってんのに、サッカー辞めちゃったんだよ。もったいねえじゃん。今日だってウチのレギュラー相手にあれだけのプレーしてたのに」

「えっまあ、そこは色々あって。さっきも先生に言われてたじゃん。サッカーやってたけど、結局音楽を選らんだって。俺、ちゃんと答えてただろ」

「それは、俺がこいつをだなあ…」

翔太はタカシの顔を睨めつけた。タカシは分かった。もうこれ以上は何も言わねえよ翔太って顔をした。

「何だよ。お前らだけの秘密ってか?」

「うるせえ、もうこの話はこれで終わり」

放課後、翔太を待ち伏せしてた奴らがいた。体育で一緒にやったサッカー部のレギュラー二人とサッカー部の顧問が

「吉川。ちょっと話があんだけど。ちょっといいかな?」

「ああ、お前ら、今日の体育で、確かサッカー部の人?」

「そう、俺らサッカー部員。でこちらが顧問で監督の城先生」

「どうも。それで何すか?俺に用でも。俺、これから駅前の図書館で勉強しに行くんっすけど」

「本当かそれ」

「どういう意味っすか?」

「悪い。今日はちょっと吉川、君に話があって。どうだろう。今からでもウチのサッカー部に入らないか?」

「はい?何の冗談ですか?今からってもう3年の二学期ですよ」

「それを承知で言ってるんだ。君の事はこいつらから聞いた。今日君はこいつら、ウチのレギュラーを手玉に取ってスーパープレーを披露したんだろ。体育の山口先生にも聞いた。こいつらも先生も口を揃えて言った。吉川は凄いプレーヤーだって」

「いや、そんな事ないですよ。俺はそんなんじゃ。今日はたまたまですよ。日が良かっただけです」

「吉川はイタバシのJrユースにいたんだろ?」

「えっどうしてそこまで知ってるんですか?」

「こいつらもさっき知ったらしいんだが。実はそれだけじゃないんだ。この前ウチとイタバシのユースが試合したの知ってるよな」

「えっまあ…」

「見てたのか」

「いや、チラっとだけ」

「そうか、結果は5対0。しかも、あの瀬川駆が前半の頭から出ていたら、たぶんもっと差がついていたと思う。後半から出てあの様だからな。それでその瀬川駆が言ってたんだよ。この学校にはまだ凄い奴が隠れてるって。そいつが出ていればこんな結果にはなってなかったかもしれないって確かにそう言ったんだ。そいつがいれば、国立も夢じゃないかもっていうニュアンスで言ったんだ。それはお前の事だったんだな」

「彼がそう言ったんですか?」

駆がそんな事を。

「そう言ったよ。吉川の名前までは言わなかったけど。幼なじみで中3まで俺の代わりに10番着けていたとだけ彼は言った」

「駆…」

「なあ、瀬川と何があったんだ。まあ別に言わなくてもいいが、なあ、どうだろう。今からでもいいからさ、俺達と一緒に国立目指さんか。お前も試合。少しでも見たんなら分かるだろ。ウチには10番はいない。司令塔なし。はっきり言ってパサーがいないんだ。だから、カウンター狙いのサッカーしか出来ない。こいつらはDF。でも中々やるだろ。実際やってみてどうだウチのサッカー部のレベルは?」

「えっまあ、確かにこの二人。手強いですよ。俺が言うのも何なんですけど」

「やりい」

「ありがと吉川。まあ、お前も結構凄かったけどな(笑)」

「じゃあ、一緒にやってくれるよな」

「いや、それはちょっと簡単には答えられないですよ」

「大丈夫だって。俺達。上手い奴はいつだって大歓迎。それに俺達最後だから。やる事は全てやって終りたいんだ。お前が司令塔やってくれたら、ウチのチームには絶対プラスだ。今からだって予選までには間に合うさ。お前くらい実力のある奴なら、どのチームに入ってもすぐフィット出来るよ。一回日の丸着てんだろ。外国人助っ人みたいなもんだよ。なあ、一緒に国立へ行こうぜ。日本の高校生なら行きたいだろ国立」

「それはまあ…」

「なあ、やろうぜ」

「待てお前ら、彼にも心の準備が必要だろう。中学まではプロ目指してたわけだし。何か深い理由があって、それでサッカーよりも音楽を取った。それが何なのか、先生そこまでは聞かないが。でもこれは彼に取って決して悪い話じゃない。それは分かるだろ。ウチは都立じゃ5本の指に入るサッカーの強豪校だ。設備やコーチとかの質じゃ私立に劣るかもしれないが、そこそこの実力はある。それは吉川も分かってるだろ。たぶん、それも踏まえてここを受験したんだろ」

「えっ」

「図星か?でも結果的にサッカー部に入らなかった。お前には音楽もあるからな。吉川が歌が上手いのは俺も知ってるし、この学校じゃ結構有名だろ。お前の歌。でもサッカーまで上手いのは殆ど知られてないよな。それを知ってもらうチャンスがまだ残ってる。どうする?これを生かすのか、それとも…」

「いや、そんなの知ってもらわんでも…でもまあ、ちょっと考えさせて下さい。2、3日以内に返事しますから」

「考えるって事はチャンスあるって事だろ」

「吉川。待ってるぞ」

「これは人生の岐路だから。悔いのないようにな」

「かも知れないっすね。とりあえず俺、考えます。今日はワザワザ誘って下さってどうも」

とにかくいい人達だなと彼は井の一番に思った。こんな俺を。一度サッカーを棄てた人間にここまでの思い入れを持って、熱心に誘ってくれたんだと思うと悪い気はしなかった。頭では分かってる。これは大きなチャンスなんだって事を。もう一度。サッカーの夢が見られる。それが目の前にある。中学を卒業する時。高校でリベンジしてやるというのを心の奥の方で彼は持っていた。あの高1の春を思いだしていた。どうする翔太。このまま、チャンスを棒に振るのか。ここでスルーしたら、たぶん一生後悔する事になるぞ。サッカーは若い時にしか見れない流星のような夢なのだから。瞬きをしてる間に目の前を通り過ぎてしまう。でも、どの面下げて今更サッカーをやればいいんだと彼は悩んでいた。その日、何回も携帯にも勧誘のメッセージが。勿論、留守電に入れさす。内容はこうだ。

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