第6話

「あっ翔太。目がH」

「タカシの目がだろ」

「俺にふるなよ」

こんなスケベでどうしようもないクソガキの俺達にも出番が来た。高校最後の文化祭。この後、まだ高校生バンドコンテストが残ってるが、学校行事としてはこれが最後だ。そう、皆とこの場所で音楽やるのもこれで最後。

「さあ、行くぞ。楽しんで行きまっしょい」

「でたな、お前のまっしょい」

「俺達の最後の文化祭。いい思い出になるように最高のステージにしようぜ。今まで努力して来た事をあのステージに全部置いてこよう。いや棄てちまいましょう。どうせやっちまった事は手元に戻る事はないんだから」

「おう」

「はい」

「じゃあ、行くぞ」

「しゃー」

いつもの儀式の円陣。翔太達は勢い良くステージに立った。客は明らかかに去年よりは多い。誰も文化祭で体育館をいっぱいになんて事は期待しちゃいないから。こんなもんで十分だ。いったれー。翔太は始めから飛ばしていた。いつもより声を張って歌った。ギターを持つ手も、いつにもまして力が入っている。このバンドは奇麗で華麗な演奏というよりはむしろ、気合でステージを駆け抜ける感じ。観客の声援と熱気に満ちた空間で翔太は、生きている事を日常よりも色濃くそれを実感していた。彼はその素晴らしき大きな喜びに包まれていた。白と黒のボールを追うよりも音楽を選んだ自分は間違っていなかったと歌いながらその時、彼は思った。曲のエンディングへ向かう。それは、ドリブルで一人交してゴールへ突進していく感じに似ていた。サビに入り、ラストのフレーズを終える。そして最後の一音を山口まみのキーボードで終えるとオーディエンスの歓声だけが体育館に鳴り響く。彼にしてみれば、サッカーでクロスボールを右足ボレーでダイレクトで決めた瞬間と同じような会心の一撃だった。ゴール後、頭の中が真っ白になるような感覚と同じだった。何とも言えない色の世界が目の前に広がっていた。やっぱりこの感覚だ。狙いを定めゴールを決めた時が、この世で彼が一番好きな瞬間だった。サッカーのゴールと曲のエンディングは同じ。ゴールは瞬間の芸術だった。バンド結成から考えても、今日が一番出来が良かった。このまま高校生活を終えても悔いはない。内からこみ上げてくる感情を押さえきれず涙が溢れて出た。

「皆、ありがとう」

その一言を言うと。拍手と歓声を客がプレゼントしてくれる。その場に酔いしれていたいと思う反面。翔太は不覚にも人前で泣いてしまった男の恥ずかしさから、すぐに舞台袖の方へ足早にはけて行った。

「良かったじゃん。今日の出来、最高だ。お前ら良くやったぞ」

一応、軽音楽部にも顧問がいる。めったに出て来ない顧問の先生に褒められた。先生も何やら目が真っ赤だ。何か照れるなあ。翔太達はハイタッチでそれを締めくくった。

「お前、何泣いてんだよ」

「お前だって泣いてんじゃん」

「皆、翔太につられたのよ。あんたの泣きながらのありがとうで」

「バーカ。あれは目にゴミが入っただけだよ」

「こんな時は、そんな古典的な言葉は要らないの。黙って余韻に浸ればいいのよ」

「はいはい。女王様」

俺達のバンドは事実上これで終焉を迎えた。着替えてから彼は、ぶらっと高校生活最後の文化祭を見て回ろうと山口を誘って校内を二人で検索。模擬店で買ったフランクフルトを片手にグルメ番組のレポーターになったような感じで、二人でうろついていた。そこへタカシが走って来た。

「おい、翔太。お前知ってたか?」

「はっ何を?」

「これだよ、これ」

「何だよ」

「あっこれって、翔太」

山口まみも驚いた表情をした。タカシが持って来たチラシはサッカー部の対外試合の告知だった。そして直前までシークレットであった相手チームは、なんとあのJリーグのイタバシユース。翔太が上に上がれなかったあの因縁のユースチームだ。翔太の顔がみるみる硬直していった。でも彼は

「関係ねえ。もう今の俺にはな。山口行こうぜ。3組でカフェやってるから、キャラメルマキアートでも奢るよ」

「翔太。本とにいいの。見に行かなくて」

「なあ翔太。あいつ来んのかな。駆。瀬川駆。お前の幼なじみだろ」

「えっ」

駆の名で翔太の時間が止まった。ユース代表から帰って来て、すぐチームに合流、その活躍から高校卒業を待たずに瀬川駆をトップチームでデビューさせるんじゃないかとスポーツ新聞やサッカー雑誌で盛んにその記事が踊っていたからだ。嫌でも翔太の耳に入って来る。高校に上がってからは顔を合わすのはもちろん、連絡すら取っていない。お互い別々の道を歩んでいる。彼ら二人は、Jrユースでのきまずい感じのまま高三まで来てしまった。

―おい、瀬川が来てるって。

―マジかよ。俺も行く。

―瀬川君て、この前TV出てた子でしょ。

―私、あの子好き。カッコいいじゃん。超イケメンだし。

―早く行こうぜ。グランド。

さすが、この辺りの超有名高校生。あまり普段サッカーに興味なくてもその名は既に知られている。

「翔太。瀬川君来てるみたいよ。ねえ、行ってみない?」

「行こうぜ、翔太」

「俺はいいよ。お前ら俺に気いつかわんでいいからさっさと観に行ってこいよ」

翔太は振り返りもせず、一人3組のカフェへ入って行った。“俺に構うな”オーラを二人に放ちながら。

去年、東京都ベスト32が限界の高校VS東京都第3のJのクラブであるイタバシのユースチーム。試合は白いユニフォームのイタバシユースが前半を2対0で折り返し、後半頭から瀬川駆登場。すると観客も続々と集まり出す。黄色い声援とサッカーが好きな男子生徒達も自分の高校のサッカー部よりも近い将来プロになり、日本サッカー界の顔になりうる才能を持つ男のプレーに嫌でも釘付けになった。カフェをやってる3組の連中も、サッカーなんて全然興味のない文科系の女の子達だけを残してグランドへ走って行ってしまった。この文化系女子と寂しくここにいるのも空しいので、翔太もとりあえずグランドに出た。遠くからチラっとだけ見てやるかと近付いて行く。サッカーにはもう夢は抱かないと誓ったが、サッカーというよりは瀬川駆の成長に彼は興味があった。予想通りの黒山の人だかりで、グランドは見えずらかったが、隙間からチラっとだけプレーを見る事が出来た。駆がワンタッチで前を向きながらのトラップ。やわらかいタッチは相変わらずだった。そしてJrユース時代より、明らかに強くなったフィジカル。二人に囲まれても両の腕を上手く使って相手をブロック。そして二人を引きづるようにして最後はGKが少し前めに出てたのも冷静に察知し、インステップでボールを浮かし、チップキック気味にゴールマウスへシュート。俺はプロになる素材。お前らとはモノが違うぜという完璧なフィニッシュを見せた。こんなのはめったにプロでもお目にかかれない芸当だった。スゲえ。スゲえぞ駆。とてつもなく上手くなってる。驚異としかいいようがない、離れ業もやってのけ、ウチのサッカー部の連中を嘲笑うような動き。自信を無くすというよりも逆に見入ってしまう。すでに円熟の境地。彼は翔太の想像を遥かに超えて上手く、そして、今すぐプロの世界に飛び込んでも負けないであろう頑健な肉体と、精神を有していた。彼はプロへと続く階段を着々と上っている。そして何よりも彼は自信という能動的に人が一皮剥ける為の優れた武器を有してる若者だった。もう自分には手の届かない。Jrユースの時よりもずっと遠くへ行ってしまった幼なじみの存在をいみじくも翔太は感じていた。実際の距離は10メートル先でも。この世とあの世の境目くらいに感じていた。一瞬。駆と目が合ったと感じた。彼は気のせいだと思ったが、駆はその瞬間、軽い微笑みを彼に見せた。そして逆サイドへ大きく展開する。あのFKが巧いイタリア代表のボランチ並の正確なサイドチェンジ。あの距離を正確に蹴れる奴もこの年代では、そうはいない。これを見届けた翔太は、もういい。分かったよ駆という思いに駆られたまま、グランドを後にした。試合は後半。3点を挙げてトータル5対0。全てに置いてイタバシユースが都立高を上回った。

「瀬川君。ありがとう。君のプレーを見れて良かった。ウチの選手にもいい勉強になった」

「いえ、監督さん。このチーム結構いいっすよ。今日はウチの出来が良かっただけです。皆、良く動けてたし」

「今年は他のJのクラブといい勝負しているんだが、君がいる時のイタバシは別格だ。この辺の高校生じゃとてもじゃないが君のプレーにはついて行けないよ」

「監督そんなおだてないで下さいよ。はははっ」

「これから、冬の選手権の予選があるんだが、君から見てウチのチームに何が足りないと思う?」

「そうですね。強いて言えば、パサー。司令塔ですかね?トップ下にいい選手が入ればもっといいチームになりますよ」

「パサーか。やっぱり、君みたいな選手が入れば、東京はおろか全国制覇も夢じゃないと思うんだが、どうだ。ウチに編入して来ないか?(笑)」

「冗談は止めて下さいよ。それより、いい選手を紹介しましょうか?そいつならこのチームを国立までつれていってくれると思いますよ」

「誰だね。そんな奴、もうウチにはいないと思うが」

「それはですね。俺の幼なじみで、イタバシのJrユースまで同じだったんですが、実は今、この高校に潜伏中です」

「ウチの高校にいる?本当なのか。で、何て言う名前なんだ」

「すいません。俺が言えるのはここまでです。そいつがまだサッカーをやる気があればと言うのが前提の話ですけど。頑張って探して下さい。じゃあ僕はこれで」

「おっおい。瀬川君。それって、マジでつれないなあ…」

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