第5話
他人を意識すると、自分と比べる心が生まれる。俺の方があいつより、何々…。なんかこれって嫌になる。こういうのが俺だけじゃなく、色んな奴がこういう事を思っちゃったりしてるんだなと思うとなんか嫌な感じになった。自分ではそこまで歌が上手いとは思っていない。もちろん、これだけ言われてるんだから、平均的なレベルは超えていると思う。例えばメロディを外さないから上手いとするのなら誰でもプロになれる。でも実際はそうじゃない。だってそんな奴は腐る程いるから。でも、翔太は、プロになる器の奴は持って生まれた声が一番重要なファクターって事を感覚で感じ取っていた節がある。楽器とかでも、バイオリン一つ取っても、2万円くらいの大量生産型の物より、有名なストラリバリウスなんかではやっぱり違いが出る。もちろん、奏者が同じ人というのが条件だが。後は好き嫌いもある。優越の事を言いたいんじゃなくて、万人受けするかしないかって事。ミリオンアーティストの声ってやっぱどこか、人を惹きつける何か不思議な力を持っている。一回出来たからって、俺って天才かもとか思っちゃダメだ。それが二回、三回と出来るようになってから、徐々に自信を持つべきだ。人はそんな簡単に天才にはなれないけど、努力する秀才にはなれる。翔太は結構。分析屋でもあった。サッカーでもそうだが、自分を客観視する事が出来る。今のプレーは、あそこで、あの場面で持ち過ぎたから、一歩遅れたとか。それをしょっ中、反省し、明日のバネにし、技を磨いてきた。そのサッカーで培ったものをありとあらゆるものに応用して生きている。彼はそういう男だった。林間学校も終わり、中間テストも赤点をギリギリ免れた。勉強こそ、その能力をまだ応用出来てないが。(笑)
一学期も半分以上が過ぎた頃。翔太は良く帰りにグランドを見て帰るようになった。サッカー部がボールを追っている。自分がもしあそこにいたら…。まだ、彼は明らかにサッカーに未練がある。サッカーを見つめては止め。考えるの繰り返し。それで一日が終わり。家路に着く。これを何日も続けていた。
とある放課後。山口まみが翔太の腕を掴み、
「ちょっと来て」
と強引に彼をどこかへ連れて行こうとする。
「どこへ行くんだよ」
「いいから来なさい」
半ば強引に。正直言うと嫌いじゃない女だから。結局、翔太は彼女の言いなりになる。どこかの教室に入ると、入室した瞬間。アングラの匂いみたいなものを感じた。すぐ我に返り、翔太は山口に
「どういうつもりだよ」
と彼女の顔を見て言った。そこは軽音部が練習している教室だった。山口まみは
「早く挨拶して」
「はあ」
みんな彼を見てる。
「えーと1年A組。吉川翔太です。よろしく」
口が滑った。やばっと彼は思った。それによろしくっておいっ。
「はじめまして、私は山口まみと言います。吉川君とは同じクラスです。今日からよろしくお願いします」
何だこれは。
「じゃあ、二人共、入部という事で、シクヨロっす。一緒に音楽を楽しんでいきましょう」
おいおい。山口まみ。俺は、君にまんまと乗せられた感じがしますけど。それとシクヨロって、チャラ過ぎって翔太は思った。
「翔太。やっぱり来たな」
「いや、タカシこれはその、こいつが勝手に、っつ」
彼女が口を手を塞いで来た。
「何でもありません」
山口まみ。こいつには勝てそうにありません。こいつは俺の事を思ってやった。そして自分では躊躇してた人生の第一歩。それを他人に背中を押してもらう。それが彼女なら。そこで何かが彼の中で吹っ切れた。翔太は自分でも何かほっとしたような気持ちになった。そういう自分自身に驚いていた。こいつは俺の事を心から心配してくれている。俺の事を分かってくれている。そう素直に思えたから、素直に従ってもいいと思えた。これが運命なら受け入れる。意を決して翔太は
「分かったよ。山口」
仕切り直して。もう一度、改めて皆の前に踊り出た。
「吉川翔太。今日から、音楽やります。ボーカルとギター出来ます。シクヨロっす」
あっ今、何つった俺と彼は思ったが、また拍手と弱冠の冷やかし。何より皆の微笑が彼を少しホロっとさせた。
家に帰ってTVを点けると、知ってる顔が画面に映った。杉山輝樹と瀬川駆。この二人の特集をやっていた。日本サッカーの未来を担う二人の天才。パサーとドリブラー。日本は近い将来。この二人の才能を手にするだろう。そんな内容の特集だった。そしてJリーグのクラブに所属してる二人は、高校を卒業する前にトップチームデビューを果たすだろうと最後を締めくくっていた。すぐ消してやとうと思ったが、最後までそれを見てからTVを静かに切った。
「もう、俺には関係ない」
結局全部見た上での独り言。周りに人がいても聞こえない程度の声で彼は呟いた。そのまま、ベッドに倒れこみ、これでいいんだと自分に言い聞かせながら、山口まみの顔を思い浮かべては眠りについた。
ようやく、彼の心の置き場所が決まり、真の意味での高校生活が始まった。サッカーは封印。音楽をやる。当たり前だが音楽で将来食べていけるなんて、そこまでは考えてない。只、これだけは言える。何もしないで高校生活を送るよりはマシ。毎日、何かしかの張り合いが欲しいと願う翔太としては、これが“最良の選択”と信じて疑わなかった。毎日の基礎練習。ルーティーン。それらも全て悪くない。結局、生活を楽しくするのもつまらなくするのも自分次第だという事を高1にして彼は掴んでいる。翔太自身、そこまで深く感じていないだろうが、彼は目標とか夢がとかく必要な人間だった。道に迷った時、光を見つけられれば、それだけで人間は生きていける。
時が経つのは早い物であっという間に二年が過ぎ、高三の夏を迎えていた。
「どうする?あと少しだぜ。文化祭。今年で最後だろ。去年は途中でドシャ降りの雨が降り、最悪の結末。一年の時は、練習不足もあり演奏がめちゃくちゃ。プラスして演劇部と男子水泳部のシンクロにごっそりお客を持っていかれた。今年は最後だし、ど派手に行こうぜ。揃いのTシャツでも発注してさ。部費も最近まったく使ってないし」
「じゃあ、私がデザインする」
「山口、そんな高尚な事、お前に出来んのかよ」
ある意味文化祭は、捲土重来と言える。毎年この上なく楽しい。中学生以上なら誰だってその楽しさが分かると思う。小学生でやる学芸会やお楽しみ会とはわけが違う。そう、これは一つのビッグイベントなんだ。大変なプロジェクトを成功させようと準備の段階から、皆、精一杯やるからだ。実はこういうのこそ、大人への第一歩と言えるのだ。大人の真似事をする。企画会議とかからスタートする。会議よりもこの場合ミーティングって言葉の方がこの場合いいかもしれないが。軽音楽部である翔太の文化祭はライブのステージ作りも彼らの仕事、役割として入っている。差し詰め、TV番組の大道具さん。業者さんにも多少絡んでもらうが、いかんせん都立高校だから金がない。体育館のステージと野外では、朝礼台をいくつか繋げた簡易なものくらいしか出来ない。とてもステージとは言えない代物だが、これがまた高校生らしくていい。今年のライバルはと言うと、水泳部はまたシンクロをやるそうだ。しかし今回は男女混合で演技をするらしい。去年の男子、ブーメランパンツ軍団よりは、結構、絵になりそうだが、なんか男と女が一緒にやるという響きだけで逆に人を集めそうだ。どう考えても一日一回のステージが限界そうだが、そこん所の詳細は、まだ良く分からない。細かいスケジュールは当日まで秘密にするらしい。軽音部は、5バンドが入れ替わりでやる。翔太のバンドは昼の頭にやる事になってるらしい。さすがにこの時間は避けてくれとシンクロ軍団には言いたい。何気に俺もシンクロ見たいしと彼は思った。もう一つのメインイベントは、何でもサッカー部が対外試合をやるらしい。これも結構強いとことやるそうだが、対戦相手は今なお調整中らしい。他校の文化祭の見世物パンダになりたがる高校生なんているのかなと、元サッカー人の翔太としては変な勘ぐりを入れたくなる。そんな見世物のサッカーに俺らの大事な音楽を邪魔して欲しくない。それが翔太の本音だ。文化祭はある意味、客引き合戦だ。楽しく、そしてパワー全快でやる。特に何かパフォーマンスをするチームは。見てもらってナンボ。ウケてナンボの世界だから。
文化祭当日。翔太ら軽音部チームは、やたらと朝から力が漲っていた。この素晴らしき軽音部は今日という日を最良の日にする資格がある。部員全員。相当練習を積んで来た。ギリギリまで彼らは音楽と向き合って来たから、ほーら。それなりに客が集まって来た。高校生の頭の中に一つ。文化祭には”バンド有でしょ“みたいな。そんなイメージが健在であるのをここで再確認。当然他校の生徒も来てる。ここの学校の文化祭は、一般開放もしてるので、あっ女の子も結構来てる。めっちゃカワイイ子いるじゃんみたいな。それが彼ら男子高校生バンドマンには最高のモチベーションになったりもする。女子は当然その逆で。
「どれどれ、かわいい子いるかな。おっあの子かわいくね。S校の制服着てる子」
「どの子だよ。タカシ」
「お前も好きだな。翔太」
「うるせえ。お前よりはいたって普通の高校生だ。俺はお前程変態ではないし。で、どの子だよタカシ。あっ痛っ」
振り向くと山口まみが。翔太の頭を小突いた。だが振り向くといつもと違う雰囲気を醸しだす彼女がいた。
「山口、お前スゴくない。そのカッコ」
「えっそうかな。これでも押さえたんだけど」
「ちょっとミニ過ぎだろ。音楽を聞かせるんだぞ。俺らは、誰が悩殺せいって言った」
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