第4話
「あっそうだ。俺、今日この後、買い物しなくちゃいけないんだ。親に頼まれてて。だから、俺ここで帰るわ。皆、楽しかった。それと、山口。この前はゴメン。本と悪気はなかった。それだけは信じて。じゃあ、また明日」
「翔太…」
山口まみは心配そうな声で翔太の名を呼んだが、他人に心配されて、彼の問題が解決するわけがない。彼は知っていた。問題は自分の内にある事を。心は永久氷壁のように閉ざされ、陽の光も知らず。されど今は耐え忍ぶ時。そう、未来の為に。頑張れ翔太。
タイムマシンでも作って、もう少しマシな世界の住民になりたいという夢は、馬鹿げてるって事くらいはとっくの昔に分かってる。しょうがなく今を生きてるという思いと共に、翔太の明日は作られていく。結局、そのまま時は流れ、翔太はユースに上がる事を許されなかった。不合格の烙印を押された彼は、地元の高校に進学。都立ではあったが、サッカー部のレベルは、そこそこ高いが、都内ベスト32が最高。近年はこの辺りのクラスで推移していた。瀬川駆とは違う高校に進学したが、山口まみとは同じ高校で、またも同じクラスになった。
「翔太。また同じクラスになったね。何か、運命感じない?」
「バーカ。そんなの只のくされ縁だろ」
少し照れもあり、翔太はそっけなく返事を返す。
「何かその言い方、つまんない。まあいいわ。ねえ、所でさあ、部活どうすんの。サッカー部入る気あるの。ユースに上がれなかったんでしょ。高校サッカーで活躍して見返してやればいいじゃん。リベンジ?」
「リベンジって。簡単に言うんじゃねえよ。どこでやってもサッカーは甘くねえんだよ。俺、ギリギリになって勉強始めて今日まで来たから、ちょっと休んで決める事にするわ。決まったらお前にも言うよ。それまで何も聞かないで。じゃあ」
「翔太…」
翔太は悩んでいた。さっき山口まみが言ったように、ユースに上がった連中を見返してやりたいと思う反面。高校で、サッカーをやったとして、この貧弱な己の体格とどう折り合いを付けるか。いかにして失った自信を取り戻せるのかという猜疑心を抱いていた。感情の整理が入学してからも全然ついていなかった。だから彼は臆病になっていた。確かにサッカーは子供の頃からの夢。ずっと追いかけたい夢だった。そんな簡単には棄てられない。じゃあ、どうするよ俺?そんな事を自問自答しながら、毎日がいとも簡単に過ぎて行った。高校生活に慣れた頃。周りの皆は部活なり、バイトなり、思い思いに高校生活をエンジョイし始めている。翔太以外は、自分なりの生活のリズムを構築し始めていた。彼は自分だけが取り残された感じを受けている。そんな時に、性懲りも無くまたあのKYのタカシが翔太の所にやって来た。こいつもくされ縁で、同じ高校の生徒になった。
「何だ、タカシか。お前、B組だってな。空気の読めないB型のタカシ君、一年B組所属へってか」
「ぜんぜん面白くねえぞ翔太。って言うか山口に聞いたぜ。お前まだ部活決めてないんだろ。お前もうサッカー諦めたのか?前にお前、俺はマラドーナ、メッシじゃないって言ってたけど、普通に楽しめればいいじゃん。そんなの。そんな構えんなって」
「お前もお節介だな。タカシ。まあ。お前言う通り、それも一理あるけど、俺にとってのサッカー。今までは夢だったし、確かに目標でもあった。でもサッカーのプロになれないんじゃもういいかなって。俺のサッカーは中学で終了でいいよ。後はオッサンになってもフットサルでもやって楽しめればいいかなって」
半分冗談で半分本気だ。その翔太の話にタカシが食い入るように耳を傾けていた。そして
「じゃあさ、お前、今、言った事。マジだったら、一つ提案していいか?」
「何、何だよ。変なお願いは受付ねえぞ」
「バーカ。変じゃねえよ。提案、じゃあ単刀直入に言うぞ。俺と一緒にバンド組まない。つまり俺と音楽やんないか?」
「はっバンド?ってタカシ。お前、そこまで音楽好きだっけ」
「おう、実はめっちゃ好き。今んとこ、音楽が人生で一番好き。可愛い女の子を別にすればな(笑)軽音部にもすでに入部届け出しました。で、俺、高校入ったらベースやろうと思って、もうベースも買った。でさあ、軽音部でドラムとギターはいたんだけど、ボーカルにめぼしい奴がいなくて、そしたら、いいのがいたって思い出してさ。お前、歌、めっちゃうめえし」
「はあっ、それで俺んとこに来たのか?」
「ビンゴっち」
「それも笑えねえし」
「翔太がサッカー部に入るの躊躇してるって山口が言ってたから、とりあえずアタックしてみっかなって」
「バンドかあ」
考えてもみなかった。ユースに上がれない事を聞かされた時から、一応サッカーが強い高校に入っといて、それからサッカーを続けるかどうかを考えようという腹積もりだった。正直、それしか頭になかったから。音楽かあ。どうすっかなあと彼は思った。
―翔太、歌上手いじゃん。
―翔太君、バンドやりなよ。
―翔太、ミュージシャン目指すの?それともサッカー選手?
俺に音楽の才能なんてあるのか。もしかして、サッカーよりもこっちの方が可能性があるのか?翔太の頭に疑問府が渦を巻いた。
「タカシ、もう少し時間くんない?考えてから、返事すっから」
とりあえず、タカシに時間を貰った。考える時間がどうしても彼にはどうしても必要だったから。
5月、中間テストの前に林間学校があった。たぶん、この時期にやるのはクラスの親睦を深めるという狙いもあるのだろうと勝手に生徒達は勘ぐったりもした。片道、4時間以上バスに揺られている。さすがに退屈し始めたのか、お調子者の一人がカラオケでもやろうと言い出した。一人が行動を起こすと一気に騒ぎだすのが、高校生。若さが成せる技なのか、只の集団心理なのか。みんな次第にノリノリになっていた。翔太は眠気とバス酔いの為、あまりそのノリにはついていけなかった。空気を読んで、手拍子だけはとりあえずして置く。ここでノリが悪いと思われるのも、後々、こいつKYな奴というレッテルを貼られるのがオチ。そんなのは、絶対嫌だったから翔太は上手く空気を読んだ。女子が歌っている。すぐに山口まみが歌ってるのが声で分かった。へえ、結構上手いじゃんと彼は思っていたら、彼女が歌い終わるとそのままマイクで、
「皆さん。この中にめっちゃ歌が上手い男子がいます」
―誰、誰だよ。
「それは吉川翔太君です」
―じゃあ、歌ってみせろよ。歌って歌って。いつの間にかバスの中は、歌え、歌えの大合唱。隣の奴がお前何か言われてるぞみたいな事をちゃかしながら言って来る。そして呼んでもいないマイクが翔太の前に届く。ここで完全拒否はKY丸出しになるので、眠気と酔い覚ましの為にもしぶしぶながら彼は歌う事にした。所詮バスに入ってるカラオケ。だからそんなに新しい曲は入っていなかったが、そんな中でも場が盛り上がりそうな曲を彼は選び歌を歌った。翔太は自分が担ぎ出されて最初は嫌々ながら渋い顔で歌っていたが、クラスの皆が手拍子を始めたので、元来歌好きの彼は、次第にいつもの調子が出てきたのか、しっかりと最後まで歌い切った。すると、またどっかで見た事ある光景が彼の眼前に広がる。彼は拍手喝采の嵐の中にいた。俺ってやっぱ歌上手いのか?勘違いが俺の中で勃発しそうだ。そう彼は思った。何となく、乗せられて歌った歌。中学の時と同じように驚嘆と称賛を貰えた。悪い気はしなかった。誰でも人より秀でた物が、時々は欲しくなるから。サッカーでは貰えていなかった声。嬉しい気持ちと複雑な気持ち。これも中学の時と同じだった。
「吉川。お前才能あるよ」
「俺ら、他の学校の奴とバンド組んでんだけど、でさあ、吉川、もし良かったら俺らとバンド組まない。実はボーカルチェンジしたいんだ」
他の奴らにも
「バンドとかやった方がいいよ。吉川君。私の知ってる男の子の中でもそんなに歌、上手く歌える子って、そういないから」
林間学校中。ずっとこの感じで、音楽やれよという彼への攻撃が続いた。
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