第30話

「それにしても、独学なのにこれだけの時間を瘴気の影響を受けずに戦い続けているって立派よねえ」 


 ライラはモンスターと戦うイルシアを眺めながら感心していた。 

 暴走しているとはいえ、瘴気に侵されたモンスターに出会ったのが初めてで、これだけの時間を一人で戦えるのだからイルシアは優秀だ。

 戦い方などこれからいくらでも学べばいい。彼は若いのだから経験を積めばいいだけだ。


「さて、イルシア君はそろそろ力を出しきったかしら?」


 暴走状態はそう長くは続かない。

 あんな無茶な戦いかたをしていれば、ライラがイルシアを無理に止めに入らずとも早々に動けなくなる。

 案の定イルシアの動きが精彩を欠きだした。


「イルシア君、もういいから下がりなさい!」


 ライラが声をかけるとイルシアがわずかに反応した。

 暴走するほど溜まっていた力のほとんどを使い切ったのだから、もう気持ちは落ち着いているはずだ。

 

「聞こえているでしょう。下がりなさい!」


 イルシアはあきらかにライラの言葉に反応をしているが、引き下がるつもりはないらしい。

 槍を構えなおしてモンスターに突っ込もうとしている。


「下がれって言ってるでしょ‼」


 ライラはイルシアの目の前へ瞬時に移動した。

 今まさにモンスターに向かって行こうとしているイルシアの頭に拳骨を落とす。


「――っ痛ってえな、てめえなにす」


「黙りなさい! 周りの状況をちゃんと見る。これでもまだ戦うの?」


 イルシアはライラに食ってかかろうとしてきたが、周囲を見渡して絶句してしまった。

 周囲の地面が氷に覆われ、視界に映る範囲には白銀の世界が広がっている。

 モンスターは身体の半分以上が凍りついてしまい動きを封じられている状態だ。


「わかったわね? これから私があのモンスターの瘴気を浄化するから、ここで大人しくやり方を見ていなさい」


「………………わかった。大人しくしてる」


 イルシアは肩を落としてしょんぼりとしてしまった。

 彼の呼び出した精霊も炎の勢いがすっかり弱まっている。


 イルシアは感情の制御がどうにも苦手らしい。

 イルシアには才能がある。自制ができるようになればもっと強くなれる。

 これからの成長が楽しみになってきた。



 ライラはイルシアに背を向けて、動きを封じたモンスターと正面から対峙する。


「……がるるるるるう」


 モンスターは唸り声をあげながら恨めしそうにこちらを見ている。

 ライラは精神統一をするために目を閉じた。

 イルシアに対して大口を叩いたが、瘴気の浄化をするのは久しぶりで緊張していた。

 以前はこの程度のことで心を乱すことはなかった。

 今の自分が以前とまったく同じようにできるのかという不安がある。


「大丈夫よ。さっきだって言い聞かせることができたのだから、きっとうまくいくわ」


 ライラは自分を奮い立たせるようにつぶやいた。


「強く気高く美しい尊いお方。どうか私にその力を私にお貸しください」


 ライラは心の中で強く念じながら願いを口にする。

 すると、すぐに新たな精霊が姿を見せた。

 それはイルシアが呼んだ火精霊や、ライラが先に呼んでいた水精霊などよりも高位の精霊だった。


 ライラは現れた精霊に手を伸ばして微笑みかけた。

 現れた精霊はライラを見つめて怪しく微笑み返してくる。

 数年ぶりとはいえ、瘴気の浄化が可能な高位の精霊を呼び出すことに成功した。


 とはいえ油断はできない。

 精霊は性質上かなりの気分屋だ。

 呼び出しに応じたものの、気乗りがしなくなったと立ち去ってしまうことがある。


 現れた精霊はこちらを値踏みするように見ている。

 ライラは精霊が力を貸す気になるまで待ち続ける。

 

 しばらくして、力を貸す気になった精霊がゆっくりと近付いてきた。

 精霊はライラの伸ばしていた手に触れる。

 そのままライラの身体の中に入り込むようにして姿を消した。


 瘴気を浄化するためには、自分の身体に精霊を憑依させる必要がある。

 精霊が姿を消した途端、ライラの茶色の髪と目が淡い青色に変わった。

 身体に変化が現れるのは、無事に精霊を憑依させることができた証だ。



 ライラは精霊を憑依させた状態のまま、動けなくなっているモンスターに近づいていく。

 瘴気をまとったモンスターの巨体の目の前に立つと、右手を突き出した。


 ライラの手が瘴気に触れる。瘴気は音もなく弾け飛んでしまった。

 瘴気はそのまま霧のようにあとかたもなく消えた。

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