第22話

 ライラはイルシアの方へゆっくりと視線を向けた。

 イルシアは先ほど受験者に見本として掲げていたコインを裏返してこちらに見せてくる。

 刻まれた数字は十五。ライラの受験番号だった。


「……やっぱりね。すぐに見せてくれるなんて隠しておく気はなかったのかしら?」


「ないね! 気がつかなかったらどうしようかと心配していたくらいだ」


 ライラはイルシアの返答に肩をすくめる。

 イルシアは素早くコインをポケットにしまうと、背負っていた槍に手をかけた。


「俺はアンタと手合わせがしたいんだ!」


「んー、それは戦わないとコインはくれないってことかしら?」


「当然! ただで渡すわけないじゃん。じゃなきゃこんな面倒な役回りを引き受けたりしねえよ」


 イルシアは期待に満ちた眼差しでライラを見つめてくる。

 キラキラと輝いている瞳が眩しくてめまいがしそうだ。


「うわあ、そんな顔をされてもねえ……。ご期待に添えるかどうかわからないわよ」


「んなのどうでもいい。さっさとやるぞ!」


 早く武器を構えろと、イルシアが急かしてくる。


「ねえ、本当に戦わなきゃいけないのかしら? あまり意味がないように思うのだけど」


「お前に選択肢はない! せっかくすげえ強いやつと出会えたんだ。戦わなきゃ損だろ!」


 イルシアがライラに向かって足を踏み出した。



「ちょっと待った!」


 そこへ八番の男から声がかかった。


「こんなところに一枚コインがあるなんてラッキーだな」


 にやにやと笑いながら、八番の男はライラとイルシアの間に割って入ってきた。

 イルシアの表情から、先ほどまでの機嫌の良さが嘘のように明るさが消える。

 彼の緋色の瞳がゆらゆらと揺れ始めた。


「俺の持っているコインはアンタの受験番号じゃねえぞ。関係ねえやつは引っ込んでろ!」


 イルシアが八番の男に向かって吐き捨てる。

 イルシアはすぐにでもライラと戦うつもりだったのだろうから、八番の男に邪魔をされたと怒っているらしい。

 そもそも私はイルシア君と戦うつもりはないよ、とは声をかけられない雰囲気だ。


「ちょっとちょっとー。アンタはあくまで試験監督の一人だろう? そんな態度でいいのかねえ」


 八番の男が下品に笑っている。

 たしかに、八番の男の言う通りイルシアの態度は試験監督としてはいただけない。

 だが、この男の言動に腹が立つイルシアの気持ちもわかる。 

 許されるなら、今すぐにでも黙らせたい。


「はあ? てめえが俺からコインを奪い取れると本気で思ってんのかよ」


 イルシアが八番の男を馬鹿にするように言った。

 すると、まだ近くにいた先ほどの男が、イルシアを窘めるように笑顔で声をかける。


「こらイルシア、言葉には気をつけなさい」


「……ッチ、面倒くせえ」


 イルシアは男の言葉にばつが悪そうに舌打ちをする。

 男はすぐにそのイルシアを態度を咎めた。


「そういうところがよくないんだ。もう少し自制しなさい」


「……あーはい。すんませんマスター。気を付けます」


「うんうん。素直に謝ることができるのは良いことだ」


 男に強く言われてイルシアは不満そうに謝罪をする。

 ライラはイルシアの態度に若さを感じて微笑ましく眺めていた。

 だが、すぐに気持ちを切り替えると、真面目な顔をしてイルシアがマスターと呼んだ男に身体を向けた。

 

「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんわ。あなたがこの街の組合のマスターだったのですね」


 ライラはマスターに向かって頭を下げる。

 上の立場の者だろうとは思っていたが、マスターとは意外だった。

 どうしてマスターが冒険者登録試験の会場まで足を運んでいるのか。ライラが疑問に思っていると、それまで落ち着いた態度を取っていたマスターがくすくすと笑いだす。


「っくくく、本当ですよ。挨拶が遅すぎます。おかげで大変だったのですから」


 マスターが腹を抱えて笑い出したので、周囲にいる監督役の冒険者たちが戸惑っている。

 ライラも突然のマスターの行動に困惑しながら声をかけた。 


「ど、どうかされましたか?」


「いやいや、どうかしたかって……。それはこちらの台詞ですよ。私のところにすぐ挨拶に来てくれれば面倒なことにならなかったというのに」


 マスターはひとしきり笑い終えると、深呼吸をしてから悲しそうな顔をした。


「ああ、残念だな。君は私のことを覚えていないのだね」


「――あ、いや……。見覚えはあるのですが、お名前までは……その」


 マスターは正面からしっかりとライラを見つめてくる。

 やはり知り合いだったのかとライラは焦り出す。

 どこで会ったのか必死になって思い出そうとするが、どうしてもわからない。


「まあ、思い出せないのも仕方がないですよ。私はたくさんいた招待客のうちの一人ってだけですから。言葉を交わしたのも挨拶だけですし」


「……え、招待客?」


 ライラが思いがけない言葉に首を傾げると、マスターが目の前までやってきた。

 彼は腰をかがめると、ライラの耳元で囁いた。


「君とクロードの結婚式」


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