第21話

 たどりついた先は街の外にある森の中だった。


「では、これから二次試験の説明をさせて頂きます!」


 受付嬢は目的地にたどり着くや否や、背後の受験者を振り返りながら明るい声を上げた。


「では、まずはこちらをご覧くださーい!」


 受付嬢は試験の監督役であるイルシアに向かってウインクする。

 すると、イルシアがポケットから何かを取り出して右手を掲げた。

 

「これから皆さんには、このコインを探し出してもらいまーす!」


 イルシアの手にはコインがあった。彼はそれが受験者全員に見えるように、さらに高く右手を上げる。


「制限時間は3時間です。コインの隠されている場所は、いま私が立っているこの場から5キロ圏内です」


 受付嬢が両手を真っ直ぐ横に開いて、その場でくるりと一回転してみせた。


「ちなみに! このコインは受験者の数と同じ枚数だけしかありませんのでお気を付けくださいね」

 

 満面の笑みで軽快に語り続ける受付嬢を、ライラは真剣な顔をして見つめていた。

 周囲の受験者の中には、受付嬢の態度に困惑している者がちらほらといる。


「このコインの裏面には数字が書かれています。数字は受験番号と同じ、一から十五までとなっております」


 受付嬢は受験者の戸惑いに構うことなく笑顔で話を続けた。

 彼女はここまで話して一息つくと、右手の人差し指を立てて受験者に向かって突き出した。


「この試験の合格条件は一つ! 自分の受験番号のコインを持ち帰ること、これだけです!」


 受付嬢は得意げな顔でそれだけ言うと、突き出していた手を引っ込めた。

 彼女はそれまでの笑顔が嘘のように気まずそうな顔をしてちらりと背後を振り返る。


 受付嬢の視線の先に一人の男が立っていた。

 その男がゆっくりと受験者の前に歩み出てくる。


「二次試験についての説明は以上だが、質問がある奴はいるか?」


 男の落ち着いた低い声が周囲に響く。男の言葉に受験者が揃って首を横に振った。

 男は品定めでもするように受験者一人一人とじっくりと視線を合わせてくる。

 一番最後に視線を向けられたライラは、男に向かってにこりと微笑んだ。


 男はライラより少しだけ年上に見えた。涼しげで誠実そうな印象を受ける見た目をしている。

 だが、こちらに向けてくる視線は嫌なものだった。

 ライラはこの男が今回の試験の責任者なのかもしれないなと思った。


 というか、どこかで見たことがある気がする。

 ライラは男の顔をじっと見つめながら真剣に考えた。


 誰だ、どこで会った。

 まさか王都にいた頃の知り合いか。

 いや、組合関係なのだから冒険者をしていたころだろう。

 駄目だ。さっぱり思い出せない。


「……うむ。では、試験を開始してくれ」


「っは、はいぃ! かしこまりました!」


 男は受験者全員を確認して満足したのか、受付嬢を振り返って爽やかに声をかけた。

 受付嬢はどもりながら返事をして時計を取り出した。


「では、私の合図で試験を開始いたします!」


 受付嬢の言葉で周囲の受験者たちに緊張が走る。


「それでは、二次試験を開始いたします!」


 受付嬢のその言葉と同時に、受験者のほとんどが一斉に森の中へと駆け出した。


 ライラは受験者たちが森の中に向かって行く様子を眺めながら、どうしたものかと考えていた。

 男のことは気になるが、とりあえず今は試験に集中するべきだ。


 この試験、制限時間や範囲からして、コインはとても分かりやすい所に置かれている。コイン自体は簡単に見つけられるはずだ。


 問題は、見つけたコインが自分の受験番号と同じ数字であるかどうかだ。

 最初に見つけたコインが自分の受験番号ならば運が良い。

 運の良さというのも、ひとつの才能だ。

 

 だが、見つけたコインが自分の受験番号と違う数字だったらどうするのか。

 諦めず自分のコインを探し続けるのか。見つけたコインを使って他の受験者と交渉するのか。

 あるいは、力ずくで相手の持つコインを奪いにいくのか。


 この試験はコインを入手してからの対応を問うものなのだろうとライラは結論を出した。

 いや、そもそもだ。

 まずはこの場に残り、見つけたコインが自分の受験番号ではなかった場合は素直に交換に応じるなど、受験者同士で協力関係を結べば済んだ話のような気がする。


「……たかだか冒険者の登録試験にしては随分と大がかりなことをするわねえ」


 受験者たちの向かった森の中を見つめてつぶやいた。

 以前はもっと誰でも合格できるような簡単な試験内容だったはずだ。これでは合格者が限られるだろう。

 全体数を減らしてでも質を上げたいのだろうか。

 この辺りの事情はイルシアやファルではなく、もっと組合の上の人間に聞かなければわからないか。


「おや、君らはコインを見つけに行かないのかな?」


 ライラが余計なことにまで考えを巡らせていると、先ほどの男が話しかけてきた。

 この場にはライラ以外に、受験番号八番の男が残っている。

 男の言葉にすぐに答えたのは、八番の受験者だった。


「自分でコインを探すのは手間ですからね。この場に残ってコインを提出する者から奪い取った方が楽ですよ」


 八番の男はけらけらと笑っている。

 話し合いをするために残ったのではないとわかりライラはがっかりする。

 戻ってきた受験者が自分の番号のコインを持っていなかったらどうするつもりなのだろうか。


「まあ、それも作戦の内だろうね。……それで、君の方もそのつもりなのかな?」


 男は目を細めて嫌味っぽく笑いながらライラに話しかけてきた


「…………私は森の中へコインを見つけに行く前に、確かめたいことがあるだけですわ」


 この男の視線はあまり好きになれない。ライラはどう答えたものかと一瞬だけ悩む。

 ライラは男に微笑みを向けながら、右手を伸ばしてイルシアのいる方角を指差す。


「イルシア君が持っているコインの番号を確かめたいのです」

 

 ライラの言葉に男の目が険しくなる。

 それと同時に、イルシアが身体に力を入れたのがわかった。


 ライラはファルに試験について相談していたときに聞かされたことを思い出す。

 冒険者の資格を失ってしまい、登録試験を再度受ける者には試験中に他の受験者よりも厳しい課題が与えられることがある、というものだ。

 

「なんとなくイルシア君の持っているコインが十五番なのじゃないかなって気がするのですが?」

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