冒険者登録試験

第19話

 冒険者登録試験の当日。


 ライラは三日ぶりに冒険者組合へと足を運んだ。

 この日の組合ロビーは、先日とは異なりぴりぴりとした空気が漂っている。

 周囲を見渡してみると、こなれた雰囲気の冒険者たちの他に、いかにも試験の受験者といった初々しい姿の若者がいる。周囲に漂う緊張感はその若者たちのものだった。

 冒険者たちは彼らの心情を察して、刺激をしないように距離を取っている。それが余計に若者たちを強張らせてしまっているようだった。


「……んん? もしかして今日の受験者の中で一番年齢が上なのは私……?」

 

 ライラはロビーに集まる人々を眺めながらそんなことに気が付いた。

 気を引き締めた面持ちでロビーに立っているのは、十代に見える若者がほとんどだ。二十代前半に見えなくもないといった者も二、三人ほどいるが、ライラに近い年齢の者は見当たらない。


 ライラは今回の試験に当たり前のように受かると思っている。

 落ちる可能性なんてこれっぽっちも考えたことがないので、試験を受けるにあたって気持ちにずいぶんと余裕がある。

 しかし、こんなにも初々しい若者に混ざって試験を受けなくてはならないことに気がついてしまった。これで不合格になったらと、ライラの心の中にほんの少しだけ焦りの感情が顔をのぞかせる。


「……そりゃ少し腕が鈍っているけど、たかだか登録試験よ。こんなことで取り乱してどうするの」


 ライラは焦りの感情を抑え込むために、ロビーの椅子に腰かけると胸に手を置いた。目を閉じて周りの様子は視界に入れず、これから受ける試験のことだけを考えるようにした。


 そうして過ごしていると、しばらくしてロビーに大きな声が響き渡った。


「本日の冒険者登録試験の受験者は演習場に集まってください!」


 ライラがその声に目を開けると、ロビーの奥に先日の受付嬢が立っていた。彼女は身体全体を使って大きく手を振りながら、受験者たちをロビーの外に出るように促うながしている。

 ライラは座っていた椅子から立ちあがると、受付嬢の誘導する方へゆっくりと歩き出した。


 ライラが演習場にたどり着くと、そこにはすでに受験者らしい若者が十四名ほど集まっていた。皆が同じ場所にかたまって緊張した面持ちで試験の開始を待っている。


「全員揃いましたね。それでは本日の試験を開始させて頂きます!」


 ライラが受験者の群れに近付いて立ち止まると、それを待っていたかのように受付嬢が声を上げた。

 どうやら集合場所にやってきた受験者はライラが最後だったらしい。


 ライラが受付嬢に視線を向けると、彼女の背後にイルシアとファルの姿を見つけた。試験の監督役である二人は、ライラを見ながら苦笑している。そんな二人を見て、ライラは自分が粗相をしでかしたのかと驚く。

 のんびりとしていたつもりはなかったが、周囲に合わせてもっと緊張感を出した方が良いのだろうかと悩んでしまう。


 ライラはとりあえず顔を引き締めると受付嬢の話に耳を傾ける。

 そんなライラの様子を見ていたファルが、慰めるようにこちらに向かって小さくガッツポーズをしてきた。

 それはむしろ不安になるから止めてくれと、ライラは心の中でファルに抗議をした。


「まずはこちらの演習場で基本的な戦闘技術の確認をさせていただきます」


 あちらをご覧くださいと、受付嬢が演習場の奥を見るようにうながした。

 そこには、それぞれ大きさの違う五つの的まとが用意されている。


「どのような攻撃手段を使っても構いません。全ての的に攻撃を当ててください」


 受付嬢の説明を聞いたライラは、イルシアとファルから事前に教えてもらった通りだと思いながら的を眺める。

 一次試験は毎回この内容なのだそうだ。用意された大小の的に攻撃を当てるだけ、難しいことは何もない。


「とくにご質問はないと思いますので、さくっと始めますね。それでは、受験番号一番の方からこちらにどうぞ」


 受付嬢が明るく声をかけると、緊張した面持ちの青年が前に出た。どうやら彼が受験番号一番らしい。

 ライラはその青年の様子をじっと観察する。

 青年は的の前に立つと、腰にさしていた剣を鞘から抜いた。彼は的に向かって剣を構えると、一つ目の的を力強く切り裂いた。 

 それから青年は一度も動きを止めることなく、流れるように全ての的を真っ二つにしていく。


「はは、何の芸もなくただ切っただけかよ」

「つまらねえ奴だな。もっと派手にやれよー」


 一番の青年が全ての的を真っ二つにして剣を鞘にしまったとき、どこからか野次が飛んできた。

 組合の演習場には受験者や試験の関係者以外に、複数の冒険者の姿がある。

 大人しく見学をしてくれていればよいが、どうやらそうはいかないらしい。下品な笑みを浮かべながら、受験者を見て悪態をついてくる。


 先日、ライラが組合にやってきたときにもいた連中だ。こんなところでたむろしている暇があるなら依頼を受ければよいのにと、ライラは呆れかえってしまう。

 ライラが空気を乱す嫌な連中だなと思っていると、一番の青年が受験者たちのところへ戻ってきた。彼は野次を飛ばしてくる連中を、不安そうにチラチラと横目で見ている。あれだけの大声で喚かれれば、彼にも悪態が聞こえていたはずだ。


「では、受験番号二番の方こちらへ」


 受付嬢に呼ばれて、受験番号二番の若者が的の前に立った。

 二番の受験者は槍を構えると、必要以上に大きく声を張り上げて的に向かって突進していく。


「勢いはいいが、それだけだな」

「ああ、ただ的に攻撃を当てるだけなら誰でもできる」

「もっと工夫しろってんだよ」


 げらげら笑いながら野次を飛ばす連中を、試験の監督役が静かにしているように注意した。だが、奴らは黙らなかった。

 ライラはいちいち不満を口にする連中を不快に思っていたが、態度には出さず演習場全体を眺めていた。



「……あの手の奴らは何をしたって文句を言うの」


 ライラはそばにいる受験者だけに聞こえるように言った。

 連中の思い通りにさせてしまうのは気に入らない。奴らが黙らないなら、受験者の方を落ちつかせてしまえばいい。そう思ったライラは言葉を続けた。


「あんな奴らの言うことを気にするなんて馬鹿らしい。こんなところでいきがっている連中だぞ」


 二番の受験者があれだけ声を張ったのは、連中の小言を意識してしまったからだ。今も的に向かって攻撃をするときに、身体に余計な力が入ってしまっている。

 この程度のことで心を乱すのは未熟だと言ってしまえばそれまでだが、試験の担当ではない者が受験者に精神的な負荷をかけるのは違うだろうと思う。


「指示されたことをすれば問題ないわ。この程度の試験で落ちると思うの?」


 受付嬢は試験開始前に、基本的な戦闘技術の確認をする、全ての的に攻撃を当てろ、としか言っていないのだからその通りにすればいい。派手にしろとも、工夫をしろとも言っていない。


 ライラの言葉を聞いた周囲の受験者がはっとした顔をする。

 声かけは功を奏した。三人目以降のどの受験者も、野次などまったく気にすることなく落ち着いて攻撃を的に当てていく。

 中には、ライラに対して不満げな態度をみせた受験者もいたが、真面目な顔で真っすぐ前を向いたまま無視を決め込んだ。

  

「……めぼしい新人がいたら自分たちの仲間に勧誘しようって魂胆かしら。それとも、出る杭は早めにってほうなのかしらね」


 あまりに模範的な受験者の態度に、悪態をついている連中はどうにも面白くなさそうだ。相変わらず飛んでくる野次に、ライラは呆れながら誰にも聞こえない小さな声でぼやいた。

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