第17話

「……そうね。たしかに十段階もあったし、どうしてそっちの鉱石の方がランクとして上なのかって疑問に思う部分があったわねえ」


 ライラが現役で冒険者をしていた頃のランクは、下からカッパー青銅ブロンズアイアンシルバーゴールド白金プラチナ・ミスリル・オパール・オリハルコン・アダマンタイトの十段階となっていた。

 どうしてこれらの鉱石だけがランクの名称として扱われ、なおかつこの順番なのかと話題にされることがあったと思い出した。

 しかも、ミスリル以上は実力にほとんど差はない。ただこなした依頼の数が増えればランクがあがる。分ける必要があったのかすら疑問だ。


 そんなことを考えていたとき、ふと自身のかつての最終ランクが刻印されていた冒険者プレートを、組合に置き忘れてきたことに気がついた。

 もう必要のないものなのでそのままでも構わない。しかし、組合での職員とのやり取りを考えると、きちんと回収した方がいいのかもしれないと思った。


「たしかになあ。あのランクの位置づけは俺も謎だったよ」


 ライラがいつプレートを組合に取り行こうかと考えていると、マディスが口を開いた。


「鍛冶職人が集るとよくその話題になったな。その話を始めたら家に帰れなくなるほど白熱した議論になったもんだ」


 マディスはどこか遠くを眺めながら諦めた顔をしてそう言った。その表情を見て、ライラはおもわず吹き出してしまった。


「あははは、そうだったわね! 飲み屋で鍛冶屋のおじさんがお弟子さんと言い争っていたことがあったっけ。ああ、懐かしい」


 冒険者をしていた頃に住んでいた街での出来事を思い出す。懐かしい記憶に、ライラは大きく口を開けて笑う。

 すると、マディスがライラを見ながら口の端を上げてにやりと笑った。


「なんだ。そうやって普通に笑えるじゃねえか」


「……何よ、どういう意味?」


 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて見つめてくるマディスに、ライラは眉をひそめる。


「いやなに、お淑やかにしているつもりだったのだろうが、お前の笑い方は嫌味ったらしいんだよ。かなりいけ好かない奴になっていたぞ」


「なによそれ。いつ私がいけ好かない奴になっていたっていうの?」


「あはははは! なんだ、自覚なしか。それはまずいぞ」


 ライラの返答を聞いて、マディスが声を上げて笑いだした。マディスはライラの頭に手を置いてがしがしと撫でまわす。


「ちょっとやめてよ! いきなり何なの?」


「話し方も今の方が自然だぞ。無理して取り繕うのはやめておけ」

 

 マディスに指摘され、ライラは侯爵家の花嫁修行で矯正される前の口調に戻っていることに気づいた。


「……べ、別に取り繕っているわけじゃ、ないわよ!」


「あーはいはい。いいんじゃないか?」


「あの、だから違くて……。別に、これはね」


「あとな、もう少し飯を食え。ガリガリすぎて気味が悪いから警戒しちまうんだよ」


 ライラとマディスのやり取りを、ファルがはらはらした様子で見ている。イルシアはそんなファルも含めて、この場にいる全員を呆れたように眺めながら声を上げた。


「なあ、弓の確認はもうしなくていいのか?」


「――っそうね。さっさと済ませてしまおうかしら」


 ライラはマディスから子ども扱いされたように感じ、不貞腐れながら彼の手を頭からどかした。すぐにマディスに背を向けると、そこからはひたすら的に向かって弓を引いた。


「……へえ。アンタって本当に腕が良いな」


 しばらくライラが弓を引く姿を黙って見ていたイルシアが声をかけてきた。


「ありがとう。でも、しばらく弓には触れていなかったから鈍っている感覚があるわ」


 そこまで言って、ライラはちらりとマディスを横目で見る。


「……さっさと感覚を戻すには、もう少し重くしたほうが鍛えられていいかしら?」


「いや、無理に重くしても命中精度が下がる。二日後の試験を考えても、このままでしばらく慣らしたほうがいいだろう」


 マディスは真面目な表情で淡々と答えた。

 先ほどまでのからかうような雰囲気はまったくない。そこにいるのは一人の職人だ。


「……そう。じゃあ、しばらくはこのまま使ってみようかしら」


「そうしろ。それと、こっちも受け取れ」


 マディスが顎をしゃくる。すると、すぐさまファルがライラに近付いてきてナイフとホルスターを差し出してきた。


「わあ、ありがとう!」


 ライラは目を輝かせてファルから差し出されたものを受け取り、すぐにその場で身に着けた。

 近接戦闘用の短剣を物々交換で差し出してしまったので、代わりになるものが欲しいというライラの希望を聞いて、ファルが見繕ってくれたものだ。


「お前さ、本当にもう少し肉を付けろよ。華奢すぎて何でもかんでも詰めなきゃならなかったって? そんなんじゃ体力が持たねえだろう」


「……んー、努力はするわね」


 ライラはマディスの言葉に対しておざなりに返事をしながら、身に着けたレッグホルスターからナイフを素早く取り出して的に向かって投げた。


「完璧! さすがファルちゃん」


「うわあ、すごい! また的の真ん中だ」


 ファルが的の真ん中に刺さったナイフを見て興奮した声を上げる。

 だが、マディスの方は娘とは対照的に落ち着いた声色で話しかけてきた。


「……今さらなんだが、お前は登録が抹消される前のランクは最終的に何だったんだ?」


「最終的にはミスリルだったけど、今さら関係ないでしょう?」


 ライラはあっけらかんとマディスの問いに答えた。

 それを聞いて、マディスの表情が驚愕に染まる。マディスはしばらくの間、腕を組んで黙って考え込んでしまった。

 ライラはそんなマディスを置いて、投げたナイフを的まで歩いて取りに行く。元の場所までライラが戻ってくると、マディスは額に皺を寄せながら口を開いた。


「……お前さ、元ミスリルランクの冒険者なら再試験くらい免除されるんじゃねえのか?」


 マディスの言葉を聞いて、ファルは口を大きく開けてぽかんとしてしまった。イルシアは顔を引き締めてライラをじっと見つめてくる。


「実のところ私もそう思っていたの。だから受付でプレートを見せたのよ」


 ライラはそう言ってから、両手を広げて首を横に振る。


「まあ、ズルはいけないことだからね。大人しく試験を受けわ」


 ライラの返事にマディスは納得がいかないのか、顔をしかめている。

 だが、急にはっと大きく目を見開くと声をあげた。


「――っまさか、あの短剣はランクアップの?」


「そうよ。ミスリルにランクが上がった時に……。知り合いから祝いの品として貰ったの」


 ライラが以前に冒険者をしていた頃、ある風習があった。ランクアップした者に、上がったランクの鉱石と同じ素材で作った何かを、祝いの品として贈るというものだ。


「だったらわざわざ手放さなくてもいいじゃねえか。ミスリルなんておいそれと人様に贈れる物じゃねえ。それをわざわざ贈るってことは、相手はそれなりに親しい関係のやつだろう?」


 マディスが真剣な顔をして言った。

 たしかに、財力もあれば当時は愛もあったのだろうと思う。だが、今さらあの短剣を返されても困る。

 ライラはルーディに言われた言葉を思い出し、真似をさせてもらった。


「物に罪がないのはわかるけど、思い出があるものだからこそ手放したいの」


 ライラは力なく笑いながら答えた。

 良い素材で作られた上に、性能も文句なしの品だが、手元に残しておくには抵抗がある。


「ああそうかい。……ここは好きなだけ使っていいから、気が済むまでいろよ」


「それは助かるわ。本当にありがとう」


 マディスはライラの礼を聞くと、こちらに背を向けて工房の方へ歩き出してしまった。この場から立ち去って行く彼の背中から、機嫌の悪そうな雰囲気を感じとったライラは首をかしげる。


「……何かしてしまったかしら?」


 ライラは不安になってイルシアとファルに問いかけた。


「知らねえ。別にいいんじゃね」


「ご、ごめんなさい! お父さんてば愛想が悪くて。いつものことなので気にしないでください!」


 イルシアには面倒くさそうに答えられ、ファルには頭を下げられてしまった。


「そう? ならいいけど……」


 それから、その日は遠慮なく中庭で弓の使用感を確かめた。

 イルシアとファルに試験のことを相談することもできて、ライラは充実した時間を過ごすことができた。

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