第15話

 翌朝、指定された時間にライラは鍛冶屋にやってきた。


「おはようございます」


「あ、ライラさん! おはようございます。さっそくで申し訳ないのですが、まずはこちらを着てみてください」


 店に現れたライラを笑顔で待ち受けていたのはファルだった。

 ファルは昨日ライラが選んだ装備品を得意げな顔をして手にしている。

 既製品のため若干サイズが合わなかったのだが、彼女が一晩の特急で調整をしてくれた。


「すごいわ。本当に一晩で仕上げてしまうなんて、とっても腕が良いのね」


「へへへー。本当は冒険者じゃなくてこっちが本職なのです」


 ファルは袖をまくって腰に手を当てると、胸を張って踏ん反りかえった。しかし、彼女はすぐにその得意げな様子をしまって暗い顔をする。


「だけど、その……。あまりお客さんがこないから、冒険者は生活費を稼ぐためにやっていて……。最近では鍛冶屋としてより冒険者として活動している時間が長くて困っちゃいますよー。あははー、はあ……」


 ファルがぼそぼそと日頃の不満をぼやきはじめてしまった。ライラは彼女から受け取った装備品を手にしたまま困り果ててしまう。


「あらあら、そうだったのね。うんうん、この店は奥まっていてわかりにくいところにあるから……」


 ライラは昨日、自分が不安に駆られながら店の扉を開けたことを思い出す。たしかにこれでは客が増えないだろうと考えてしまい、不満を言い続けているファルから逃げるように試着室に飛び込んだ。


 ライラは試着室のカーテンをさっと閉めると、それまで着ていた小奇麗な服を脱ぎ捨てて床に放り投げる。そして、ファルの仕立てた新しい防具に袖を通した。


 ライラは着替えながら懐かしい気持ちになった。

 見た目の華美さや流行などよりも、実用性を重視した機能的なデザインの服装に喜びを感じる。

 一通り着替え終えたときには、脳裏にかつての冒険者生活の情景が思い浮かんで、自然と笑みがこぼれた。


 ライラは試着室の隅に並べて置いていた、かかとが高く細いヒールを足先でこつんと蹴とばした。つい先ほどまで履いていたそれをなぎ倒して、昨日ファルと選んだかかとの低い編み上げのショートブーツを足の指でつまんで引き寄せる。そのブーツにゆっくりと足を入れると、丁寧に紐を結んだ。 


「――これで良し!」 


 ライラは満足げにつぶいてから、試着室の外に出る。壁にかけてあったフード付きの黒い外套を羽織って、大きな鏡に向き合った。


「完璧だわ。これだけの腕があればすぐに評判になってお客さんだって増えるわよ」


「よかったあ。気になるところがあればいつでも調整するので、また来てくださいね」


「ええ、もちろん。通わせていただくわ」


 ライラの返事にファルは頬を染めて安堵したように胸に手を置いた。


 あらためて、ライラは鏡に映った自分の姿を見る。

 スカートではなく、ズボンを穿いたのは久しぶりだ。

 ライラはおもわず足を肩幅に開くと、腕を真っ直ぐ上に伸ばして身体を動かしはじめる。

 動きを制限されることなく自由に手足を大きく動かせる喜びに、ライラは幸せな気持ちでいっぱいになる。


「あ、もしかして違和感がありますか? 動きにくかったら遠慮なく言ってくださいね。すぐに直しますから」


 ライラがあまりに念入りに手足を動かしているので、ファルが不安げに問いかけてきた。

 ライラはとても気持ちが高揚していて、自分の身体を抱きしめながらうっとりとした表情を浮かべる。


「まったく問題ないわ。こんなことをしていても、はしたないとか、お小言を頂戴しないことが久しぶりで感動しているところ」


「あの、えっと……」


 ライラの態度にファルは首を傾げて戸惑いながら窓の外を指差す。


「そ、それじゃあ、外でお父さんが弓の調整の確認をしているので……。大丈夫そうならそちらにお願いできますか?」


 ファルのその仕草につられて、ライラは窓に近付いて外を眺める。

 窓の外には広めの中庭があり、そこにはマディスとイルシアの二人の姿があった。


 視界に入ったマディスは、ちょうど庭の奥の方に設置されている的に向かって弓で矢を射ったところだった。彼は柄に視線を落として弦を引きながら、念入りに調整の確認しているようだ。


 イルシアはそんなマディスから少し離れた庭の隅で槍を振り回している。彼は彼で、自身の鍛錬をしているらしい。

 ライラはイルシアの太刀筋の良さに感心しつつ、ファルに促されながら中庭に向かった。

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