第14話

「――ってめえ、まさか俺を試したのか!?」

 

 マディスはそう怒鳴り声をあげてカウンターを叩きつけた。

 突然のマディスの激昂に、イルシアとファルが互いの顔を見合せて戸惑っている。


「試したなんて人聞きが悪いわ」


 ライラはそんなことを言われてしまうのは心外だと、マディスに冷静に訴える。


「その短剣を手放したいのは本当だもの。結果的にそうなったと言えないことはないけれど……。それであなたの気分を害したと言うなら謝るわ」


 ライラが淡々と話していると、ようやくイルシアとファルにも理解できたらしい。

 ファルは短剣を手にしたまま沈んだ表情を見せ、それを見たイルシアがマディスと同じように怒りを露わにする。


「……謝るだあ? じゃあ、俺がこの短剣の魔法付与に気が付かなければどうするつもりだったんだ。ああ⁉」


「信頼のできる方から腕の良い鍛冶屋だと聞いていたの。その心配はしていなかったわ」


「――っそういうことじゃねえだろうが! てめえはファルを」


 マディスは今にもライラに殴りかかりそうな勢いでもう一度カウンターを叩きつけた。


「お、お父さん落ち着いて! 私は自分が未熟者だって理解しているから……」


 ファルはカウンターを叩きつけている父親を手を取って怒りを鎮めようとするが、その目に涙を浮かべているので逆効果だった。


「っくそ! うちの娘を泣かせやがって……。そんな客はお断りだ。さっさと帰れ!」


 娘のことを思い怒り叫ぶマディスに、ライラはこれ以上言い返す気力はなかった。

 この店での買い物は諦めて短剣を手に取った。そのまま店を出ていこうと一同に背を向けてまっすぐ店の入り口に向かって歩き出した。



「――っちょっと待ってくれ!」


 ライラが店の扉に手をかけようとしたところで、背後から声がかかった。

 その声に足を止めて振りかえると、目の前にはイルシアが立っていた。


「あら、何かしら?」


 イルシアはライラをじとっと睨みつけながら腕を組んでいた。

 

「……アンタのことは、すげえムカつくけど……」


 イルシアは組んでいる腕に力を入れている。彼の指がぎりぎりと腕に食い込んで痛そうだ。ライラには彼がその痛みで自分の感情を押さえつけているように見えた。


「……アンタは、一応は試験の受験者だし……。試験終了まで受験者の動向を見守ることは、俺らの仕事なんだよな」

 

 イルシアは震える声でそう言いながら、力強くライラを睨みつけてくる。彼の緋色の瞳が、怒りでゆらゆらと揺れながらライラを捕えている。


「あら。受験者の世話って、試験監督的な意味合いが含まれていたのかしら?」


「ああ、そうだ。別に四六時中ついて回っているわけじゃないが、素行調査も仕事のうちでな。ったく、ここで会っちまったものはしょうがない!」


 ライラは睨みつけてくるイルシアに涼しい顔で微笑みかけながら、今ごろになって彼のことをじっくりと観察する。


 自身の身長よりもはるかに長く大きな槍を背中に携えたイルシアは、おそらく年の頃合いは十代後半といったところだろう。

 これほどの若さで、冒険者組合から登録試験の試験監督を任されていると彼は言っている。つまり、それだけの実力が彼にはあり、組合上層部から目をかけられているということだ。


 組合での周囲の冒険者たちの様子からしても、イルシアが嘘をついているとも思えない。そして何よりも、ライラの短剣を手にして何でもないように馴染むと言ってのけたのだ。


「……まあ、そうなの」


 ライラは目を伏せて片手を頬に当てると、落ち込んでいるような素振りでつぶやく。


「……それで、しょうがないってどうするの? 素行不良とでも報告を上げるのかしら。ふう、困ったわねえ」

 

「アンタはどうせ他の店に行っても同じことをするだろう。それでまた揉め事を起こされたら、監督役のこっちは迷惑なんだよ」


 イルシアはそう言うと、ライラがまだ手に持っていた短剣を奪い取った。イルシアはそのままマディスの元まで乱暴に歩いて行き、カウンターの上に短剣を叩きつけるように置いた。


「おい、おっさん! 本人がいらないってんだから、遠慮せずもらっておけよ!」


 イルシアが我慢していた感情をぶつけるようにマディスを怒鳴りつける。

 マディスは目の前で喚いているイルシアに迷惑そうにしながら、ぎろりとライラを睨みつけてきた。


「……まあそうだな。アンタが問題を起こしてファルの評価に傷がついても困るしな。いいぜ、これで取引してやる。あとからやっぱりやめたなんて言うなよ!」


 マディスはしばし間を置いてからぶっきらぼうに言った。

 父親の言葉を聞いた途端、ファルの表情が明るくなった。


「よかったあ。久しぶりのお客さんだね!」


 ファルは先ほどまでの泣き顔はどこへやったのか、両手を合わせて無邪気な笑みを浮かべた。

 ライラはファルにつられてにこりと笑ってはみたものの、彼女の発言に違和感を覚えていた。


「……んー、ちょっと待ってちょうだいな。取引が成立するのは嬉しいけど、久しぶりのお客さん?」


「そうなんです!」


 ファルは満面の笑みで返事をしながらライラに近付いてくる。彼女はライラの真横までくると身体を密着させて腕を絡めてきた。


「娘の私がいうのもあれなのですけど、お父さんはとっても腕のある職人なのですよ! だけどお店がこんな変なところにあるから、なかなか新規のお客さんがつかなくて……」


 ファルはぐいっとライラの腕を引いて力強く言った。

 絶対にこの客を逃がしはしないという、とてつもない気迫をファルから感じる。

 ライラはあまりのファルの豹変ぶりに思わず表情を崩して呆気に取られてしまった。


「それじゃお父さん、ライラさんを奥に案内してもいいよね?」


「ああ、さっさと行け」


「はあい! さ、行きましょう。すぐに行きましょう!」


 マディスはファルの問いに腕を組んで仁王立ちしながら顎をしゃくった。

 ファルは機嫌良さそうに返事をして、鼻歌を口ずさみながらライラの腕を引いて歩き出す。

 ライラは店選びを間違えたかと思った。だが、もう遅い。ライラはファルがしたいように身を任せた。



 それから、ライラはカウンターの奥にある扉から廊下を進み、とある部屋へと連れてこられた。

 その部屋は工房だった。

 工房の壁際には、先ほどまでいた部屋にあった品物よりも、あきらかに質の良い武具がいくつか並べられている。


 ライラはそれらを目にすると、やんわりとファルから離れた。ある武器の元までゆっくりと歩き、壁に立てかけられていたそれを手に取った。

 すると、後ろを着いてきていたのであろうマディスが、ライラの隣まで来て話しかけてきた。


「……アンタは弓使いか?」


「ええ。私は剣を振るったりするのは苦手なのよね」


 だからあの短剣はライラでも扱えるように軽く設計されていた。

 魔法付与がされているのも、ライラの弱点を補うためだ。あれはライラのことをよく知る男が腕のある職人に作らせたものだ。


「そうかい。まあ何でも好きなものを持っていけ。あの短剣と交換じゃどれを持って行っても釣り合わないが……」


「構わないの、私のわがままだもの。……ありがとう、あれを引き取ってくれて」


「あいよ。勝手にしな」


 マディスはそれだけ言うと、その場からいなくなった。そこへ入れ替わるようにファルが近付いてきて踵を上げながらライラの耳元でささやいた。


「一式必要なら、弓以外に防具もご入用ですよね。私がサイズを測りますからいつでも声をかけてくださいね」


 そう言ってウィンクをしたファルにライラは苦笑いした。



 こうして、ひと悶着あったもののマディスの鍛冶屋で望んでいた装備品を全て揃えることができた。

 三日後の試験はこの装備で受けるため、早急に使用感を確かめねばとライラは荷物をまとめて帰り支度を始める。


「おいおい、三日後の試験に必要なのはわかっているが軽く調整くらいさせろ」


「すぐに必要だから自分で調整するわ。これ以上は迷惑かけられないもの」


「すぐに必要だからこそ専門家に任せとけって言ってんだ! 明日の朝一番には用意しておくから、それくらい待て」


 荷物をまとめながらおざなりに返事をするライラを見て、マディスは腹立たしそうに額に皺を寄せた。彼は顔を真っ赤にしてライラから荷物を奪い取ってしまう。

 頑として荷物は渡さないという空気をマディスから出され、ライラは嫌々ながら承諾した。


「……わかったわ。じゃあ明日の朝一番にまたくるわね」


 ライラはマディスに調整を任せて、この日は大人しく帰ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る