第13話
ライラは様子のおかしいファルを気にしないようにして、彼女の目を見つめながらはっきりと言った。
ファルはライラの言葉を聞いて、それまでの様子が嘘のようにしゃきっと背筋を伸ばした。彼女は前のめりになりながら、しっかりとライラの目を見つめ返して驚愕の声を上げる。
「――っ一式ですか! それって防具も武器も全部ってことですか⁉」
「まさかとは思うが、三日後の試験を新しい装備で受けるつもりか? 慣れない物は危険だぞ」
ファルの声にかぶせるように、イルシアも声を上げる。
「ええ、その通りよ。持ち合わせがないから揃えないと試験に挑めないのよ」
ライラは変わらずにこりと笑みを浮かべながら若い二人の問いに答えた。ファルとイルシアは互いを見つめ合って黙りこんでしまう。
すると、それまでやり取りを見ていただけのマディスが口を開いた。
「……えーっと、お前さんはうちの娘とは顔見知りらしいな。んで、どうやら今度の冒険者登録試験に挑むために、得物から防具まで全て揃えて欲しいっていうのかい?」
マディスはカウンターに肘をついたまま、じろじろとライラを眺めて問いかけてくる。ライラは彼が何を考えているのか想像がついたが、気が付かないふりをした。
「ええ、おっしゃる通りですわ」
にこにこと笑っているライラを、マディスは胡散臭そうな顔をして見つめてくる。ライラはお小言でも言われてしまう前に、さっさと用件を伝えてしまおうと切り出した。
「そこでご店主のマディスさんにご相談があるのですわ。支払いは現金ではなく、これでお願いしたいのですが……」
いかがでしょうかと、ライラはさきほどルーディに突き付けた短剣を取り出してカウンターに置いた。
「はあ? アンタ支払いを現金じゃなくて物々交換しようってのかよ」
「え、えーっと。あの」
イルシアとファルが、短剣とライラを交互に見ながら困惑した顔をしている。
マディスはライラに疑わしい視線を向けながら、カウンターの上の短剣を手に取った。だが、彼が短剣を持ち上げた途端、その表情が驚愕に染まった。
「なんじゃこりゃ。軽っ!」
マディスはおもわず立ちあがって短剣を鞘から抜くと、刀身をまじまじと眺める。
「それなりに値が張る品よ。できれば引き取って欲しいのよね」
「いやいやいや、それなりって。うちに今ある一番良い品物だって足元にも及ばないぜ」
「あらよかった。だったら物々交換でも問題ないわよね?」
「問題あるだろう! これの素材はミスリルだろうが!」
マディスはそっと短剣を鞘にしまって丁重にカウンターの上に置くと、ライラに力強い視線を向けてきた。
「この短剣じゃ取り引きできない。今のうちには見合うだけの物がねえ。支払う金がねえってんなら帰ってくれ」
「……そうですか。でしたら致し方ありませんね。現金で払いますわ」
「おい、金があるなら最初からそう言え! なんだ、自慢か? ミスリルの短剣に釣り合う商品がなくて悪かったな!」
「そんなつもりはないわ。これは私にとっては不要なものなの。できることならば手放したいのですわ。……ただ、それだけです」
ライラは少しばかり気落ちしてしまい、顔を伏せながら言った。ファルはそんなライラの様子をうかがいながら、マディスにそっと声をかける。
「……ねえねえ、お父さんってば口が悪いよ。どうしてもその剣じゃ駄目なの?」
「お前は馬鹿か! さっきも言ったがこれの素材はミスリルだぞ。しかも、柄にはめ込まれた宝石には魔法が付与してあるんだ。魔術をかじっているならそれくらい気が付け!」
父親にそう怒鳴られてファルはカウンターに置かれた短剣に近付いてまじまじと見つめる。
「ええ、そうかなあ。そんな気配なんて全然感じないけど……」
「この馬鹿娘が! よくそんなので冒険者が務まっているな」
そうして、再びマディスとファルの言い争いが始まる。そんな二人を呆れた顔をして横目で眺めながら、イルシアが短剣を手に取った。
「本当だ、すごく軽い。しかもなんだこれ……。すごく手に馴染むっていうか……」
イルシアは素早く剣を鞘から抜くと、感心したようにつぶやいている。
ライラはそんなイルシアの様子に目を見張る。
これならばマディスは短剣を引き取る気になるのではと思い、諦めずに売り込みをはじめる。
「軽いのは素材のおかげもあるけれど、手に馴染むのは短剣自体にそういうまじないがかけられているからなの。宝石に付与された魔法効果とは別にね」
イルシアとファルは、ライラの口から発せられたまじないという単語を聞いて動きをとめる。二人は揃って不思議そうな顔をしてライラを見てきた。
食いついたと思ったライラは心の中でニヤリと笑った。
まじないがかけられている物品など、そうそう出会えるものではない。若い二人がそう聞いてもピンとこないのは容易に想像がつく。
ライラは、もっとこの短剣の話を聞きたいだろうと得意げに頷いてから、売り込みを続けた。
「あのね、この柄の宝石部分に付与された魔法効果だけど、実はとても強力なうえにそこらじゃ滅多にお目にかかれない特殊なものなのよ」
ライラがそう言うと、ファルはイルシアが手にしている短剣に顔を近づけた。
「この宝石ですよね? んー、やっぱり私にはよくわからないなあ」
「気が付かないのは無理もないわ。この短剣には、魔法付与がされていることを隠蔽する力が働いているの」
ファルがぽかんとした顔をして首を傾げた。
イルシアは軽く短剣を振るいながら、ファルの気持ちを代弁するようにライラに向かって疑問をぶつけてくる。
「隠蔽ってさ、そんなことをする意味があるのか?」
「付与された魔法効果が強力だからよ。魔力に敏感な方だと気配を察知してしまうの」
「……ああ、なるほどな。せっかく自分の気配を消して獲物に近付いても、剣の魔力を感知されたら意味ないもんな」
「そういうことです。それと、万が一の事故を防ぐためという意味合いもあるわね」
このライラの答えに、今度はイルシアがぽかんとした顔をして首を傾げた。ライラはまた質問をされてしまう前に、疑問の答えを話してしまう。
「付与された魔法に見合うだけの強さが持ち主になければ魔法の効果は発動しないのよ。魔法が付与されていると気がつけもしないわ」
イルシアはライラの話に耳を傾けながら、手にしていた短剣を鞘にしまい、物珍しそうに眺めているファルに手渡した。
「この短剣に触れて、軽い、馴染むと感じる方でなければ正しく扱えないように調整されているの。素人が強力な魔法を発動させてしまったら本人も周りも困ったことになるでしょ?」
ライラがそう説明を終えたとき、短剣を手にしたファルがその重さに身体のバランスを崩した。
すると、マディスは顔を赤くして身体を震わせはじめる。
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