鍛冶屋

第12話

 ライラはルーディから渡されたメモを持って、街のとある裏通りを歩いていた。


「……えっとー、この先の突き当りを右でー……、ってこれ合っているのよね」


 自分にだけ聞こえる小さな声で確認するように呟きながら、狭い路地裏を進んでいく。

 ライラはルーディに教えてもらった鍛冶屋へと向かって、不安に駆られながら歩いていた。


「腕はたしかだって話だけど、本当にこんな路地裏にお店なんてあるのかな」


 ライラは狭い道を塞ぐように置かれた木箱の山を避けながらますます不安になる。

 再度メモに書かれた地図を確認しながら、慎重に突き当りを右に曲がった。

 すると、ようやく目の前に小さな看板が見えたので、ほっと胸を撫でおろす。


「よかった。ちゃんとこの通りにはお店があるのね」


 ライラは看板の前で腰を屈める。メモに書かれた店名と見比べて確認しようとしたのだが、その姿勢のまま眉間に皺を寄せる。看板に書かれている店名が薄汚れていて読みにくいのだ。


「――っげほ、か、看板の字が……げほげほっ、ボロボロで読めないわね」


 ライラは看板の埃を手で払ってみた。

 だが、舞い散った埃にむせただけで読みにくさは何一つ変わらなかった。


「鍛冶屋マディス……なのかなあ?」


 看板に顔が触れるのではないかというくらい近づけて、なんとか書かれている文字を確認しようと試みる。


「……でもなあ、この通りで看板が出ているのはここだけだし。合っていると思うのだけど……」


 看板が目印、と二重線の引かれたルーディのメモに視線を落としてから、周囲をきょろきょろと見渡してみる。

 やはり看板らしきものが出ているのは、目の前の建物だけだった。


「……はあ……。迷っていたって何も始まらないしね」


 ライラは溜息をついてメモをポケットにしまう。おそるおそる目の前にある建物の扉をゆっくりと開いた。


「ごめんください」


 扉を開け中に入ると、視界に入ってきたのは壁や棚に無造作に置かれた無数の武具だった。

 ライラはここが鍛冶屋であることは間違いなさそうだと判断する。

 だが、扉に鍵はかかっていなかったものの、人の姿は見当たらず営業をしている雰囲気ではなかった。


 ルーディは人の姿が見えなければ店内で大声を出せと言っていた。

 そうすれば、そのうちに店主のマディスがひょっこりとやってくるはずだと。

 いつまでも突っ立ってはいられないので、ライラは覚悟を決めてその場で叫び出した。


「ごめんくださーい! 誰かいませんかー? マディスさーん!」


 大声で叫ぶが、しばらく待っても物音ひとつしない。

 ライラは大きく息を吸ってもう一度叫ぼうと腹に力を入れた。


 すると、今しがた自分が入ってきた店の扉が勢いよく開いた。

 ようやく店主の登場かと思ったが、店の扉から姿を現したのは別の人物だった。


 なんと、冒険者組合で声をかけてきたイルシアとファルの若い冒険者の男女二人組だったのだ。

 ここが鍛冶屋であれば、冒険者が客として訪れることもあるだろう。だが、この二人と出くわすともおもわず、ライラは内心とても驚いていた。


 それはイルシアとファルの二人も同様だったようだ。

 店内で叫ぶライラの姿を見て、扉を開けた格好のまま揃って固まってしまっている。

 ライラはそんな二人の様子を眺めながら、この街はあまり大きくはないのかもしれないなと考えていた。


「あらまあ、イルシアさんにファルさんじゃないですか。奇遇ですね」


 ライラは固まったまま動かない二人に、気を取りなおして笑顔で声をかける。その声でイルシアがびくりと身体を震わせた。彼は罰が悪そうに顔を歪めると、気怠そうに口を開いた。


「……なんでアンタがこんなところにいるんだ?」


「それはもちろん装備品が欲しくて来たのだけど……。誰もいらっしゃらなくて困っていたのよ」


 ライラはイルシアの質問に店内を見渡しながら答えた。

 すると、イルシアは罰が悪そうな表情のまま店の中をずかずかと歩きだす。彼は無言のままライラの目の前を勢いよく突っ切っていくと、店の最奥にあるカウンターへと向かっていった。

 イルシアはカウンターにたどり着くと、慣れた手つきて飛び越えて中に入る。そのまま彼は店内から見えない店の奥へと姿を消してしまった。


「え、いいのかしら?」


 その場に残ったファルにライラが声をかけると、彼女は呆れたような表情を浮かべて頷いた。

 そのとき、店の奥からイルシアの怒鳴り声が店内にまで聞こえてきた。


「おい、おっさん! 客が来ているぞ!」


 ライラからは見えない店の奥で、イルシアともう一人の人物が言い争う声が聞こえ始める。


「え、何事? 本当にいいの?」


 ライラはファルにもういちど声をかける。彼女はやはり呆れたように頷くだけだ。


 店の奥からは、イルシアと低い男性の声が聞こえ続けている。

 ライラはどうすることもできず、ファル同様に口を結んだ。


 そうして、二人の男の言い争いが終わるのを、ただじっと待ち続けた。



 しばらくすると、ようやく店の奥は静かになった。

 それからすぐに、イルシアと体格のよい男性が揃ってカウンターの中に姿を見せる。


「待たせたな。このおっさんがこの店の主のマディスだよ」

 

 イルシアが不機嫌そうにしているマディスの背中を強く叩きながら言った。イルシアの顔は怒りで真っ赤に染まっている。

 現れた店主のマディスは、そんなイルシアを横にしても何一つ悪いと思っていない様子で堂々としていた。


「はいはい、すみませんね。作業に集中しちしまうとつい声が聞こえなくてよ」


 マディスはカウンターの中にある椅子にどっかりと腰かけた。彼はカウンターに肘をついて、口を引き結んだままのライラをじっと見つめてくる。


 すると、ライラと共に一連の流れを見ていただけのファルが、手にしていた杖で突然マディスの頭を勢いよく叩きつけた。


「――っもう! お父さんってば、お待たせしてしまったのだからもう少し愛想よくしてよ」


「え、お父さんなの?」


 鈍い音と同時に、ファルの言葉が耳に届いたライラは驚きで思わず声が出た。


「おいこら! お前こそ父親の頭を杖で叩くんじゃねえ」


「叩かれたくなかったらちゃんとしてってば! お父さんっていつもそう‼」


 頭を叩かれたマディスは即座に杖を頭の上から払い落としてファルを怒鳴る。すると、負けずにファルも怒鳴り返した。

 そこからマディスとファルが客であるライラを放置して親子喧嘩を始めてしまう。

 

「……えーと、どうしたらいいの?」


 どんどん二人の言い争いは白熱していく。

 何やら普段からの互いの鬱憤を言い合っているらしいが、ライラは展開についていけない。そんなライラとは違い、イルシアは二人の喧嘩など慣れたものなのか何食わぬ顔をしていた。


「おい! 客の前でいつまでも親子喧嘩なんかしてんじゃねえぞ。みっともねえ!」


 イルシアが大きく息を吸ってから声を張り上げた。その声でマディスとファルは揃ってピタリと口を閉じた。

 マディスは罰が悪そうにカウンターに肘をついてそっぽを向いてしまう。だが、ファルの方はすぐにライラに向かって頭を下げてきた。


「……ごめんなさい、ライラさん」


「い、いいのよー。あなた方が親子ってことには少し驚いたけれど……。ほら、喧嘩するほど仲が良いって言うじゃない?」


 ファルがあまりにも申し訳なさそうにしているので、ライラはできる限り優しい声色を出して微笑んだ。


「だから、ね? 仲が良いのはいいことだもの。顔を上げてちょうだいな」


 ライラは膝に手を置いて屈みながらファルの顔を覗き込む。ファルはすぐに顔をあげたのだが、ライラと視線が合うと頬を赤くしてまた俯いてしまう。


「んんー? どうしてまた俯いちゃうのかな。本当に気にしていないからね」


 ファルがライラに対していつまでも頭を下げ続けているので、イルシアの表情がどんどん険しくなっていく。

 面倒だからこれ以上誰かが怒鳴りだす前にさっさと本題に入りたいな、とライラが考えていると、ファルがようやく頭をあげた。

 しかし、ファルはなぜかもぞもぞと身体を動かして照れ臭そうにしている。


「あの、えっと……。と、ところでライラさんは、どういったご用件でうちにいらしたのですか?」


 どうもこうも、鍛冶屋に来たらすることなど限られているだろうし、さっきイルシアから同様の質問をされて答えを返したばかりなのだが、とライラはつい言い返したくなってしまう。

 そんな胸の内を隠して、ライラは微笑みを浮かべ続けた。

 鍛冶屋の娘なら冒険者組合で会った時に紹介してくれたらよかったのに、とも思ったがそんなことは今さら言っても仕方がない。


「武具が一式欲しいのだけど、見繕って頂けないかしら?」

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