第9話

 トゥールが案内してくれたのは、街の表通りから一つ奥まった通りにある店だった。


 中に入るとけして広いとはいえない店内ではあったが、ほとんどのテーブルが客で埋まっている。定食屋の昼時とあって、活気にあふれた明るい雰囲気の店だ。

 そんな店内の雰囲気を象徴するかのような、小柄な女性の従業員がいる。彼女は快活な空気を身にまとい、ホールをせわしなく動き回っている。

 その女性従業員がライラたちの入店に気がつくと、満面の笑みでこちらに近付いてきた。


「いらっしゃいませ! 奥の席にどうぞ……って、兄さんじゃないの! やだあ、いつ帰ってきたの?」


 女性はトゥールの姿を見るなり、目を大きく見開いて兄さんと言った。


「こいつは俺の妹でルーディだ。この店は妹が旦那と二人で経営していてな。味は保証するからじゃんじゃん食えよな!」


 トゥールは誇らしげに笑いながら言った。彼は驚いている妹のルーディを放置して、一人で店内の奥に進んでいった。まるで、自分の店のように我が物顔でさっさと席に着いてしまう。


「……あ、はじめまして。ライラと申します」


 ライラはトゥールに続いて席に向かってよいものか迷った。だが、まずは挨拶をすべきだろうとルーディに頭を下げる。

 ルーディは来店してきたのが兄とその知り合いとわかると、笑顔をしまって苦い顔をしている。


「ああ、はいはい。兄さんのお知り合いなのね。私はルーディよ。きちんとご挨拶をしたいのだけど、今は忙しいから後にしましょ」


 ルーディは早口でそう言いながらひらひらと手をふる。そのままライラを置いてさっさと別の客の元へ向かってしまった。

 その一連の仕草に、どことなく兄のトゥールに近しいものを感じてライラは微笑んだ。


「ったく、ルーディの奴。すまねえな、定食屋の昼時は稼ぎ時だから」


「ええ、それはわかりますわ。とても繁盛していて明るい雰囲気の素敵なお店だもの」


 ライラは一人で先に行ってしまったトゥールに続いて店の奥のテーブルに向かう。そこから店内を見渡して、しきりに感心してしまった。

 

 客席から見える厨房には男性が一人いる。

 その男性もルーディ同様にせわしなく動いている。次々に注文の入る料理をてきぱきと作り続けていた。

 トゥールの発言から、おそらく彼がルーディの夫なのだろう。ルーディもその夫も、見たところライラとさほど年齢は変わらないように見える。

 だというのに、夫婦二人で立派に店を切り盛りしている様子がうかがえる。


「夫婦二人三脚でこんなに立派なお店を経営なさっているだなんて……。尊敬してしまうわ」


 ライラがそんなことをぼやいていると、ルーディが両手いっぱいに料理の乗った皿を抱えて近づいてきた。彼女はそれを満面の笑みでライラの目の前に勢いよく置いた。


「はいよー、お待たせ。本日のおすすめ定食です。じゃ、ごゆっくり!」


 目の前に並べられたのは、大皿に盛られたメイン料理に、スープとサラダ、それからおかずの小皿が二皿もついた贅沢な定食だ。

 あまりの量の多さにライラは固まってしまう。

 そんなライラを放ったまま、トゥールは大きな声でいただきますと言うと、さっさと食事に手をつける。

 ライラは、はっと我に返ると、勢いよく食事を続けるトゥールに慌てて声をかける。


「――っちょ、ちょっと待ってこれはなに? 私はまだ注文していないのだけれど」


「どうせ、お前はスープかサラダか、そんなものだけしか頼まねえだろうから勝手に選ばせてもらった」


 悪びれずにあっけらかんと言うトゥールに、ライラは開いた口が塞がらない。


「ほらほら、遠慮せずに食えよ。今日の分はおごってやるから」


「……そ、それはありがたいお話だけれども……。私はこんなには食べられないわよ!」


「大丈夫だって。うまいからペロッと食べられちまうからさ」


 美味しそうに食べ続けるトゥールを目の前に、ライラは途方に暮れる。

 だが、せっかく出された料理に手を付けないのは申し訳ない。ライラはスプーンを手に取ってスープを掬うと口に運んだ。


「な、うまいだろう? いい店なんだ」


 トゥールは笑顔で尋ねてくる。

 その笑顔があまりに誇らしそうなので心が痛んだ。


「……ええ。とってもおいしいわ」


 ライラはぎこちなく笑顔を浮かべて返事をした。

 おいしいとは答えたものの、ライラには口にしたスープの味はわからなかった。

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