第4話 好奇心2

私は案の定この授業を集中して受けることができなかった。

先生の文字を追うと必ず後ろ姿が目に入る。

その度に勝手な想像を膨らませた。

所詮は他人であるのに。


「それでは今日の講義はここまでです。皆さん、お疲れさまでした」

この授業の先生、櫻井 明音さくらい あかねが宣言する。

やっと終わったのか。

先生には申し訳ないがこの授業は一切頭に入ってこなかった。


「駄目だ。 早く、次の教室に移動しよう」

そう呟き、足早にこの教室を後にした。

次の授業はゼミだ。

この学校ではゼミは2年から選択して入ることになる。

私は世界の安全保障を研究するゼミを選択した。

教授の名前は、矢野 雅也やの まさや


「どんな、先生だろう……厳しくなければ良いな~」

ゼミの要綱等を一切見ることなく決めてしまった。

授業や成績基準がとんでもなく厳しい。

そんな可能性も低くはないだろう。


1年の頃に経験した苦い記憶が蘇る。

講義は、日本史。先生の名前は、橋本 はしもと すぐる

日本史を私は得意とまでは言わない。けれど好きだから楽しく過ごせた。

そして迎えた期末レポート。

原稿用紙5枚にまとめてこいというものだった。

お題は日本史のことであればなんでも良いとのことだったので

{幕末、日本が異国の属国にならなかったことの考察}

をレポートの題として書き上げた。

結果は単位不可。

一つの引用を引用先として書いておくことを忘れてしまったのだ。

完全に私の落ち度だけれど減点の点数高すぎる。

そんな一つの引用で私のフル単が儚く消えてしまったのだ。

もう一度言う。

あくまで、私が悪い。


そんな回想をしているうちに教室に着いた。

まだ先生は来ておらず、生徒が少しいるだけだ。

でも何だろう。知り合い同士でもう、集団ができている。

私の入る隙間は果たしてあるのだろうか?


「は~い そろそろ、席に着けよ~」

数分後、チャイムと共に先生が入室してきた。

若い。30手前程だろうか。

イケメンではないところが高評価だ。

背もさほど高くない。そのせいか威圧感も全く感じられなかった。


「それではゼミを始める。 このゼミを受け持つことになった矢野やのだ。

自己紹介で経歴を説明する人もいるけど興味ないだろ?なんで、あんなどうでもいい話するんだろうな。まぁ、いいや! チャームポイントは、このツリ目ね!よろしく! それじゃ、自己紹介、みんなしてってくれる?」


「はい!俺は、戸部 とべ まことです!よろしくお願いします!」

一番最初の子が簡単に自己紹介した。

こんな簡単な感じでいいんだ。

それなら私でも大丈夫かな。

それでも段々と順番が近づいてくるにつれて、自信が無くなってきた。

次、私の番だ……

心臓が飛び出てきそう。

噛んだろどうしよう。


「次の人、よろしく!」

悩んでる間に私の番が来ていた。

やばい!やばい!


「は、は、はい! 私は、か カ 上代 凛です。よろしくお願いします!」

やってしまった。最初はパニック起こして噛みまくったし、最後は、恥ずかし過ぎて声が裏返った。


「はい! 上代さんね! それじゃ、次の人」

どことなく、優しく微笑んでくれてる気がした。

しかし、周りからのクスクスとした笑い声で気が落ち込む。


「私は、神田 かみた しおりです。 声が小さいので聞こえなかったらすいません」

凛とした美しい。そんな和製美女が痛烈な皮肉で周り黙らせる。

かっこいい。ただその一言しか出てこなかった。


「神田さん!俺の代わりにありがとう!これで今日のメンバーは全員かな?一人だけ今日は休みか。それじゃ!今日はもう終ろうか。まとめて説明したほうが二度手間にならないし。解散!!」

矢野先生は、そう言うと颯爽と教室を出ていった。

それに意識を奪われて、神田さんに御礼を言い損ねてしまった。

この先、このゼミで上手く立ち回れるのか。

そんな不安と言い損ねた心残りが胸の大半を占めている。




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