微笑み

その頃、ディーク王国にて。


アストリア王国軍は、騎士団と魔術師団が入り乱れてディーク王国に攻め入ろうとしていた。

今回は魔術師団は結界は狙っていない。

代わりに、騎士団が切り開いた行く手に結界の内側まで入り込むと、容赦なく攻撃魔法を放ってきた。


ルークは大量の汗を滴らせながら顔を歪めて、目の前で対峙している騎士の剣を薙ぎ払った。


ちら、と辺りに視線を向ける。

ディーク王国軍の精鋭たちも国境沿いでアストリア王国軍を迎え撃っていたが、軍勢の規模が違い過ぎていた。


時間が経つほどに、じりじりとディーク王国軍が押されていく。

まだ何とか持ち堪えてはいたが、希望の見えない状況に、味方の士気も下がって来ていた。


(……これは厳しいな)


目の前の騎士は体勢を崩すも、また持ち直してルークを狙ってくる。


炎の将軍の姿は見えないが、アストリア王国軍の中でも特に高位と思われる騎士や魔道士は想像以上に屈強だった。

シリウスとエリザも前線に出て指揮を取りつつ、アストリア王国軍の攻撃を防いでいたが、その表情には疲労の色が滲み出ている。

ルークは思わず唇を噛んだ。


(リュカード様たちが戻るまで、耐えられるだろうか……)


再度振りかざされた騎士の剣をルークの剣が防いだ時だった。

……剣の手応えが違う。

ルークの剣が当たった所から、なぜか突然、目の前の騎士の剣が粉々に砕け散っていった。ルークは驚きに目を瞠る。

飛び散る剣はまるで灰のように、輝きを失っていた。


目の前の騎士も、何が起きたのか理解できずに混乱しているようだった。


同じく、ざわりとアストリア王国軍内に動揺が走っている。


強力な攻撃でディーク王国軍を苦しめていた、軍の上部とみられる者たちの武器や防具が、突然輝きを失うと崩れ落ちていったのだ。


(いったい、何が起こっているんだ……)


敵軍の混乱に、ディーク王国軍は息を吹き返している。

ルークも、剣を握る手にぐっと力を込め直した。


***

ローレンスは、左腕から銀色だった腕輪が輝きを失って崩れ落ちていくのを、呆然と見つめていた。


(なぜだ……?)


アリシアは、ローレンスの腕からぼろぼろと零れ落ちる腕輪を見てから、はっと胸元の片翼を見つめる。

ローレンスの腕輪に彫り込まれた紋様と似た紋様のある銀の腕輪は、エドガーが机に並べていた魔具の中に見た記憶があった。

これがエドガーが作ったものだとしたら、このペンダントが放ったさっきの光は、空気の細波は。


……これは、あの時エドガーが敵国に渡す魔具に込めた、その魔力を無効化するものなのかもしれない。


ローレンスに冷たい目を向けるノアから、ローレンスの足元に真っ黒な靄が纏わりついていく。キャロラインがノアを止めようとするが、その水魔法はヴェントゥスの起こした風に揺れていた。


ザイオンが叫んだ。


「リュカード様、王宮の結界を!」


リュカードはすぐに氷の鳳凰を結界に向かわせ、その嘴で結界を引き裂いた。

アルスとグレンもザイオンの声に呼応する。

アルスの魔法はフレデリックに阻まれたが、グレンの闇魔法がひびの入った結界を暗く歪ませると、氷の鳳凰の羽ばたきで王宮の結界が砕け散った。


ローレンスは憤怒の表情でノアを睨み付ける。ノアの首元のチョーカーが赤く光った。


「ノア!!!」


イザベルの絶叫に重ねて、ザイオンがアリシアに向けて叫んだ。


「アリシア、ノアの首元の魔具には自爆魔法がかけられている。無効化を頼む!」


すぐに頷いたアリシアは、魔具をノアに向けて弾を放ったが、ローレンスは同時に、手に持っていた剣に炎を纏わせるとノアを目掛けて投げ付けた。


その瞳は、イザベルに向けられる。瞳の奥は暗く歪んでいた。


(……貴女は、俺にはほとんど表情すら動かしてはくれなかった。

俺の手をすり抜けていく貴女の表情を最後に歪ませるくらいしか、俺にはできない)


「「ノア!」」


クレアとアリシアの声が重なる。

アルスが、ローレンスの放った剣とノアとの間を目掛けて魔法を放つが、まだ距離があった。

ノアも操る闇魔法に手を取られたまま、迫り来る炎を纏った剣に目を薄く閉じた。


ノアを見守っていた面々が息を飲んだ次の瞬間、炎の剣はすっと輝きを消した。

ノアに剣先が届く直前、それを受け止めたのは水竜が広げた口だった。滑らかな動きで水竜が炎の剣を飲み込むと、水竜はすいとキャロラインの肩元に飛んで行く。


「キャロライン、何をしている!?」


ローレンスの怒号に、キャロラインは冷たい口調で返す。


「ここでの勝敗は、私には既に決しているように見えますわ、ローレンス様。引き際も肝心ですわよ。

……それよりも、私たちにはすべきことがありますでしょう……?」


キャロラインは険しい表情を一瞬空に向けると、アリシアをちらりと見てから、踵を翻して王宮に入っていった。


(……お姉様?)


アリシアは呆然と、姉が自分に向けた表情……記憶の彼方に忘れかけていた微笑みを見つめて立ち尽くしていた。

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