魔具の崩壊

ローレンスは、アリシアの銃弾で炎の竜が欠けると、また炎を竜の形に集めながら、リュカードの背後に庇われたアリシアを顔を歪めて睨み付けていた。


(やっぱり、この娘は邪魔だな)


氷の鳳凰の威力を、リュカードの魔力を補充することで支え、炎の竜が押したかと思えばその攻撃力を削ぐ。

氷の鳳凰が予想以上の滑らかな動きで炎の竜と対峙していることにも、ローレンスは驚きを禁じ得なかった。……氷の貴公子と噂には聞いていたが、氷の鳳凰のこれほどの使い手とは。イザベルからの魔力を受けているとはいえ、早く決着を着けたい相手だった。


ローレンスは意識を集中させ、炎の竜と同時に炎魔法を発動する。相手に気付かれるほどの時間を与えるつもりはなかった。


キャロラインたちと剣を交えていたアルスから、悲鳴のような叫びがアリシアに飛んだ。


「姉さん、後ろ!!」


アリシアが振り向くと、炎の矢が自分に向かって無数に降り注いで来るのが見えた。これほど矢の数が多ければ、魔具で無効化することも難しい。


「うっ……」


思わず自らの腕で身体を庇う姿勢を取ったアリシアに、しかしなぜか矢は刺さらなかった。

そっとアリシアが腕から目を上げると、自らの身体をアリシアの盾にしているグレンの姿があった。


「グレン!どうして……」


青ざめたアリシアは、崩れ落ちたグレンを抱きかかえる。


グレンは全身に刺さった矢に表情を歪めつつ、何とかアリシアに微笑んで見せた。

「お嬢様をお守りするのが私の役目。……お嬢様の盾になら、私は喜んでなりましょう」


「グレンさん!」

クレアの高い声が宵闇に響く。アルスの背後から、クレアがその手に持った杖から桃色の光を放つと、グレンを包み込んだ。グレンの傷口がみるみるうちに埋まっていく。

しかし、クレアが回復魔法を放ってすぐに、ふらりとよろめいたクレアの手から、その杖はノアに奪い取られた。

ノアはぎゅっと口を引き結び、掠れた声でクレアに告げる。

「姉さん、これ以上魔法を使ったら、すぐに魔力切れを起こすよ……!」


アリシアが、腕の中のグレンの頬に血色が戻ったのを見てほっと安堵の息を吐いたのと、ローレンスがその様子に薄笑みを浮かべたのが同時だった。

今度は炎の竜がリュカードを躱してアリシアに牙を向ける。


はっと顔を歪めたリュカードは、躊躇いなく炎の竜に無防備な背を向けた。咄嗟に動けず固まるアリシアの身体に、リュカードが覆い被さる。

炎の竜が通り過ぎた後、ずるりと足から力が抜けるリュカードを、アリシアは信じられない思いで見つめていた。


「リュカード様、しっかりしてください……」


竜の牙は、後ろからリュカードの脇腹を削り取っていた。ぱたぱたとリュカードの血が流れ、その染みを大きくしていく。

アリシアは震える手でリュカードの脇腹の血を止めようとするも、ただその手が血に染まるだけだった。


アリシアは懸命に止血を試みながら、じわりと視界を涙に滲ませた。

(私に、回復魔法が使えたら……)


救いを求めるように周囲を見回すも、クレアは杖を奪われ、アルスの場所は離れている上に攻撃を受けている最中だった。


リュカードの目がだんだんと薄く閉じられ、顔からは血の気が引いて青白くなっている。

気が狂いそうな絶望の中、アリシアは視界の端に再度大きな口で飲み込もうと迫り来る炎の竜を捉えた。


グレンが咄嗟に闇魔法で対応するが、炎の竜の勢いは衰えない。グレンが先程まで防いでいた警備兵のものだろうか、周囲の闇の中から攻撃魔法がいくつか放たれ、闇夜を眩く照らし出していた。


(……ああ、もう駄目かもしれない)


大切な人を、大切な国を、失うことになるのだろうか。

震える手でアリシアがリュカードを抱き締めた時、ひゅっと強い風が吹いた。

炎の竜が驚いたように、その姿を揺らめかせる。


「ヴェントゥス……!」


ローレンスは信じられないといった顔つきで光の檻を見やると、シャノンに叫んだ。

「何をしている。早くまた精獣を捕らえろ!」


アリシアは、シャノンと呼ばれたローブ姿の人物がすでに程近くまで駆け寄っていることに気付くと、目を見開いて、リュカードをその手に庇おうとした。

シャノンはアリシアに目で一礼すると、さっとリュカードの傷口に手を翳す。

桃色の光がリュカードの抉られた傷口を塞いでいくのを、アリシアは信じられない思いで、祈るように見つめていた。



ローレンスは怒りに燃える目でシャノンを睨むと、ノアに怒鳴った。

「お前の闇魔法で、精獣を捕らえろ!今すぐにだ……!!」


ノアの手からは、夜の闇に沈むような真っ黒の靄が流れ出す。

それは、なぜかヴェントゥスではなく、ローレンスに向かっていた。


ローレンスがそんなノアの様子に耐え切れずに叫ぶ。

「何をしている!お前の母親がどうなってもいいのか……!」


ふと気配を感じて王宮を振り返ったローレンスの目に飛び込んで来たのは、青い顔でよろめきながら走り来るイザベルの姿だった。


イザベルは目に涙を浮かべてローレンスに叫ぶ。

「魔力が、届きません。腕輪が、急に……。でも、わたくしの意思ではないんです。ノアは、どうか助けてください……!」


「何だと……?」


言葉を失ったローレンスが視線をその腕へと落とすと、彼の腕からは、ひび割れた銀色の腕輪がぼろりと崩れ落ちていった。

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