ブラック結婚
高見葵
ブラック結婚
午前の仕事が終わり、休憩室で菓子パンを齧りながらスマホで記事を読んでいた。内容は政治家や芸能人の不祥事、あるいは結婚、凄惨な事件、災害レベルの天候など、当事者は変わっているのだろうが見ている側からするとまた同じことが起こっていると思うものばかりだ。そんな中で、ふと目に留まった言葉があった。
「ブラック結婚…」
「あ、それ最近聞くよね」
少し遅めに休憩に入った同僚の友美に声をかけられた。
「え」
「ブラック結婚って優子言ったじゃん」
「うそ」
社会人になってから、独り言が多くなった。いつもなんでも話せる友達がいないという寂しさに対しての防衛反応なのだろうか。
「なに優子、もしかしてブラック結婚なの」
「違うよ。ホワイト中のホワイト」
ブラック結婚がどういうことなのか分からないが、なんとなくそう返した。
記事を読んでみると、近年、ブラック企業やブラックバイトという言葉が使われ始めて、立場の弱いものが辛い状況に対して名前をつけることにより社会問題化させて状況の改善を図る動きが加速しており、その一つとしてブラック結婚という言葉が生まれたとのことである。主に女性の立場から結婚がブラックとされており、共働きにもかかわらず子育てや家事が忙しくても夫に手伝ってもらえないため、長時間拘束が厳しいという。ワークハウスワークライフバランスなんて言葉も出てきて、仕事と家事と個人の時間の確保を求める動きが起きている。
「ワークハウスワークライフバランスねぇ」
「英語だと家事もワークなのに、日本では家事が軽視されてるってのはたしかにあるよね」
「ほんと。誰よ家事って名称に決めた奴」
また、どれだけ家事をしてもお金が出ないことを疑問視する声が表出している。共働きしていて、夫婦それぞれの給料が同じくらいであるにもかかわらず、家事は女性がするものという当時は通用していただけの古い風潮のせいで女性の家事負担が多めになりがちなのはいかがなものか。
「わかりみがふかい」
「ずいぶん苦労してそうね」
「友美もでしょ」
友美は共働きで家事をすべてやっていたはずだ。夫が連日終電での帰宅で家事どころじゃないらしい。
「あー。優子に言ってなかったけど、私転婚することにしたの」
「え、転婚?」
話を聞くと、結婚している状態から離婚と次の再婚相手との結婚を同じ時期に行うことを転婚というらしい。
「そんなことできるの。たしか再婚禁止期間とかなかったっけ」
「それこないだ廃止されたでしょ」
「そうなの。知らなかった」
民法第七三三条で再婚禁止期間が定められており、女性は離婚後百日間は再婚できないようになっていたはずだ。しかし、それが廃止されたという。優子も百日なんて不要だとは考えていたが、割と最近短縮されて百日になったから、廃止されるとしてもまだ先のことだと思っていた。
「とりあえず三年結婚生活してみたから、良い機会かなと思って」
「そんな転職活動みたいなノリなの」
「まぁ相手探しはアプリで気軽にできちゃうからね」
友美によると、アプリ上で結婚や転婚を希望している異性とやりとりができて、良いなと思った人とお見合いをすることができるそうだ。転婚は就職活動みたいなもので、お互いに良いなと思えば内定を得ることができる。中には複数の異性から内定を得て、最終的に一人の異性を決めて他の人には内定辞退を伝える人もいる。転婚の場合だと、相手に今ここで夫に別れの電話をすれば内定を出すと脅されるオワハラをされることもあるそうだ。
「転婚かぁ」
「優子はホワイトだから縁がないだろうけどね。羨ましいよ」
その日、優子は家で転婚アプリをダウンロードした。友美には嘘を言ったけど、私は完全にブラック結婚だ。学生時代、どの集団に属していても常に一番モテていた私は、同じ大学のテニスサークルで一緒にいても全く口説こうとしてこない今の夫が気になって、気づいたら好きになってしまった。すると付き合って一ヶ月で妊娠が発覚し、そのまま学生結婚をすることとなったが、結婚生活三年目を迎えた今、夫は仕事をすぐに辞めてしまって家で寝ているだけであり、もはや結婚を続ける理由はなくなっていた。
簡単なプロフィール設定を済ませて、適当に異性を探してみた。が、どれもピンと来ない。こういうアプリに登録している男性ってどうもガツガツしているように見えて苦手だ。やっぱり私は追いかけられるより追いかけたい派なのかもしれない。すぐにアプリを閉じてベッドに向かった。
それから一週間、ふと思い立って転婚アプリを開いてみると百人を超える異性からのメッセージが来ていた。なんだ、やっぱり私ってモテるんじゃん。なんだかんだ悪くはない気分だったので、何人かと面接のアポを取った。どうせ内定辞退すれば転婚することはないし、暇つぶし程度にと思っていた。
「私、転婚するかも」
「え、優子も?」
転婚アプリを友美に教えてもらってから一ヶ月が経っていた。
「今日、本命と最終面接なの」
「それで午後休なんだ。上手くいくといいね」
「ありがと」
結局、優子は両手で数えきれないほど内定をもらっていた。しかし、どれも納得がいかず辞退を繰り返していた。そんな中、私に対してアプローチをかけてない異性を求めてスマホをスワイプしていたら、直感でこの人だと思う人が見つかった。私なら絶対転婚を成功させられると、優子は自信に満ちていた。
最終面接ではオワハラをされた。これは内定だと思った私は、夫に電話で別れを告げた。少し呆気ないと思った。
それから一週間が経とうというのに、本命から内定は出なかった。
「内定、出なかったんだ」
暗い私を見かねて友美が声をかけてきた。
「なんで私なのに」
「優子ならたくさん内定もらえそうなのにね」
「そうなのよ。これまで何十人という人から内定もらってたのに」
「え、そんなにもらってたの。それどうしちゃったの」
「全部辞退したよ。私、追いかける恋がしたいから」
優子の言葉に対して、友美の表情が強張っていった。
「優子、内定辞退率予測って知ってる?」
ブラック結婚 高見葵 @ybjamm38
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