第23話



 轟音と共に巨大な尾を大地へと叩きつける。


「ハッ!!間抜けが!!何処を狙ってんだよッッ!!」


『シャーッッ!!』


 激昂した彼は、その瞳を怪しく輝かせるが、彼が術を使う前に目の前のは石の間へと姿を消す。


『ヴルァァァッッッ!!』


 “許せない。捕食者である自分に対してあのような振る舞い。断じて許せない。”


 彼は、怒りの声を上げる。



ーーーーーー



「バーカ、ド低脳のヘビ野郎が一丁前に吠えるなっての」


 ジャスティスはそう一人言ひとるごちる。

 ここはあの河原にある石の間の隙間の一つ。周囲には同じ様な隙間はいくつもあり、あのヘビの魔眼から逃げる場所には事欠かない。

 加えてあのヘビが通れない様な隙間を選んで逃げれば、最悪の場合は逃げ切る事も出来るだろう。無論、ジャスティスには逃げるつもりなど無いが。


 思えばこの河原は良く考えられた戦場だ。周囲には逃げ込める場所が山程あり、その上で見晴らしも良い。

 彼等を襲ったあのヘビの様にこの河原に姿を潜めれる魔物と、頭上からの攻撃は警戒する必要が有るが、あのトカゲが持つ魔眼の力を考えれば少なくとも後者は脅威では無い。


(あの魔眼の効果を飛行系の魔物の翼に使えば勝手に落ちて死ぬだろうからな。……チッ!苛つくぜ。あのトカゲ野郎、頭がキレやがる……!)


 ジャスティスは、先程まで敵対していた一匹のトカゲの事を思い出し、心の中で悪態を吐いた。

 しかし、彼は気付いていない。自分の口元が笑っている事に。



 ジャスティスは初め、小さな電気鼠ボルトラットだった。


 電気鼠は、キングと呼ばれる雄を頂点とし、クイーンと呼ばれる数匹の雌が集まりハーレムを形成する。

 そして繁殖し、子供達は大きくなれば巣を離れる。そんな典型的な哺乳類系の魔物だ。


 ジャスティスはそんな電気鼠の一匹として生まれ、穏やかに生きていた。


 転機が訪れたのは、彼が巣立ちを控えた夏の時期。

 彼等の巣に、“迷い雄”が来たのだ。


 “迷い雄”とは、巣を離れたが自分のハーレムをまだ持っていない若い雄の事をで、他の雄のハーレムを奪おうと虎視眈々と狙っている。

 迷い雄に挑まれたジャスティスの父は、それを受けざるを得無かったが、その時既に老いていた父では若く勢いのある雄に勝つ事が出来なかった。


 そして巣を奪い、新たなキングとなった若い雄は、種の性質に基づき行動を始める。


 それは子供達の虐殺だ。


 明確な繁殖期が無く、一年を通して繁殖可能な電気鼠は多くの子供達を産む。

 しかし、新たなキングとなった若い雄にとって、その巣の子供達は自らの血を引かない異物でしかない。

 故に起きるのが、子供達の惨殺という悲劇なのだ。


 次々と巣の中にいた兄弟達が殺されていく。一緒にじゃれあった妹も、世話を手伝った弟も、次々とその命を落としていった。


 しかし、ジャスティスは既に巣立ちを間近に控えた雄。巣から逃げようと思えば幾らでも逃げる事が出来る。

 事実、ジャスティスと同時期に生まれた兄弟達は既に巣を離れていた。


 だが、それでもジャスティスは逃げなかった。兄弟達が殺されるのがどうしても許せなかったのだ。

 そしてジャスティスはその場で“迷い雄”となり、キングへと挑む事を選んだ。


 自分達の巣を、取り戻す為に──



 ジャスティスは勝った。“家族の為に巣を取り戻す”というその強い意志を認めた神が、彼に真名と恩寵を与えてくれたからだ。

 そして、キングとなった後も彼は生存競争を勝ち続け、いつしか周囲の群の全てを支配し、電気鼠の王となっていた。

 

 途中一人だけ進化してしまい、子供を作る事は叶わなかったが、それでも彼はこの大きな家族達を大切にしていた。


 そんなある時、一匹のトカゲの事を知る。そのトカゲは、新たに縄張りに侵入した個体で、既に何匹かの眷属が手に掛かったらしい。


 “しかし、所詮は只のトカゲ。神より真名と恩寵を与えられ、高い知性を獲得した自分の敵では無い”


 そう思っていたジャスティスだったが、蓋を開けて見れば全く違っていた。

 

 そのトカゲは、彼の追跡を華麗に躱してのけたのだ。


 確かに隠密が使える敵に眷属が惑わされる事はあった。

 しかし、“強化探知”のスキルを有する自分にはそれは通じない。容易く見付けれるだろうと踏んでいたジャスティスだったが、そのトカゲはスキルだけに頼らず、水場を利用したり、進路から後退りしたり、全く無関係な方向に進んだりと、巧みに追跡をかわしていた。


 その事実からジャスティスは、このトカゲが自分と同じユニークネームドであると確信していた。


 “見付け出して直接この手で殺してやろう”


 その時はそんな風に思っていたのに、今では協力して一匹の蛇を倒そうとしているのだから、生きて行くとは本当に分からないものだ。


 しかし──


「……悪くねぇ」


 ジャスティスはそう呟く。

 

 ジャスティスは王だ。沢山の眷属を従える、一族の長だ。

 しかし、それは並ぶ者の居ない、孤独も付き纏う地位。

 仲間達の中でただ一匹、極端とも言える程に高い知性を持つジャスティスは、一種の孤独感を抱いていた。


 短い間でしかないが、自分と同じ領域で思考が出来るトカゲとの掛け合いはジャスティスにとって生まれて初めての経験で、面白いと思えるものだった。


「……まぁ、冥土の土産にゃ丁度いいか」


 そう言ってジャスティスは自らの脇を押さえる。

 あの時、ヘビに打たれたその体は、徐々に死へと向かっている。

 家族を呑まれ、絶望に瀕していたジャスティスは、しかし敵対していた筈のトカゲから最後の希望を与えられた。


 知識としては知っているが、自分とは無縁なものだと思っていた。


「……これがダチって奴なのかね……ハッ!らしくねぇか」


 ジャスティスはそう言って立ち上がる。あのトカゲの言う通り準備は済ませた。後は仕上げに取り掛かるだけなのだ。



ーーーーーー


 彼は必死にあの時の餌を探していた。

 舌の先に匂いは感じる。まだ遠くに行っていない事は分かっている。

 しかし、やっと匂いの近くに行っても、直ぐさま石の間から遠ざかり、上手く捉える事が出来ないのだ。


 そんな時、前方から再び餌の声が聞こえた。


「どうした!?糞ヘビ野郎!!ネズミ一匹見付けれねぇのか!!」


『ジャァァアッッッ!!』


 彼は再びジャスティスへと迫る。ユニークネームドでは無いにせよ、ジャスティス達より位階の高い魔物である彼は、通常の蛇よりは高い知性を持っている。


 侮辱した愚かな餌に身の程を教えんと、必死に追いかけ始めた。


 幾度も魔眼を仕掛けるが、そのたびに餌は石の影や隙間に身を隠し、躱して行く。

 苛立ちを覚える彼だったが、やがてその視界に開けた砂利地が見えて来た。


 “あそこまでこの餌を追い込めば、魔眼を当てる事が出来る”


 思わず笑みが溢れる。所詮、奴は餌に過ぎない。捕食者たる自分には遠く及ばない。

 そう考えた彼は、餌を巧みに砂利地へと追い込んだ。


「ハァ……ハァ……」


 膝をつく眼前の餌。何故かは分からないが、既に死にそうな気配だった。

 だが、油断はしない。彼は魔眼を発動させる。


 “バジリスクの魔眼”


 対象の動きを停止させる、彼の最大の武器だ。

 この魔眼で動きを止めれば、愚鈍な彼でも容易く餌を捉える事が出来る。


「!?」


 魔眼に捉えられ、身動きを止める餌。


 “さぞやその顔を絶望に染めているのだろう。しかし、直ぐには殺さない。ゆっくりと噛み締め、苦しめながら殺してやる”


 そう思いながらゆっくりと近付いた彼だったが、そこに写ったのは強かな笑みを浮かべる餌だった。


「くた……ばれ……!」


 次の瞬間、突如として彼の体を数十の雷撃が貫いた。


『グジャァァッッッ!?』


 “何があった!?奴は目の前に居るのに、何処から雷撃が飛んで来た!?”


 雷撃に悶えながら周囲へと目をやる彼は、岩場の各所に目が止まる。

 そこには、先程まで拘束していた小さな餌達が居たのだ。


『ちゅ〜ッッッ!!』『チュッチュッ!!』『チュゥッ!!』『チュッチュッ!!』『ちゅ!!』「ゴリラ」『チュウ〜ッッッ!!』『チュウチュッ!!』

 

 口々に叫びながら雷撃を放ち続ける餌達。しかし、自分には高い雷撃耐性がある。この程度の雷撃等脅威では無い。


 “このまま耐え抜き、そして殺してやる。自分には“胃袋”がある。一匹たりとも逃しはしない”


 そこまで考えた彼の耳に、小さなトカゲの鳴き声が聞こえた。



『これで最後だから教えてやる。雷撃の使い方は攻撃だけじゃ無いんだ。目眩しにも使えるんだぞ?』



 ──何を言って──



 その直後、彼の胴体は頭上から落ちて来た巨大な岩に押し潰された。



ーーーーーー

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