第20話

ーーーーーー




『グワッ……』


 私はため息を一つ吐いた。目の前には意識を失い倒れたジャスティスが居る。


 ……大した奴だ。継承で圧倒的な能力値を手にしていた筈の私と互角の戦いが出来るとは。

 ハッキリ言って、ジャスティスに勝てたのは運が良かっただけに過ぎ無い。奴がもし仮に違う方向に逃げていたら、それだけで結果は変わっていただろう。


 確かに巨岩を投げた時、咄嗟に回避するなら態勢を変える必要の無い前方だろうと踏んでいた。

 しかし、それでも違う方向へ逃げる可能性も十分にあった。


 もしそちらへ逃げられていたら、この勝負はどうなっていたか分からなかっただろう。


 ……しかし、既に結果は


 私は奴に近付き、そして──


『グワッガアァァ!!(レイジングテイルッッッ!!)』


「!?」


 私が打ち込んだレイジングテイルは、奴が石を砕いた。


「……テメぇ、気付いていやがったか……!!」


『グワッガ……』


 反転し、起き上がったジャスティスは私を睨み付けながらそう言った。

 そう、奴は既に意識を取り戻していたのだ。


 私は奴が倒れて直ぐに継承を発動させた。確実に致命傷を与えたと思っていたからだ。


 “これ程の強敵だったのだ。どれ程のスキルがあるのやら”。そんな事を考えていたのだが、聞こえて来たのは予想とは違う結果だった。


【継承発動失敗。対象は瀕死ではありません】


 ──と。


 後は私が勝利を確信して油断していると思わせる為、それなりの演技で近付き、今度こそトドメを刺そうと思ったのだが、上手く行かなかったようだ。


 しかし──


「ハァ……ハァ……」


 肩で息をしながら、時折ふらつくジャスティス。それに対して私は既にほぼ完全にダメージから回復している。


 そう、私には“軽微再生能力”があるのだ。


 私がダメージを受けたのは、奴の雷撃が最後だ。

 それ以降は一切ダメージは受けておらず、奴が行った不意打ちの為の演技も結果として私の回復の一助となっていた。


 軽微再生能力は、その名の通り時間経過と共に少しずつダメージから回復するスキル。


 能力的に同格なら、継続戦闘能力の差は大きい。

 少なくとも戦闘中はダメージが回復しないジャスティスと、既に回復している私。

 そう、既に結果は


『グワッガ……』


「……ック!」


 徐々に距離を詰める私。それに対して後ずさるジャスティス。

 逃しはしない。もし仮に雷撃の動作を見せれば、即座にコカトリスの魔眼で動きを制限し、喉元に食らいつく。逃げようとしても同じだ。奴は確実にここでトドメを刺す。


 ジャスティス……名前は覚えておこう。貴様は間違いなく今までで最強の敵だった。


 やがて、私の顎門あぎとが奴の喉元まで届く距離に近付いた時、の悲鳴が周囲に響いた。


『『チュウゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!』』


『!?』「!?」 


 私とジャスティスはそちらへと目をやる。


 そこに見えたもの。


 丸太の様な太い胴体。全身を覆う黒い鱗。その体には四肢は無く、ギョロリとした双眸は目の前に広がるに歓喜していた。


 そう、それは巨大なヘビ。


 圧倒的な捕食者がそこに現れたのだ。


「〜〜ッッッ逃げろッッッ!!テメェらァァァァァァ!!」


 そうジャスティスが叫ぶと、その声を聞いた眷属達は蜘蛛の子を散らす様に逃げようとする。

 しかしその直後、巨大なヘビの瞳が怪しく光り、ネズミ達の動きが止まった。


『グワッガ!?』


 間違い無い。“魔眼”だ。


 効果は分からないが、恐らくはコカトリスの魔眼と同系統の動作制限系の魔眼だろう。


 私もその効果は感じたのだが、それ程強い拘束感は受けなかった。

 対象が多過ぎてその効果が下がっているのだろう。しかし、ネズミ達はまともに動く事も出来ずにいる。


 そして、ゆっくりとヘビはネズミ達に近付き、次々と巨大な口に呑み込んでいく。


「ヤメロォォォォッッッ!!」


 ジャスティスはそう叫ぶと、私の目の前を横切り、そのままヘビへと向かう。


「“ライトニングッッッ!!”」


 奴の放った雷撃は、ヘビの巨大な胴体を撃ち抜くが、さしたる痛痒も感じない様で、そのままネズミ達を飲み込み続ける。

 時折ジャスティスを払う様な素振りは見せるが、上手くジャスティスに当てる事は出来ていない。どうやら“ユニークネームド”では無く、普通の魔物の様だ。


 何度も何度も繰り返しヘビへと攻撃を仕掛けるジャスティス。しかし、その効果は余り見られず、次々とジャスティスの同胞達は消えていく。


 ……馬鹿な奴だ。あのヘビは愚鈍ではある様だが、それでもその体躯は3mに近い。

 しかも、あれだけの雷撃を物ともしていない以上、雷撃耐性も取得していると見て良い。


 客観的に見ても勝ち目等無い。それも分からないのか。


 私のそんな呆れ混じりの視線には目も触れず、ジャスティスは懸命にヘビへと飛び掛かる。


 何度も何度も何度も。


 奴は泣きながら飛び掛かる。


 ……全く持って不合理だ。


 遠からずしてヘビの腹は満たされ、残りのネズミ達は生き残れる。確かに数は減るだろうが、それでも巣ごと無くなる訳では無いだろうに。


 その時、偶然にもヘビの尾に弾かれたジャスティスが、私の近くまで飛ばされて来た。

 ……丁度良い。


『……グワッガ(継承)』


【継承発動成功。何を引き継ぎますか?】


 さて、ジャスティスからどんなスキルをいただくか。あまり時間は掛けれない。スキル一覧でも表示されれば良いのだが、継承のスキルはそれを確認する術は無い。対象を観察し、予測して試して行く必要がある。


 私がジャスティスの持つスキルを考察していると、奴の方から小さな声が聞こえて来た。


「……返せ……!!ッ!!……俺の……!!……なんだよぉッッ……!!」


『……』


 馬鹿げてる。


 魔物で、しかもネズミとビーバーで家族ごっこか。人間でも無いのに御涙頂戴のヒューマニズム。本当に下らない。


 野生の世界に身を置けば、家族を失う事等幾らでもある。そんな事は奴も知っているだろうし、私だって知っている。

 あのヘビにしても生きる為の行為であり、少なくとも責められる様なおこないでは無い。



 ……本当に鹿



「……テメェ……なんのつもりだ……?」



 気が付くと、私はジャスティスに背を向け、その視線をヘビへと向けていた。

 ヘビはその巨体の動きが遅くなり、奴の視線が此方へ向く。


 本当に馬鹿だ。さっきまで命の奪い合いをしていたのに。

 罵り合い、傷付け合っていたのに。



『グワッガッッ!!』



 どうやら私は、コイツの事が嫌いでは無いらしい。


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