第16話



 私は思わずほくそ笑む。どうやら上手く釣る事が出来た様だ。


 ……正直言って、あのネズミ達には結構追い詰められていたのだ。


 私は巣の特定を防ぐ為、移動の際には必ず“隠密”を使用するようにしている。


 どういう理屈かは分からないが、隠密は使用中に残した糞尿や足跡等の痕跡も認識されないらしく、痕跡を追っての継続的な追跡は出来ない為、高い機密性を持っているのだ。


 恐らくは、実際には視界にも入りはするし匂い等もしてる筈だが、それを認識する事を阻害するのが“隠密”というスキルの効果なのだろう。


 これだけ聞くとかなり強力なスキルだと思うし、実際に強力なのだが、隠密に限らず全てのアクティブスキルは常時発動し続けれる訳では無い。

 途中でどうしてもインターバルが必要となり、隠密が解除されてしまうタイミングが有る。


 そして彼等はを狙った。


 彼等はその数でもって、私の隠密が解除された地点から巣の場所を割り出そうとしていたのだ。


 私はそれに気付いた時点で対策を練った。

 再度隠密を使って移動したり、使用せずにワザと発見されたり、巣とは逆の方向に進んだりと様々な方法で撹乱していた。

 しかし、数を重ねるにつれ巣までの範囲は狭まって行き、昨日のネズミに至っては巣まで後100メートル程にまで来ていた。


 最早放置は出来なかったのだ。


 しかし、ネズミ達が何故ここまで連携を密に取れるのかは疑問だった。


 確かに彼等は小型齧歯類とは思えない程かしこい。しかし、隠密が解除された地点痕跡を辿り、そこから巣を割り出す等と言う行為は並大抵の知能では不可能な筈。

 それに、もし可能なだけの知能があったとしても、組織立った高度な捜索は数が居るだけでは難しいと思われた。


 そこで私は考えたのだ。


 “彼等を支配している存在が居る”と──


 結果は見ての通り、私の予想通りだった。連中の狙いが私だとハッキリしてる以上、相手に圧倒的に有利な条件を見せてやれば、自ずと現れてくれる。

 そう考えてこの河原に来てみたが、予想通り上手く行った様だ。


 後は単純な総力戦となるが、最早ネズミ達はものの数では無い。

 継承を意識しなければ即死させる事も容易く、そしてこの河原からならば最悪逃げ切れる自信もある。


 後はこの目の前の獣がどれ程の存在なのかを見極めるだけだ。


 私は再び目の前の獣に視線を向ける。

 

 白く艶のあるビロードのような毛皮。

 すらりとしつつも丸みのある身体つき。

 平たく大きな、オールに似た尻尾。


 ……しかし、この獣はネズミでは無い気がする。確かに齧歯類系の魔物なのだとは思うが、私よりもかなり大きい。30㎝はありそうだ。

 何だろう……こう、名前が出て来ないけど、似たような動物を知ってる。


 私が思い出せずに悶々もんもんとしていると、奴が何故か岩の上によじ登り此方を指差した。


「愚か……!!愚か愚か愚かッッッ!!愚かなり!!トカゲ野郎ッッッ!!」


『グワッガッ!?』


 喋った!?


 何と、あの獣は喋ったのである。この世界の言語がどうなっているのかはサッパリ分からないが、兎に角喋ったのだ。


 まぁ、どうせ世界の補正というヤツだろうが、少なくとも喋る事が可能な程の知能があるというのは驚愕の事実だった。


「チューッチュッチュ!!俺様達はこの数週間!!ずっと貴様の命を狙っていたのだ!!中々尻尾を掴ませない貴様の巣を捜し出し、包囲するつもりだったが、それももう必要無い!!見ろッッ!!」


 そう言った奴が右手を高く上げると、私を囲む様に無数のネズミ達が現れた。

 私が魔法を検証している間に包囲網を形成したのだ。まぁ、気付いていたが。


「チューッチュッチュ!この通り最早逃げ場は無い!!これだけ目立つ場所に堂々と出て来るとは、“ユニークネームド”には有るまじき愚行!!所詮はトカゲか!!」


『グワ?』


 “ユニークネームド”?初めて聞いた単語だが、恐らくはそのまま名前を持ったユニークモンスターという事なのだろう。

 しかし、何か若干違うニュアンスも感じられる為、名前の有るユニークモンスターには何かあるのかも知れない。


「貴様は我々の縄張りに入り込み!!そして、本来ならば我々の獲物である筈の虫や魚を奪った!!しかも、それだけに飽き足らず我が同胞の命をも奪ったのだ!!許すまじ!!許すまじ簒奪者よ!!」


 簒奪者は違うだろ。それは皇帝の座を奪った奴の事だ。


 にしても心外である。確かに奴の同胞を殺しはしたが、そもそもこの抗争の発端は、連中が私が捕らえた獲物を横取りしようとしたからだ。泥棒は寧ろ連中の方だ。

 ……まぁ、縄張りに侵入したのは認めるがな。


「貴様はここで我々の手にかかり死ぬ!!しかし、それは悪の暴虐ではなく正義の執行ッッッ!!さぁ、罪人よ!!名を名乗れ!!」


『グワッ?』


 なんだコイツ。私が喋れると思っているのか?

 確かに私は生前の知性を有しているが、その声帯はトカゲのそれでしかない。舌の形状も違うし、喋る事等出来る訳が無い。


「“グワッ?”では無ァーいッッッ!!名を名乗れと言っているのだ!!貴様とてユニークネームドだろうが!!その立ち振る舞いは他の獣とは一線を画している!!神より名を授かり、高い知性を獲得したユニークネームドである事は疑う余地も無いぞ!!」


『グワッガッ!』


 なるほど!ユニークネームドとはそういった存在なのか。これは勉強になった。

 道理で流暢に喋ったり、組織立った探索を行えたりする訳だ。世界から何がしかの補正がかかる存在なのだろう。


 私がその事実に納得していると、無視されたと思ったのか、業を煮やした奴が怒りの声を上げる。


「〜〜もういいッ!!名乗る気が無いならば、只の獣として死ぬが良い!!冥土の土産に誇り高き正義の執行者たる我が名を教えてやろう!!」


 別に聞きたくも無いのだが、喋れないので聞かざるを得ない。トカゲの体は不便である。


「俺様は雷神ヴェイルヴァルガ様より真名まなと恩寵を与えられし気高き雷獣!!」


 そこまで言うと、奴は一拍置いて私を指差す。


「“ジャスティス・ビーバー!!”さぁ、この名を魂に刻んで死んで逝け!!」


 それを聞いた私はやっと思い出した。そう、奴はネズミじゃなくてビーバーに似ているのだ。



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