第12話



 新しく作った巣穴に妹達を残し、私は慎重に森の中を進む。


 確かに進化した私は、スモールリトルアガマだった頃よりも遥かに強いだろう。

 今なら、あの蜘蛛だろうとさしたる苦労も無く倒せる筈だ。


 しかし、それでもまだまだ弱者に過ぎない。


 ……何故なら私の体長は、13㎝くらいだからだ。


 ……13㎝……。


 そう、13なのだ。


 正直言って、進化したならもう少し大きくなれるかと思っていた。

 “ダークネスアイズ・レッドテイル・ブラックアガマ”なんて厨二感満載の名前の上に、“最強種”の肩書きを持つ種族に進化したにも関わらず13㎝。

 相変わらず弱者ポジション。


 どのくらい弱いのかと言うと、ゴブリンに一噛みされれば即死するレベルである。


 進化してないのと相対的な評価に変化はない。


『グワッガ……』


 思わずため息が溢れるが、まぁ巣穴の中で極端に大きくなっていたら身動き取れずに圧死してただろうし、これで良かったのかもしれない。

 暫く歩いていると、目の前の木の裏から何か音が聞こえてきた。


 ──ガサガサ……ガサガサ──


『!?』


 物音を聞いた私は、咄嗟に木の葉の下に隠れる。獲物であれ敵であれ、姿を隠すのは弱者の基本だ。


 やがて、奴はゆっくりと姿を現わす。


 細く長い体に、無数の足。艶やかな光沢を放つが、決して美しいという言葉は浮かばない。多足亜門ヤスデ綱に属する節足動物に似た魔物。


 そう、略して“ヤスデ”である。


『グワッガッ……!』


 私の脳裏に苦い思い出が蘇る。私がまだスモールリトルアガマだった頃、奴に毒液を吐かれてのたうち回った事があるのだ。

 奴は枯葉を餌にする腐植食性の為、のたうち回る私を無視して通り過ぎたが、それはそれで腹が立ち、必ずリベンジすると決めていた。


『グワッガッ!!』


『!?』


 私は奴の前に飛び出すと、立ち上がり威嚇する。

 奴は此方の様子を伺う様に触覚を動かすと、上半身を起こして毒液を吐こうとする。


 無数の脚をうごめかすヤスデの裏側は、正直筆舌に尽くしがたいグロさだ。


『ぶじゅっ!!』


 嫌な音と共に毒液が私に向かい放たれる。毒腺のありそうな部位から出てはいるが、その量の多さから考えるとスキルなのだろう。


『グワッガッ!』


 私はその毒液を避けずに敢えて受ける。スキルの効果を確認する為だ。

 毒液がかかり、全身に冷たい感覚が広がる。


『……グワッ』


 気持ちが悪い。しかし、どうやら猛毒耐性は十全に機能してるらしい。

 前に浴びた時は、その直後から全身に悪寒が走り、吐き気と目眩でのたうち回ったが、今は何とも無い。

 いや、正確にはヤスデに毒液をかけられて生理的に気持ち悪いのだが。


 私に毒液が効かなかった事に動揺するヤスデ。私は奴に向かいスキルを発動させる。

 さぁ、楽しみはこれからだ。


『グワッガ!!(コカトリスの魔眼)』


『!?』


 奴は萎縮して縮み上がる。

 ふふふ、私とて効果が分からない魔眼の力。今回が初の使用なのだ。さぁ、存分に効果を見せて貰おうか。

 奴はゆっくりと後ろを振り向き、そして……


『グワ?』


 奴はそのままゆっくりと逃げて行く。特に何か効果があった様には見えない。


『……』


 私は再度スキルを発動させる。


『グワッガ!!(コカトリスの魔眼)』


 ヤスデはゆっくりと逃げて行く。


『……グワ?』


 おかしい。スキルが発動してないのか?

 いや、発動した感覚はある。つまり、考えられる理由はヤスデに魔眼の耐性があるか、効果が解り辛いかのどちらかだ。


 私は再度スキルを発動させる。


『グワッガ!!(コカトリスの魔眼)』


 ヤスデは逃げる。ゆっくりと。


『グワッガ!!(コカトリスの魔眼)』


 既にヤスデは結構遠くまで離れている。


『……グワッガ(コカトリスの魔眼)』


 見えなくなりそう。


『……グワ』


 見えなくなった。困るので近づく。


『…………グワッガ(コカトリスの魔眼)』


 やはり変化は……あれ?

 私は微妙な違和感に気付き、再度スキルを発動させる。


『グワッガ!!(コカトリスの魔眼)』


 ……!!間違い無い!

 コカトリスの魔眼が発動した瞬間、一瞬だがヤスデの移動速度が下がったのだ。


『グワッガ!!(コカトリスの魔眼)』


 ヤスデが一瞬遅くなる。間違い無い。コカトリスの魔眼の効果は、“一瞬遅くなる”という効果なのだ。

 ふふふ、流石私だ。こんな一瞬では、私以外なら見落とす事だろう。

 私は自身の灰色の脳細胞に感謝し、そして気付く。


 ──このスキルは微妙だと──


『……グワ……』


 私は項垂れる。その間にヤスデは逃げ続け、やがて視界から消えていた。



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