第8話
『……』
走りながら私は妙な違和感を覚える。
ここに来るまで何匹か仲間達の死体を見たのだが、食べられた形跡がないのだ。
普通なら、魔物であれ原生生物であれ、殺した獲物は食べる筈。
しかし、この惨劇を生み出した存在は、殺す以外の事はしていない。
これではまるで──
『!?』
私はそこまで考えて立ち止まる。
左前方の女王の部屋から、群れの仲間以外の匂いがしたからだ。
『グワッガ!!』
『キュー!』『クク!』
私は、妹達に隠れる様に警戒音を出す。
妹達はその声を聞き、少し後方の餌部屋へと逃げ隠れた。
ここに来るまでに仲間以外で嗅いだ匂いは一種類だけ。つまり、女王の部屋に居る
『ググッ!!』
私は後ろ足で立ち上がると、威嚇の声を上げる。こうして少しでも体を大きく見せる事で、相手の戦意を削ぐのだ。
人間だった頃にはこんな動物の仕草は滑稽にしか見えなかったが、当事者に成ればこの動作がどれだけ大事か良く分かる。
やがて、女王の部屋からゆっくりと奴が現れる。
丸みを帯びた大きな腹部に、鋭い牙を備えた頭部。
胸部からは八本の足が伸び、そして、その無機質な八つの瞳で私を見つめていた。
そう、巨大な蜘蛛がそこには居たのだ。
『グシュー……グシュー……』
8cmまで成長した私と比べるに、恐らくは10cmにもなるだろうか。
スモールリトルアガマの体格に対してかなり広く掘られている筈の巣穴が、少しだけ狭く感じる。
『グワッガ!!』
私は再び威嚇の声を上げる。これで引いてくれれば良いが、不可能だろう。
それでも声を上げた理由は、自分を奮い起たせる為だ。
『シューッッ!!』
私の威嚇に呼応する様に、蜘蛛が前足を広げて威嚇する。
その余りの恐ろしさに震えが来るが、それでも私は絶対に引く訳にはいかない。守るべき大切な存在がいるのだから。
続く緊張状態。
私の体格はスモールリトルアガマの中ではかなり良い方であり、奴にとっても無警戒でいられる相手では無い筈だ。
“人間だった頃の私なら、こんな蜘蛛くらい簡単に踏み潰せるのに”。
そんな下らない事を考えてしまった直後、奴が動いた。
『!?』
咄嗟に横に飛び躱す私。奴はその大きな牙を広げ、前足で覆い被さる様に迫ったのだ。
危なかった。判断が遅れたら捕獲されて死ぬ所だった。
私は奴の口元に目をやる。
本来の蜘蛛の毒は、噛んだ時に少量分泌されるだけの筈だが、奴の牙からは絶え間無く毒液が流れている。
間違いなく“スキル”だろう。“毒牙LV2”と言ったところか。
『ギシギシ……ギシギシ……』
奴は躱された事に苛立ちを覚えたのか、その醜悪な牙を鳴らして再び近付いて来る。
それを見た私は、
『!?』
奴が一瞬、驚愕に染まる。如何に油断出来ない相手とは言え、この対面で私が弱者の立場なのは明白だ。
にもかかわらず私が向かって来る事が予想外だったのだろう。
しかし、その困惑は一瞬だった。
奴は再び牙を広げ、そして私に狙いを定め──
(“隠密”!!)
──させない。
私は刹那的なタイミングで隠密を発動させた。
『!?』
一瞬私を見失う蜘蛛。私はその隙に奴の横を通り抜け、素早く後方の女王の部屋へと向かう。
しかし即座に隠密が解除されたらしく、奴が後ろから凄まじい速さで追って来る。
やはり能力値的にも奴の方が格上なのだろう。
懸命に逃げる私だが、部屋の入り口で遂に奴の毒牙が私の尻尾に届いてしまった。
このまま毒を流されれば、私の持つ毒耐性スキルでは耐え切れずに死ぬ事になるだろう。
奴は、私の尻尾に毒液を流し込む。
──そう、
『グワッガ!!』
『ギシャァァァァッッッ!!??』
痛みに吠える蜘蛛。
私は、“しっぽ切り”で切り離された尻尾を囮にし、素早く切り替えして奴の顔へと咥えていた枝を突き刺したのだ。
相応のサイズになれば、こんな枝なんて役にも立たないが、数センチの世界で生きる私達にとっては必勝の武器に近い。
視界の半分を奪われた蜘蛛が、盛大に暴れて回る。
自身が強者であるという驕りが、奴を追い詰めたのだ。
これで更に追撃し、奴にトドメを──
『グシャァァァッッッ!!』
『!?』
私は咄嗟に跳ねて躱す。
蜘蛛は最後の力を振り絞り、大量の毒液を吐いたのだ。
間一髪の所、私は直撃を避け後方へと降りたった。
しかし──
『ググッ!?』
体に激痛が走る。
(何故だ!?直撃は避けれた筈!)
困惑する私だったが、視線を尻尾へと向けた時、理由が分かった。
(しまった……!切れた尻尾の……!)
そこに映ったのは、私に残された方の切れた尻尾。
そしてその先端の切断面に、飛散したであろう奴の毒液があったのだ。
『グワッガ!』
私は痛みを気取られぬ様に再度立ち上がり、奴を威嚇する。
『グシュルル……!』
奴はそれを見るとゆっくりと後退りする。
先程と同じ様な状況。しかし、ここに強者弱者の関係は無い。
互いに“狩る者
『グシュルルァァァッッッッ!!』
奴はそう怒りの声をあげると、踵を返して巣穴から逃げて行く。
トドメが刺せなかったのは残念だが、一先ずの危機は去ったのだ。
『グッ……』
私は強い脱力感から倒れ込んでしまう。
体が熱い。まるで熱湯と血液が入れ替わった様だ。
『クキューッッッ!!』
『ククッ!ククッッッ!!』
妹達がやって来て、私の体を摩り出した。
意識が混濁し、様々な思い出が浮かんで来る。
──大丈夫、まだまだ沢山作ってあげる──
私は、ボンヤリとそんな事を考え、そして意識を失った。
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