第5話



『ギュワッッ……!ギュワッ!!ギュワワ〜ッッッ!!』


 私は思わず声を上げてしまう。そこに居た二匹のトカゲは、余りにも可愛かったのだ。


 つぶらな瞳、なだらかな肢体、するりと伸びた綺麗な尻尾。

 そして何より蠱惑的とまで言えるこの香り!

 正に理想の人……もとい、理想のトカゲがそこに居たのだ。……もう、私は自分の心には嘘がつけない。

 私は……私はこの二匹のトカゲに恋をしてしまった。


『……ギュワッ!?』


 いや、待て!待て待て待て待て!!

 幾ら可愛くてもトカゲで妹なんだぞ!?元ヒューマンの私が恋してどうする!?

 落ち着け!!女なんて最低だろ!?金目当てで寄ってくるか、付き合っても平気で浮気する様な屑ばかりだったじゃないか!!

 そんな私が異世界でトカゲ相手に恋に落ちてどうする!!冷静になれ!!


 私はそう思い、冷静さを取り戻す。生前の悲惨な恋愛経験に助けられるとは、流石に想像出来なかった。


 冷静になった私は、再び彼女達に手を下すべくゆっくりと視線を戻す。


 ……可愛い。あ、風邪引いたらいけないじゃないか!布団!!いや、布団は無いか。ここはなんか、地面に掘られた巣穴みたいだし。

 仕方ない。この置いてある乾いた木の枝を噛んで繊維状にして、寝床を作らねば。

 私は必死になって木の枝を噛み始めた。



ーーーーーーーーーーーー



『クキュー!』


 はいはい、背中のここが痒いのね?大丈夫。お兄ちゃんが掻いたげる。


『クゥ?』


 お腹が空いて来たのね?大丈夫!お兄ちゃんが餌部屋からもらって来たげるよ!



 あれから約一週間が過ぎた。尻尾もすっかり元どおり。

 妹達を殺せたのか?いやいや、妹達を殺すくらいなら私が死ぬべきだ。私が60億人居ても妹達の尻尾の先程の価値も無い。


 そう、私は必死になって妹達の世話をしていた。

 この一週間で分かった事だが、私は人間としての知性は維持しているが、それと同時にスモールリトルアガマとしての習性を持っているのだ。

 スモールリトルアガマは、私の知る限り極めて特殊で、爬虫類であるにも関わらず、真社会性の社会構造を持っている。


 真社会性とは、蟻に代表される女王を中心としたコミュニティを形成する社会性の事で、スモールリトルアガマも同じ様に女王を中心とした家族単位での生活をしている様だ。


 ……そして、私の妹達。なんと、彼女達は次世代の女王候補。

 そして、私はその婿候補として他の巣から迎え入れられた、この巣で二匹目の雄だったりする。


 この事に気付いたのは、この群れの他のトカゲ達に出会ってからだ。

 彼女達は全ての個体が雌で、そして生殖能力を有していない。

 何故それが分かるのかと言われると、強化嗅覚で感じ取れる匂いから判断出来たのだ。

 ……まぁ、学術的な根拠は無いに等しいが、それでも間違いないと断言出来る。


 そして何故私が婿候補だとわかったかと言うと、それもやはり匂いなのだ。

 妹達も、別のトカゲ達も、この巣の女王と似た匂いがしている。しかし、私からは全く別の巣の匂いがしていた。


 そして、私は妹達の匂いに対して蠱惑的な迄に惹かれている。……最早疑うまでも無いだろう。


『グワッ!』


 私は妹達の食事を受け取る為、“餌部屋”と名付けた部屋に来た。

 蟻と同じく地中に巣を作るスモールリトルアガマは、目的に応じた部屋を多数作っている。

 この餌部屋もその一つで、ここに来ると虫の死体などの餌が蓄えられているのだ。


『グワッガ!』


 ついてる!私は喜びの声を上げて獲物に近付く。そこには瀕死のダンゴムシが居たのだ。


『グワッ(継承)!』


【継承発動成功。何を継承しますか?】


 天の声を聞き、私は小躍りしながら選択した。


(対象は“スキル:硬い外皮LV1”だ!)


【スキル:“硬い外皮LV1”の34%を継承します。これにより、個体:スモールリトルアガマにノーマルスキル“硬い外皮LV1”が追加されました】


 私は初めてのスキル継承に喜びの声を上げる。


 生まれから一週間程妹達の世話をして来たが、それまでに何度かこのダンゴムシみたいな魔物……長くなるのでダンゴムシと呼ぶが、ダンゴムシが瀕死の状態で保存されている場合があったのだ。

 私は試しにそのダンゴムシを対象にして継承を発動させてみた。もしかしたら自分が手を下さなければ取得出来ないかも知れないと思ったが、それは杞憂に終わり、無事に発動出来た。


 しかしー


【スキル:“硬い外皮LV1”の33%を継承します。】


 と、天の声に言われ、スキルの取得は持ち越しになったのだった。

 恐らくこれは継承スキルの習熟度の問題だろう。一度で継承出来れば良かったのだが、それにはまだまだ修行が必要そうだ。


『グワッガ!』


 私はダンゴムシに完全にトドメを刺す。こうすると少しだけなのだが、体に力が入って来るのを感じる。多分、これが天使の言っていた進化に必要な事なのだろう。


『グワッン!』


 ダンゴムシをバラバラにし、食べやすい肉団子にした所で、スキル:“硬い外皮LV1”が馴染んで来た気がする。

 軽く前足を触ってみるが、少しだけ硬くなった気がする。恐らくこのスキルも常時発動パッシブスキルなのだろう。


 私は肉団子を持つと、餌部屋を後にした。

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