第9話楽しいゲームにご案内

 アリスは、ティリアに学校への道のりを案内されている時、たった一つだけ湧き上がる思いに辟易としていた。

 晴れる青空、風に揺らめく林の木々達、そんな涼やかさに誘われてふらふらと村に迷い込んできた狐が一匹。

 十五分は歩いた。それなのに、見える景色は全く変わらなかった。見渡す限り青々とした自然しかない景色に、動くものはジーナの理解に苦しむフラフラ歩きと、しきりにこちらを覗き込む様に振り返るティリアの姿だけ。

 ただでさえ、中心部にすら入れていないのに、その辺りの村の情報収集さえまともに進められない。

 どこまでも同じく続くメリーゴーランドの様な景色に、飽きを感じられずにはいられなかった。


(何なんだこの村は、何も無いじゃないか。こんなのでよく暮らしていけるな)

(俺もそう思うぜ、この村に流れ着いてから何にも食べ物がなくてよぉ。夜になったら人っ子一人外にいやしねぇんだ。クリス、お前に会えなかったら俺は死んでたぜ)

(そうかそうか、そりゃよかったな)


 情報の一つも落ちていなさそうな景色を見ているよりも、コロと話をしていた方がまだ有意義だ。取り憑かれて迷惑していたはずの謎の生き物でさえ、退屈凌ぎに使う程に、アリスは暇を持て余しながら、辺りを漠然と見つめていた。


 時折、ティリアからのアリスとジーナがついてきているかの確認の声かけに答え、ジーナが一人で行っているゲームが脱線しない様に見張りながらだらだらと歩いていると、ティリアが目的地に着いたと騒ぎ出した。


「着いたわ! ここが私達の学校よ!」

「おお! 学校!」

「おぉ……学校?」


 ドヤ顔のティリアが指を差す方を向くと、そこには今にも崩れそうな建屋が一つ建っていた。

 アリスは愕然とした。隣にいるジーナは学校が何なのか理解していない為、目をキラキラと輝かせて目の前の建物に夢中になっているが、灰髪の魔女はそうではない。


(まじか、何だこの掘立て小屋は。ボロい、ボロすぎる)

(こんなとこで飯食ったら死にそうだな)

(いや、ここ勉強するところだから。それでもやばい話だが……)


「学校! これが学校! すごいすごい! 私と同じくらいの子が、たくさんここで勉学に勤しんでいるんだね!」

「お、おぉ……これは……すごいな……」

「すごいでしょ! すごいでしょ! 私達もこの学校建てるの手伝ったのよ!」

「え! ティリアちゃんこの建物造ったの! すごいね!」

「え……本当に……?」


 話を聞いていると、ジーナは、もう待ちきれないと言った具合で、その場をぴょんぴょんと飛び跳ねたり、小さく駆け回ったりと、まるで小動物の様な動きを始めた。

 そんな中、アリスは子供の手を借りないと作れないこの掘建て小屋にひどく漂う哀愁を感じ、愕然と建物を見つめていた。


 驚くのはまだ早い。そう言って、嬉しそうに建物の扉を開け放つティリアの後を素早く追いかけるジーナに、崩れないか不安そうにアリスも着いて行く。


 おはようございます。今度はティリアが威勢よく切り出した。

 あまり目立つ事が好きではないアリスは、突然の視線に身体がじっとりと汗ばんできた事を感じた。

 沢山の人に見られる事はサバトではままある事だった。けれどそれは気心のある程度知れた魔女達の間での話であって、魔女だとバレたら処刑台に送られる人間相手だと、自然と体の防御反応が起き、緊張状態になっていた。

 視線を向けてきたのは、生徒と思しき子供が八人と、前に立つ教師らしき男が一人。

 子供八人に目を向けると、中には小さな赤ん坊を膝の上に乗せている少女がいた。年齢は四歳程から十二歳頃までいて、ばらつきがある。

 見た目年齢が、かろうじて上の方であることを認識し、さすがになめられないだろうと安心したアリスは小さくバレない様に安堵の溜息を吐いた。

 ほっとしたのも束の間、アリスは目の前にとっておきの情報が落ちていたことに気がついた。


(クリス、見てみろ! みんなお揃いの首輪付けてるぞ! 黒くてツヤツヤのやつ!)


 コロがはしゃぐ中で視線を向けた人達のその顔の真下には、皆もれなくカリドがつけていたものと同じ首輪がついていた。

 教師である銀髪の男、生徒全員、それだけでは飽き足らず、膝の上の赤ん坊にまでも付けられていた。

 アリスはその黒光りする妖しい首輪を訝しげに眺めていた。


 そんなアリスを他所に、教室がティリアが遅刻してきた事でもちきりになると、ティリアはどこか嬉しそうにごめんごめんと生徒達をなだめている。

 ヘルヴィス先生と呼ばれていた教師が、ティリアを注意すると、流れでアリスとジーナが自己紹介することになった。しかし、人間とのコミュニケーション能力の低さに定評があるアリスは、案の定テンパってどもった話し方しか出来なかった。ジーナが先に自己紹介を済ませ、シミュレーションは完璧だったはずなのに、自分の番が回ってきた途端に全て風に吹かれた塵のように吹き飛んだ。

 これからマリの監視を続けるに当たって、人と会話をしないといけない事がどうしても出てくるだろう。この長い間魔女社会で生きてきた賜物である低レベルコミュニケーション能力をどうにかしなければいけない、自身の課題が浮き彫りになったところで、唐突に建物が崩れてきそうな程の勢いのある挨拶を真正面から受ける。

 ニヤニヤしたティリアのしたり顔を見ながら、今まで感じた事がないような迫力を同じくらいの体躯の人間の子供が創造したのだと感じたら、アリスは胸が少し高鳴った。

 授業は一時中断し、ティリアが空席の一つに座り、他の男子生徒達がジーナとアリスの為に隅に転がっていたゴミに等しい様な椅子に使えそうな何かを適当に見繕ってデレデレしながら手渡す。


「あ……ありが……とう」


 なんとか言えたお礼に優しく応えてくれる少年達に、心温まる想いを抱きながらアリスとジーナの初めての授業は始まった。


「えー、じゃあ、お友達も来てくれたし、さっきの授業もキリがよかったので、皆さんの自己紹介もかねてここらで一つ楽しく遊びながらお勉強しようと思います!」


 遊びという単語が出るや否や途端に浮き足立って全力で騒ぎ出す男子生徒達。一つ一つの挙動が常にフルパワーで行われている事実にアリスは驚愕の色を隠せない。


「遊びー! 勉強しながら遊びにも興じる事ができるなんて一体どんなカラクリがあるんですか!  ジーナにそれは理解できますか!?」

「ふふふ、ジーナさん。早速良い事を聞いてくださいましたね! ゲームの内容はまだ言えませんが、みんな知ってるあのゲームですよー!」


 途端に色めきだす教室内に、ヘルヴィスはすかさず制止を入れる。


「はい、はい! 盛り上がるのはいいとして、それじゃあ二チームに分かれて、一列に並んでもらいます! そして、私がお題を言うので、そのお題を順番に伝えていって、最後の人が正しくお題を言えたら成功です! それを順番を入れ替えながら、何度かやっていきます! 勝ったチームにはちょっとしたご褒美がありますよー! 頑張って下さいね!」


 ご褒美と聞いて建物が揺れる程生徒達が騒ぎだす。

 ヘルヴィスはぐらぐらと揺れる地面に心を無にして、収まるのをただひたすらに耐えている。


「先生! ご褒美って何!?」

「秘密でーす!」

「チーム分けどうするの!」

「ジーナさんチームとアリスさんチームで適当に分かれてくださーい! 列は一回ずつ崩してくださいねー」

「先生、顔青いけどどうしたの!」

「君達の際限の無い元気に倒れそうになってたんですよー! 何がとは言いませんけどねー!」

「なるほどー! 遊びと勉強の両立! お姉ちゃん! ジーナ理解できたよ!」

「すごいねー、ジーナちゃんさすがだ! オイラはもう今、一歩も動けないよ。倒れそうだ! 何がとは言わないけど!」


 元気な少年達の無邪気な質問を皮切りに、生徒達は伝言ゲームの準備をし始めた。


 綺麗に二つの列が出来て、アリスチームは五人、ジーナチームは六人でゲームが始まる事となった。


 アリスとジーナは最後尾で、アリスの前には、小さな赤ん坊を抱えた少女が、ジーナの前には、痩せてはいるが体躯はあるようなガキ大将というに相応しい様な少年が立った。

 ティリアは、ジーナチームの最前列、お題をヘルヴィスからもらうポジションだった。


「ジーナだったよな! 俺はテツ! よろしくな! 

「テツ君! よろしくお願い致します!」

「おう! 前から順番にみんなの名前を教えてやるよ! ティリアは知ってるだろ? その次がナト、俺の子分だ。 ナトの後ろがタルト。 毎日なんかに可愛いーって叫んでる女だ。んで、俺の前がヒメス! 熱心に勉強してるガリ勉ちゃんだ」

「なるほどー! 感謝感激だよ! ありがとう! テツ君!」


 ジーナはテツに微笑みながら一礼し、列から飛び出すと、列の中ほどまで駆けていった。

 チームメンバーの視線が一気にリーダーへと注がれる。


「ティリアちゃん、ナト君、タルトちゃん、ヒメスちゃん、テツ君。皆さんよろしくお願いします! 不束者ですが、精一杯頑張ります!」

「ジーナちゃんよろしくね! アリスには負けないわよ!」

「よろしくっす! 頑張るっす!」

「ジーナちゃん……可愛過ぎませんか! 是非、友達に!」

「……よろしく」

「おう、勝ってご褒美手に入れるぞ!」


 ジーナチームは、素早く人心を掌握したリーダーの功績により、団結力がみるみる内に高まっていた。

 一方、アリスチームはというと、アリスは前の子とまともに会話すら出来ていない状態だった。

 列は乱れる事なく然としており、ある意味チームワークはありそうな雰囲気は醸し出している。


「あ、あの……その……」

「んぎゃぁー! んぎゃあー!」


 話しかけようとしたら、背中にいる赤ん坊が、突如として泣き出した。


「あー、はいはい、よしよし。アリスちゃん、だよね? ごめんね、騒がしくて」

「あ……うん、大丈夫。オイラこそごめん、泣き出しちゃったみたいで」

「あー、この子たまに初めて会う人見ると泣き出すのよ。先生に会った時も泣いちゃってね。先生すごくあたふたしてたわ、うふふ」


 少女は慣れた手つきで全力で仕事をしている赤ん坊をあやしながら外へと流れる様にフェードアウトしていった。

 恐らく、こういった事態には慣れているのだろう。そして、慣れているのはあの少女だけではなく、周りの生徒達も同様の事が言えた。


「アリス、どこからきたの?」

「アリス、これからどこいくの?」

「アリス、歳いくつ?」

「アリス、いくつまで生きたい?」


 少女がいなくなって、空いた席の先にいた双子と思しき少女二人が話しかけてきた。丸顔におかっぱ頭のぱっちり二重で全く一緒の顔をしている。

 見分けるポイントが全く見つけられないことに驚いているアリスを置いてけぼりにして、先程まで赤ん坊が泣き散らしていたことに歯牙にも掛けず、ぐいぐいと質問攻めをしていく。


「あー、えっと……」

「こら、ワーナー、ミルキー、一度に何個も質問するなといつも言っているだろ! いつになったら直るんだよ!」


 双子を大声で制したのは、一番前にいた、背が丸く少し小さく見えてしまう損な背格好で、前歯二本が少しだけ長いまるでネズミを彷彿とさせるようないでたちの少年だった。


「うるさいラット、静かにして」

「騒がしいマウス、黙らせるよ?」

「おい、ワーナー! 僕の名前はテッドだ! ミルキー! お前それ恐喝! いい加減にしろ! おい、聞いてんのか!」


 テッドと名乗った少年は、小さな体をせっせと揺らしながら双子に怒鳴りつけているが、双子は我関せずといった形でアリスに熱視線を送りつけている。


「見分けが……ついてる……!」


 何も言わずに双子は、アリスを凝視している。

 驚くアリスに気づいたのか、テッドは軽く会釈をして身なりをわざとらしく整える素振りを見せた。


「アリスさん、ごめんね、この双子が失礼なことをしたみたいで。僕の名前はテッド! よろしくね! 同じチームとして頑張ろう!」


 そう言って前歯を覗かせると、アリスの返事を待たずにテッドは自分の席へと帰っていった。


「カッコつけちゃってさぁーラットのくせに」

「カッコつけたいお年頃なのかな? マウスのくせに」


 悪態をつきながらもテッドの牽制が効いているのか、双子はアリスに話しかける事をしなくなった代わりに延々とアリスを凝視する様になった。

 双子からの熱視線に、どうすればいいのか分からずに冷や汗ばかりかいていると、赤ん坊をなだめた少女が再び席に戻ってきた。


「あ、帰ってきた。泣き止んだ?」

「次いつ泣くのかな?」

「やっと泣き止んだよー、一筋縄じゃ泣き止んでくれないから、大変だぁ」


 ようやく双子からの視線に解放されたアリスは、ため息を一つ深々とついた。


「あ、アリスちゃんさっきは自己紹介してなかったよね? 私はミーナ、よろしくね。この子はリンナって言うの! よろしくね!」

「あっ! あ……よろしく……ね」


 気が抜けたタイミングで話しかけられたアリスは、ぴくりとその場で跳ね上がった。

 そのびくついた瞬間が見られたことに、顔を真っ赤にしていると、赤ん坊をあやすのを待っていたヘルヴィスが音頭をとった。


「はい、それでは今からゲームを始めます!」


 薔薇色の歓声が建物を揺らしながら響き渡る。


「ひー! あっ、え……えぇっとですね! それでは今からゲーム内容を発表します! ゲームの内容は……」


 ヘルヴィスは、セルフでドラムロールの様な音を立てながら、場を盛り上げているが生徒達からの早くしろと言わんばかりの鋭い視線を目の当たりにしてドラムロールをやめた。

 優しそうな表情は揺れと共にどこかへ消え、無表情のまま、しばらくの沈黙の後、生徒達の元に届くか怪しいくらいの小さな声がぼそりと漏れた。


「はい、伝言ゲームですっ」


「イェーイ!」


 過去一番の揺れにも関わらず、ヘルヴィスの表情は微動だにしない。

 ヘルヴィスが、ドラムロールを遮られたのが、地味にショックで拗ねているのを生徒達は誰一人気づいていなかった。

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