第2話潜入前の下準備?
隻眼の魔女と娘の二人旅に監視人が付いて回るようになってから小一時間が経過した頃、一行は未だに景色の変わらない空の旅に興じていた。
鬱蒼としている森を足下に見ながら、二つの箒は、晴れ渡る空の中から、なるべくうっすらとかかっている雲の中を、近くから降り注ぐ太陽の光と下からの視線を防ぐように進んでいく。
大きな体でふわふわと浮かびながら進むマリの箒のスピードは緩やかで、アリスは縦に横にと灰髪を激しく揺らしながら、辺りにかかる雲に制限されたマリの視界の中にちらちらと出たり入ったりしている。
「あなた、じっとしていられないんですか? そんなに無駄に動いて魔力消費してたら身体が持ちませんよ? あなたもう歳なんですから。後私、食糧持ってませんからね、魔力切れたら置いてきますから」
辺りに飛ぶ蠅を見るような迷惑そうな顔で、現れては消えるアリスに、終始睨みを効かせる。
「子供みたいな扱いとババァみたいな扱いを同時にするな、オイラこんなにゆっくり箒を進ませるの初めてで調節が難しいんだ、初めは良かったが、集中が切れてからかなりしんどい。直に慣れるからもう少し待っててくれ」
そう言いながらアリスはまた雲の中に消えていった。
「調節が出来ないなんて、そんな阿呆な馬車馬連れた御者みたいな制御の仕方でよく魔力が切れませんね、サバトはそんなに食糧事情が明るいんですか?」
「決して明るくは無い、むしろ厳しいと言って良い。だからオイラはサバトに入ってから魔力の糧になるような食糧は一切摂っていないぞ。みんなが満足に満たせるよう、オイラの分はいつも全員で等分している。もちろん体を作る食事は摂るようにしているがな!」
無い胸を張りながら、再び現れたアリスの言葉を聞いて、マリは軽く絶句した。
「……化け物ですね、色んな意味で」
「色んな意味でってなんだよ、ほんの少しだけ特殊と言ってくれ、乙女心が傷ついたわ」
「老婆心の間違いでは?」
「上手くねぇよ! だからババァ扱いするなって!」
「そんなカリカリして、心が乏しくなったら終わりですよ? 乏しいのは胸と食糧くらいにしてくださいよ」
「だから上手くねぇって言ってんだろ! 気にしてんだから触れるな!」
そんな話をしている内に、アリスはマリの横に箒をぴたりとつけ、再び速度を合わせて飛び始めた。
「よしよし、慣れてきたぞ……もう良さそうだ。それはそうとマリ、聞きたい事があるんだが、いいか?」
「いいやですよ」
「どっちなんだ」
「それで何ですか? くだらない事言ってないで早く言ってください」
相変わらずのマイペースでアリスを玩具にするマリに、多少の苛立ちを覚えながらも、大人しくマリのペースに合わせて飛びながら話を続ける。
「どうやってこの世界から魔女狩りを無くすんだ? あてはあるのか?」
心配そうな心持ちを隠せないと言った表情のアリスをよそに、マリは視線一つ動かさずに、着実に箒を進めながら、静かに口を開く。
「あて、というのも変な話ですが、三箇所程、魔女狩りをこの世界で正当化させるのに絶大な影響を誇っている大国がある事を突き止めました。名前は、商業の国グーアルイン、魔女の国ナルテア、信仰の国アルビルマ。そしてこの三つ、調べれば調べる程何やらきな臭い噂を聞きます。一先ずこの三つを潰せば、状況はかなり好転するでしょう」
マリはちらりとアリスの方を覗き込む。
何やら俯きながら顎に手を置いて考え事をしている様だった。
「グーアルイン……ナルテア……アルビルマ……」
アリスがぼそりと呟く。
「何か?」
「いや、何でもない、それで今からはその三つのうちどこに行くんだ?」
「そうですね、今から向かう場所はというと……」
マリは真っ直ぐ腕を突き出し、人差し指を前にピンと伸ばす。
「商業の国グーアルインです」
身を隠していた雲の森は突如として晴れる。
指を刺したその先には、未だ眼下に広がる鬱蒼とした森と、少し先に聳え立つ山があるのみで、国と言われる様な物はどこにも無い。
「ほう、この森の何処かに商業の国グーアルインとやらがあるんだな? もしや地下か? それとも山の中腹か?」
「……」
アリスはマリの言葉を信じてやまないのか、真剣に国を探している。
「え? 無くない? 国無くない? どこ?」
どれだけ探しても人っ子一人見当たらない状況にも関わらず、箒から乗り出して根気強く探し続ける。
「コホン、まぁ、この森林も山もグーアルインの一部ですが、管轄しているだけで正確には少し違います。アリスさんもっと上に行ってきてください。あの山の奥に私達の目的地の姿が見えるはずです」
「……距離感ミスったよね? 絶対間違えたよね?」
アリスはマリの箒ににじり寄る。
「何の事ですか、言い掛かりはよしてください、私を恥ずかしい人扱いしようったって無駄ですからね」
マリは、アリスから顔を背けるが、アリスは背けた先にすぐに箒を持ってくる為、何処を向いても逃げられない。
「いや、事実だよね? 恥ずかしい人だったよね? 指差して、バーンて国が出て来てドヤ顔しようとしてたよね?」
これまでの仕返しとばかりに、口角がこれまでにないくらい上がっているアリスに対し、マリはこれ以上傷口を広げない様、表情を消し、無の境地へと達している。
「何言ってるんですか、そんなんじゃありません、ちょっと腕のストレッチしようかなと前に突き出しただけです、そうしたらなんか、たまたまかっこつけたみたいになっちゃっただけです」
「あー、ドンマイ、ドンマイ、そういう日もあるよ」
「慰めるの辞めてくれません? 余計惨めになるんですけど。というか違うんですけどね、別にかっこつけたわけじゃないんですけどね、ほんと、たまたまそうなっちゃっただけですから」
「オイラ分かってるから、そういう年頃なんだよね、魔女ってただでさえ、特別だもんね、そういうの思っちゃうよね、分かる分かる」
アリスは、思春期の息子を見ているお母さんの目でマリを見つめている。
「……もういいから上、行って来てくれません?」
マリは逃げきれないと悟ったのか、真っ直ぐ前を向いてアリスとまともに取り合わなくなった。
ニヤニヤが止まらないアリスは、それを覗き込む様にマリの前をふわふわと逆さまに浮いている。
「大丈夫、大丈夫、誰しもみんな失敗の一つや二つ、黒歴史、黒設定の一つくらいあるって。その片目だって――」
「早く……行って来てください」
アリスは、そろそろマリが本気で怒りそうな気配を察知して、いじるのを辞め、大人しく国を見に行く事にした。
逆さまになっていたアリスは、プロペラの様にぐるぐると回りながらマリから徐々に離れ、強風が起きる程の勢いで、真上に向かって空気を蹴るように飛び出した。
「ほう……あれか……」
空気が薄く、常人なら呼吸もままならない様な高さで、アリスは地面を見下げた。
そこには、先程マリが指差した山の先、マリ達の位置からおよそ二十五キロ程の位置に、マリが言っていたグーアルインの中心地と思しき都市の姿が確認できた。
その都市は、向かって右手側に湖、手前には街へと続く曲がりくねった街道が一本と、その周辺に十数個程村が点在する平らな草原、左手側に底の見えない大きな亀裂の様な大穴、奥には背の高い木が立ち並ぶ森と、四方を様々な自然の形に囲まれていた。
左手側に見える大きな亀裂の部分の外壁が楕円形になっており、それ以外は真っ直ぐな四角形の辺を形成して街の外壁が作られていた。
正面は強固な門と堀が、正規の手順を踏まずに入り込みもうとする侵入者を何人たりとも許さず、街の入り口へと続く街道を通って来た正規の者を正しく歓迎する様に完全に淘汰している。
それぞれの場所からの城攻めは相当困難を要するのが、見ているだけで伝わってくる様な立地だった。
街の中心には、巨大な闘技場の様な形のものが置かれており、手前側に民家や商店、その奥に城や貴族達の煌びやかな家々が聳え立ち、まるで闘技場が綺麗に街を二分している様に見えた。
そんな中、何かを見つけたアリスは、都市を眺めながら怪訝そうな顔を浮かべていた。
「うぅん……やはり……あれは少し面倒だな……まぁ、今の所はとりあえず放っておくか」
街の姿を見終えたアリスは、マリの元へと、箒を飛ばし、すぐ様マリの真横へとぴたりとつける。
「どうでしたか? 後どれくらいの距離ありそうでした?」
落ち着いたのか、いつも通りの淡々とした口調に戻っている。
「この速度を維持するなら小一時間、オイラのマックスなら一分程で着くな」
「そうですか、偵察ご苦労様です」
「良い様に使われてた! というか、あんたやっぱり正確な位置知らなかったのかよ!」
マリはアリスのことなど気にも留めずに、今後の身の振り方を思案している。
「あの街、中々良い街じゃないか。自然を味方につけていて、敵からの侵攻の心配を最小限にできる分、国力を高める事に尽力出来る。商業の街と言われる所以を垣間見た気がするぞ」
考え事をしている最中のマリに対し、お構いなしに見て来た感想をぶつける。
「果たして本当にそうでしょうか?」
「ん?」
「先程言った様に、あの国は魔女狩りをこの世界に存在する事を是としている国です。そんな国が私には良い街とは思えません。どんな二つ名がつこうとそれは変わりません」
マリは、アリスの方を一瞥もせず、冷たい視線を前に向けたまま、淡々と会話をする。
「そんな事よりも、どんな感じだったか詳しく教えてくれませんか?」
「そんな事って……酷い言い方だな……」
文句を言いながらも、アリスは、グーアルインの城とその城下町や、周囲の状況等、見て来た事を克明に伝えた。
「……大体そんな感じだ」
「そうですか、ありがとうございます」
一通り説明を聴いて、マリは小首を傾げる。
「ふむ……アリスさん、大穴というのはどれくらいの深さか分かります? 私がグーアルインの情報を仕入れた時、そんな穴の存在は言われていませんでした、不確定要素はなるべく無くしていきたいので」
「ふむ、底が暗くて正確な値は分からんが……おおよそ百メートルくらいじゃないか?」
「……そうですか」
「……?」
マリは、訝しげな表情を浮かべながら、再び思考の海へと沈んでいく。
しばらくゆっくりと箒を進めていく内に、先程まで指差しする程の距離にあった山が目前に迫っていた。
示し合わせた様に、二人は山の頂きを悠に越える高さまで、まるで隊列を組んで飛ぶ鳥の様に並んで上昇していく。
人の国に入るという事は、魔女狩りの餌食になる可能性があるという事で、人間の子供であるジーナを同伴させ育てているマリは、人に魔法を使っている所を見られるのは、ジーナの死、ひいてはマリの死にも繋がり兼ねない重大事項である事を、アリスも理解した上での、山頂越えの選択だった。
そして一行は山をゆっくりと下り、人々が生活を営なみ、人の目が働いているグーアルイン領へと、箒を進めていく。
「そろそろ危険地帯に入るので、山の二合目辺りで箒から降りましょう。あそこなら麓に林もありますし、身を隠しながら近づけます」
マリは、ローブの中に手を突っ込み、ジーナを起こす。
「ジーナ、そろそろ着きます。これから少し歩くので、起きてもらえませんか?」
ローブの中がもぞもぞと揺れだす。
それと同時に、緊張感の欠片も無く、湿った瞳を輝かせ、恍惚とした表情を浮かべるマリを、侮蔑の目で眺めるアリス。
「おはよぉ、お母さん。あ、お姉ちゃん、一緒に来てたんですね、おはよぉございます!」
ジーナは亜麻色の髪を靡かせ、眠そうな瞼に金色に輝く瞳を携え、ローブからモグラ叩きのモグラの様に首から上をひょっこりと出しながら、ぺこりと首を垂らして挨拶をする。
「おはようございます、ジーナ。ちゃんと挨拶ができて偉いですね」
「おはよう、ジーナちゃん。そういえばオイラの名前を言ってなかったな、オイラの名前はアリス、よろしくな! ガハハ!」
「アリスお姉さん! 素敵な可愛いお名前ですね!」
満面の笑みを浮かべるジーナに、顔は見えていないはずのマリの体がひくりと反応している事に、いささかの恐怖を覚えたが、ジーナの破壊力満点の笑顔と、名前を褒褒められた嬉しさに負けて、アリスの顔も一瞬にして崩れ去った。
「人の娘になんて表情向けるんですか、やめて下さい」
「マリに言われたくないわ、自分の娘に反応するなんて正気の沙汰じゃないぞ」
顔面がゆるゆるの二人が、山の中腹辺りで節操のない言い合いをしている。
「この可愛さじゃ仕方ないでしょう、本当、可愛くてしょうがないんですから、ねぇ? ジーナ」
「お母さん好きー! お母さんも可愛いよ」
「もう、ジーナったら……お母さんも大好きですよ!」
マリはローブの中でジーナの背後から熱く抱擁し、頬を亜麻色の細い髪に擦り付ける。
嬉しそうなジーナの悲鳴と、中年のおじさんの様な反応のマリのじゃれあいは、マリのじっとりとした瞳が犯罪者臭を強めているが、そこには魔女と人間でも、誘拐犯と被害者でもなく、互いを思いやる母と子の姿があった。
「本当に、親子なんだな」
アリスは、気がつけば慈しむ様な顔で二人を見ていた。
「当たり前じゃないですか、まだ疑ってたんですか?」
「いいや、そんな事は無いさ、ただちゃんと自分の目で確認できた事を……いや、何でもない」
そう言ったアリスの口元は微かに優しい笑みが溢れていた。しかし、瞳の奥はどこか虚ろな儚さを含んでいて、深い海の底の様に光は見えなかった。
そして一行は、遂に二合目付近に差し掛かり、ゆっくりと地面に向かって更に高度を落としていく。
「さて、そろそろ箒から降りて、歩いて向かいましょう。そして、アリスさん、これから人の国に降り立つ際は、あなたはジーナの姉で私の娘という設定を必ず守ってください。でないと……あなただけ死にます」
「何でだよ、オイラを足切りに使うな」
「もう、一度胸を切られてそれだけ無くなってるんだから何の問題もないでしょう」
「このサイズはデフォルトだよ! 切られてねぇよ! 悪かったな小さくて!」
それを聞いて、ローブの中でジーナが不安気な表情で自分の胸をペタペタと触って確認している。
「ジーナ、貴女は大丈夫ですよ、アリスさんと違って将来性がありますから。それにあなたはとびきりの美人になりますよ」
「私、綺麗になれる? 胸もおっきくなる?」
「もちろん。ですよね? アリスさん?」
マリの目は下手な事を言えば殺す、と言っている事をアリスは察した。
「あ、あぁ! もちろん! ジーナちゃんは絶対モテモテだよ!」
(ほら、ちゃんと合わせてやったぞ)
アリスは満足気にマリの方を見る。マリは、若干瞳を潤ませながら余計に殺意を燃やしていた。
(何でだよ! 泣きながら怒ってるよ、どんな心理状況!?)
「やった! お母さんとアリスお姉さんからおすみつき貰った!」
(どこで覚えたんだそんな言葉……)
マリのモンスターペアレントぶりに振り回されながらも、二つの箒はゆっくり地面すれすれの所まで下降し、二人の魔女は颯爽と箒から飛び降りた。
ローブの中で、マリのお姫様抱っこの状態で箒から降りたジーナは、楽しそうに笑みを溢しながら地面へと着くなり、ローブの中から飛び出した。
そこらの村娘が着ている物と変わらない古びた布で出来たワンピースを揺らす白く細い肢体は、しなやかに揺めき、久々の地面を最大限に謳歌している。
「こらこら、ジーナ。あんまりはしゃいではダメですよ。山から転げ落ちてしまいます。それに、私からあまり離れないでください。こらこら、アリスも、背が小さくなってますよ」
「だからデフォルトだって言ってんだろーが! 気にしてるって何回も言ってんだろ!? 触れるなよ! ちょっとは優しくしてくれよ!」
アリスは悪態を吐きながら、マリの容姿を上から下まで目線を動かした。
マリは、ジーナをずっとローブの中に入れていた為、アリスが本来の姿を見るのはこれが初めてだったが、マリの体は目を疑う様なものだった。
マリは、誰の目から見ても納得できる程の抜群のプロポーションを誇っていた。
アリスの目線からだと、見上げなければいけない程に背丈がしっかりとあり、ローブの上からでも分かるような線の細い体付きにも関わらず、胸とヒップラインは、先程通ってきた山の様に適度な存在感を放っている。
瞼を開閉し、頬を叩き、もう一度確認するが、抜群のプロポーションは揺るがすそこに存在した。
(何だこいつ! 最初会った時言ってた事本当だったのか! 何でこんなにスタイル良いの!? え、大人の体になったらこんな風になれんの!?)
「何ですか? そんなに人の体をジロジロと見て、私に幼女趣味はありませんよ」
驚きを隠せないアリスに、不快感のこもった視線をぶつけるマリ。
その残念極まりない視線は、セクハラを糾弾せんとアリスを捉えて離さない。
しかし、その目を見たアリスは途端に安堵した。
「いや、人にも一長一短あるんだなと思って」
「どういう意味ですかそれ、はっ倒しますよ?」
まぁ、まぁ、と安らかな表情でマリを宥めながら、ジーナとマリの後ろについて、山を下る様に、後押しする。
「ちょっと待ってください」
マリが、山下りに待ったをかけた。
「良いですか二人共、私達はこれから人の街に入ります。中では魔女狩りが行われていて、それに捕まったら
酷い目に遭わされます。だから私達は大人しくしていないといけません。ただでさえ、他所から入国する事自体がもう怪しいのに、もっと怪しい事をしたら完全にアウトです。良いですか? 必ず大人しく、お利口さんにしていて下さいね、分かった人?」
「はぁーい!」
「はーい」
元気な溌剌とした声と、不服そうな悲哀に満ちた声が山の中に響き渡る。
「はい、宜しい。大変良い返事でした」
言い終わると同時に、マリは指を軽快に鳴らす。
すると、全員の着ていた服がたちまち光の粒に包まれ、姿を変えていく。
マリの服は、上流貴族が身に付けている様な、煌びやかな装飾をあしらった権威そのものを象徴するかの如く、目にも眩しい豪華絢爛な赤色のワンピースで、そのスタイルの良さから、立ち姿だけなら本物の貴族の出に見える程、見た目映えしていた。
ジーナも、マリに準ずる様に、色違いの青いワンピースを纏っている。その淡い儚さが滲む白く華奢な身体がより青色の静かな落ち着いた雰囲気を増長させ、本来の年齢よりも大人びた印象を与えている。
一方、アリスの服に至っては、腕や、スカート部分の穴すら修復されていないボロ布に頭と腕と足を出せる穴をつけただけの様な、最早服と呼べるのか定かではない、所々白い玉のような模様が入った茶色のワンピースを被っていた。
「うわー! キラキラー!」
ジーナは、くるくるとその場で回りながら青のドレスを波のように揺らし、美しい装飾を存分に堪能している。
「うぉい! どういう事だ! 大人しくの意味分かってんのか!? 何でこんな山の麓にそんなガチガチの貴族がいるんだよ! そんなんじゃ村に入る前に殺されるわ! というか何? 何でオイラのこんなにボロボロなの? せめて穴くらい塞げよ!」
「コンセプトは猟犬との狩猟を終えた貴族達です。 中々様になっているでしょう?」
「様になってるかどうかの話はしてねぇよ! 村に潜入する気あるのか! あんたは! というかそのコンセプトでいくとオイラまさか犬じゃないだろうな? 犬をモチーフにした服とかじゃないだろうな!? というか穴塞げ!」
「捕まった鹿です」
「なんで獲物の方だ! せめて仲間で居させてくれよ!」
「もう、文句が多いですね、これだから鹿は……」
「鹿じゃねぇよ!」
「鹿さん捕まえたー!」
ジーナは、必死の形相でマリを叱りつけていたアリスに、空をも晴れ渡らせてしまうのではないかと思う程の眩しい笑顔で抱きついた。
マリは頬を赤らめながら、アリスを睨みつけ、指を再び弾くように軽快に鳴らす。
すると、ジーナの頭に犬の耳がひょこりと生え、手には肉球のついた手袋がはめられ、犬を模したつなぎを着用していた。
一方アリスはというと、先程着ていた模様と同じ様なニメートル弱程の一枚の布を頭から被せられ、てるてる坊主の様な姿にさせられていた。
「わぁ! ワンちゃんだ! お母さんすごい! ワンワン!」
犬になりきり満面の笑顔を浮かべるジーナは、まるで天界から舞い降りた天使の様だった。
「あぁ……! 可愛い……! イッてしまいそうな程可愛いです……! 何でしょうこの背徳感……興奮しますね!」
だらしのない顔と欲を剥き出しにして、愛娘のコスプレを瞳と脳の奥の奥までインプットしようとガン見し続けている。
「……おい、これなんだ……」
くぐもった声の主はアリスだった。
布の中から消え入りそうな声が細々と聞こえてくる。
「何だと言われても、穴を塞げ塞げとうるさいので塞いであげただけですけど?」
モデルの様にポーズを取るジーナを見つめる目は一切離さずに、声だけをアリスに向ける。
「何でだよぉぉ!! 体を通す穴まで塞いだら服じゃないだろ!? ただの布だろ!?」
「私は穴を塞いだまでです」
ジーナの姿を様々な角度から、主に下方向から見つめ続けているマリは、適当に言い放つ。
「い……に……ろ」
「今良いところなんです、後にしてくださ――」
「いい加減にしろぉぉぉ!!」
アリスの怒声が響いたその瞬間、山は揺れ、麓の木々達は軋み、一休みしていた鳥達が一斉に飛び立った。
こうして、グーアルインの魔女狩りを止める旅が今、幕を開ける。
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