救世の魔女
雨後の筍
第1話緋色と灰色
「お願い! 助けてぇー!」
今日もまた一人、大地に血を吸われようとしている者がいた。
生い茂る草木達の風に揺れる緑と、石造の家々が乱立するのどかな風景に、空気を引き裂く様な涙混じりの女性の声がこだました。
地面に突き刺した柱に磔にされた金髪の幸薄そうな妙齢の女性が、周囲に群がる村人達に必死の形相で懇願している。
「助けて欲しいなら、お前が魔女ではない事を証明しろ!」
一人の農夫が、強い語感でピッチフォークをぐいと喉元に向けると、体を絞り取られたような悲鳴をあげ、女性はよりガタガタと震えだし、それを見る周囲の人の射殺しそうな程尖鋭な憎しみの目は、より女性を絶望の底へと突き落とす。
この状況で、磔にされた女性の側に立つ声は一つとして上がらず、もれなく全員が女性と正対し、負の感情をぶつけている。
「うぇぇん……なんでいつもこう不幸な事ばかり起こるのぉ……お願い……命だけは助けてぇ……」
「その命乞いは、自分が魔女であると認めたという事で良いんだな?」
「そんなぁー! 違いますよぉ!」
押し寄せる理不尽に、為す術も無く、女性は顔を涙と鼻水でぐちょぐちょにしながら、何とか正気を保ってる。
「あぁ、神様ぁ……私を……お助けください……」
「魔女が神に助けを乞うな! もう我慢ならん火炙りだ!」
そうだそうだと、寄って集って周りの人々がけしかける。
柱の下に徐々に死へと向かって積み上がる藁の束に対し、嫌だ嫌だと括り付けられた柱でバタバタともがき抵抗するが、その努力も虚しく、拘束は簡単には外れない。
「あぁぁー! いやだぁー! 死にたくないぃー!」
そんな一つの命が揺らぐ様すらも、優しく眺めているだけの凛と澄み切った青空は、一つの影を誰にも気づかれぬ様ひっそりと地面へと写し込んだ。
地上から見上げるとただの鳥程のサイズのその影、それは箒に座る女性の姿だった。
美しくゆらゆらと燃ゆる火の如き緋色の髪と、その髪で左目を隠した、じっとりとした目つきを持つこの女性は、箒に横から座り、箒に収まりきっていないやたらと大きな体をローブに全て包み、優雅に空の散歩を楽しんでいる。
下で起きている惨事など、どこ吹く風。
自分が行きたい方向に、重たそうな体をふわふわと漂う箒に乗せて進んでいく。
「やぁやぁ、そこの大柄の魔女さん、これから何処へいくんだい?」
緋色の髪の魔女は一人で空を闊歩していたはずなのに、突然誰かに話しかけられた。
体を一瞬びくつかせた後、何事も無かった様にまた箒を進ませる。
「ちょいちょいちょい! 無視するなって! 今絶対聞こえてただろ!?」
子犬が喚き散らす様な主張の激しさに辟易しながらも、緋色の髪の魔女は重々しく振り向いた。
そこにはまたしてもローブを羽織り、箒に跨った女の子の姿があった。
箒にかかりそうな程長い灰髪をひっさげた、クリクリとした目が特徴の、七歳頃の少女、というよりかは見た目的に幼女と形容した方が正しい様な、人形の様に目鼻立ちが整った女の子が箒の上にちょこんと乗っている。
幼女の羽織っているローブの背中部分には、動物の脚と立派にそそり立つ山羊の角を生やした人の様なものが、槍を持って仁王立ちしている紋様が描かれていた。
「大柄の魔女って私の事ですか? てっきり私以外の人に話しかけているものかと思いましたすいません。私スタイルには自信あるんですけどね。それで、何の御用件ですか」
緋色の髪の魔女は、あからさまに迷惑そうに話しかける。
「今空飛んでるのオイラとあんたしかいないのに、他の人に話しかけてるわけないだろう、少し考えれば分かる事だろう。まぁ、それはいいとして、少し話を聴きたいのだが?」
「…………」
緋色の髪の魔女は箒を止め、返事もせずにしばらくそのじっとりとした目で幼女を観察する。
「……何だ」
顔に何か付いているのではないかと、幼女は手で顔を弄りだす。
「もしかして迷子ですか? 帰り道を聴きたかったんですね? 箒に乗って遊んでないで早く親御さんの元へと帰った方がいいですよ。もしあれなら途中まで送って差し上げ――」
「うぉい! 誰が迷子だ! というかオイラは魔女! 人間の子供じゃ無いわ! 空飛んでる時点で分かるだろそれくらい! 後、話が聴きたいって言ってんだろうが!」
「あぁ、魔女さんでしたか、これは失敬。はしゃぎすぎて浮いてしまった子供かと思いました」
「何だよはしゃぎすぎて浮いてしまった子供って! どんな状況?!」
淡々と緋色の髪の魔女が言葉を発せば、キャンキャンと高い声で幼女が言い返し、とても初対面とは思えない程、皮肉混じりの応酬が右から左へと空を飛んでいる。
「それで、あなたは誰ですか? 用件は? 勿体ぶってないで早く言ってください」
「だから話が聴きたいって言ってんだろう……」
緋色の髪の魔女のペースに困惑の色を隠せない幼女は、それでもめげずに待ってましたと、無い胸と見栄を一杯に張る。
「コホン! でも確かにまずは自己紹介だな、失礼した! オイラの名前は、アリス! サバトからの使者だ!」
アリスと名乗った幼女は、緋色の髪の魔女をこれ見よがしのドヤ顔で見つめている。
「あぁ、噂で聞いたことがあります。あの全裸で乱痴気騒ぎをする集団ですよね」
「うぉい! 何だその噂は! どこから流れてるんだそれ! 魔女にとって裸は正装なんだぞ! 乱痴気騒ぎではなく、れっきとしたパーティーだ! 恵みに感謝するパーティー!」
「そうなんですか、てっきり変態達が集う場とばかり思ってました。そんな何ちゃってな体裁があったとは」
「まだ変態集団のイメージ抜けてなさそうなんだけど!?」
次から次へと飛ばされる緋色の髪の魔女からの罵詈雑言の雨霰に、アリスは若干会話に疲弊を見せながらも、何とか本題に入る。
「それで、本題の話の方だが、少しローブの中身についてお聞かせ願お――」
「嫌です」
(こいつ……こっちが下手に出てるからって……)
アリスは怒りに顔を歪ませているが、即刻断った緋色の髪の魔女は、気にする素振りもなくくるりと箒の向きを変え、アリスから離れる様に進んでいく。
「何処へいく? まだ話は終わってないぞ」
「……!」
アリスは、緋色の髪の魔女の行く手を阻む様に、既に真正面で余裕綽々と言った具合に待ち構えていた。
(いつの間に……全く見えませんでした。これは逃げさせてはもらえなさそうですね……ローブの内側に中身がある事を決めてかかってきたあたり、私が何を隠したいのかはもうバレているとみていいですね。問題は私にとって敵かどうか、ですね。)
「ガハハ! オイラからは逃げられないよ、分かったらオイラと話をしようじゃないか! オイラの質問にしっかり答えてもらうぞ! ガハハ!」
アリスは顎をしゃくり上げ、さっきの仕返しにと得意げにニヤつきながら、これでもかと言わんばかりに顔と態度でイニシアティブを主張していく。
「……分かりました」
心底嫌そうな顔で苦渋の決断を下す緋色の髪の魔女。
「そういえば話を逸らされてばかりでまだ名前を聞いていなかった、名を名乗れ!」
「……マリ、マリ=クエッタです」
「マリね、よろしく、マリ」
アリスは跨った箒の上からお上品に腰から上を折り曲げ、お辞儀をした。
これはどうもと、緋色の髪の魔女マリも大きな体を苦労させながら前傾にしてお辞儀を返す。
「マリよ、ローブの中身はどうしても見せてくれないのか?」
瞳を潤ませながら、幼女はねだる様にじっと見つめる。
「……嫌ですと言っても見るまで帰らないのでしょう?」
「まぁ、そうだな。これも仕事だし」
溜め息をつきながら、マリは器用に箒の上で膨らんだローブの中に、ガサゴソと手を突っ込んで探す様な素振りを見せる。
「私のローブは少し特別でしてね、少し待ってください……」
ローブの中に突っ込んだ手が中々帰ってこない。それどころか、マリはどこかうっとりした様相を浮かべ、何かを楽しんでいる様子。
「すいません、起きてもらえませんか?」
手では出せないと悟ったのか、中にいる何かに語りかけ始めた。
「……んんー、着いたー?」
ローブとマリの身体の隙間から目をこすりながらひょっこりと竹の子の様に顔を出したのは、亜麻色の柔らかい髪をした澄み切った白い肌が特徴のアリスと同じ年頃の女の子だった。
顔を出したと同時に、マリは恍惚とした表情と共に、眼を血走らせ、息を荒げ、その全てを少女へと向けている。
「ほう……」
アリスは表情を崩さずに、ローブから出てきた寝ぼけ眼の少女と、おかしくなったマリをじっと見つめる。
「ジーナ、向かいの女の子に挨拶をしてください」
マリは興奮しながらも声のトーンは変えずに、淡々と指示を出す。ジーナと呼ばれた少女は、マリの方を一瞥もせずに欠伸を一つ。
「んー、こんにちは……ジーナです」
夢うつつといった状態のジーナは、マリに言われた事に何の抵抗もせず素直に従い、首をぺこりと垂らす。
アリスも伝わっているかは定かではないが、優しく微笑みながら会釈を返す。
「はい、とっても良い子です。起こしてごめんなさい、着くのはもう少し後です、また寝てて良いですよ」
相変わらず、マリは頬を紅潮させたまま、平静を装いながらジーナと会話を続ける。
「はぁーい……お母さん、ぎゅー」
「アッ……」
ローブの中に潜る様に入っていていったジーナに抱きつかれた拍子に、マリは自身の内側から溢れ出るものに抗えず、ビクビクと体を痙攣させた。
「はぁ……はぁ……よしよし……良い子は……お昼寝しましょうね!」
マリのこの上なく幸せそうな顔は、アリスをドン引きさせるのには十分だった。
「……色々衝撃的過ぎて何から触れていいやら分からない」
ぐちゃぐちゃになったローブと息を整えて、再び大柄な湿った目つきの女性へと戻ると、不満気な表情でアリスを睨みつける。
「これで満足ですか? 全く、レディーのローブの中を覗いて喜ぶなんて、魔女としての神経を疑いますよ」
マリは、心の底からの軽蔑の目をアリスに向けている。
「いや、人聞きの悪い事を言うな! しかも喜んでたのあんただろ! というか盛大に悦んでたよね、完全に良い気分になってたよね!? 何でオイラが悪者扱い!?」
「そうやってすぐ人のせいにするんですね」
「いや人のせいにしてるのもあんた!!」
マリは、箒の上で騒ぎ散らすアリスを冷え切った視線で一閃する。
本気でアリスを邪険にしているその目を察したのか、アリスは知らず知らずに前のめりになっていた姿勢を正し、一呼吸置いてから話を再開する。
「コホン、まぁいい、それよりあの娘、ジーナと言ったか? あんたの事をお母さんと呼んでいたが、そんな呼び方をさせてどうする気だ? 後継者にするには逆効果な気がするが、もしかしてあんた特殊性癖の持ち主か?」
アリスの問いにマリは顔をしかめた。
「何を言っているんです? 子供が母親の事をお母さんと呼ぶ事に何の不思議があるというんです?」
「……本気で言っているのか?」
驚嘆の表情を浮かべるアリスに対し、マリは飄々と言い放つ。さも自分は常識を口にしているかの様に、滑らかに、ナチュラルにアリスを小馬鹿にしていく。
「この子は私の娘です。どうやらアリスさんがわざわざ私の所まで出向いて知りたかった事は、ローブの中身というよりも、私とこの子の関係性の様ですね。でも残念、私はこの子の母親で、この子は私の娘です。貴女達サバトの脅威になり得る様な存在では決してありませんよ。無駄足でしたね」
今度はマリがドヤ顔でアリスの事を見つめ返している。
相手を舐めきった上目遣いと右端だけ上がった口角は、大層見る者の怒りを誘う事だろう。
しかし、アリスはそれに応じず、興味深そうにマリとローブに交互に視線を向けている。
「……目的は何だ?」
アリスの目は打って変わって真剣な眼差しで、マリの瞳をじっと捉えて離さない。
今度はマリが、アリスの真剣な表情に対し、呼応する様に煽るのをやめた。
「娘を育てるのに目的が要りますか? それが母親というものでしょう?」
理解し難い質問を真剣な眼差しでしてくるアリスに少し苛立ちを覚えたのか、澄んだ空気が突如としてピンと張り詰める。
先程とは打って変わって、魔女同士の視線がぶつかり合う、正に一触即発の状況。
重たい空気の中、ゆっくりと先に口を開いたのはアリスの方だった。
「……質問を変えよう、今のは聞き方が悪かった。マリ、正直に言うとあんたの考えている通り、幼い女の子を連れている事は知っていた。サバトのメンバーは様々な所に居てな、隻眼の魔女が幼い人の娘を連れてコソコソと何かをしている、という情報がちらほら浮かんできてな、だからオイラが調査に来たというわけだ。なーに、今すぐ取って食おうなんて思っちゃいないさ、そんなにサバトは乱暴な組織じゃない。まぁ、魔女に仇なす存在なら別だったがな」
そういうと、アリスは独特の笑い声を張り詰めた空気に吐き捨てた。
「なら、もう私に用事は無いという事でよろしいですか? 先を急いでいるのでこれで失礼します」
「質問を変えると言ったはずだろう、勝手に去るのは許さない」
「……!」
幼女から出たとは思えない様な、穏やかな口調とは裏腹に気迫のこもったその一声は、張り詰めた空気を一気に震わせ、マリの体全てを瞬時に包み込む。
その一言は、まるで牡山羊が後脚で立ち上がり、威嚇をするかの様な、力強いプレッシャーをマリに与え、その場に留まらせるのに十分な効力を放つ。
「今オイラが受け持っている仕事は確かに完了した。だが、あんたの目的次第ではオイラは身の振り方を考えなければいけないんだ。質問に答えるんだ、どうして娘を連れている? その娘を育てた先に何を見る? お前が今やろうとしている事は何だ?」
矢継ぎ早に飛ぶ質問に対してもマリの表情は一切変わらず、アリスに対して迷惑そうな顔を向け続ける。
しかし、溜息を一つついたその刹那、アリスは、その霞んだ瞳の奥に宝石の原石の様な鈍い光を見た。それはこの先全てを燃やし尽くさんと虎視眈々と狙う火種の様な赤く妖艶な光だった。
「私はこの子の平穏な生活の為、幸せの為、この命を使います。その為に――」
マリは愛おしそうにローブを優しく撫でる。
二本の箒の間を強く風が吹き抜けた。
艶やかな二色の髪は陽の光を受けて、宝石の様にキラキラと輝き出す。
「私はこの世界から魔女狩りを全て無くします」
その瞳は、打ち鍛えられた一振りの剣の如き真っ直ぐな気迫を生み、先程までのアリスのプレッシャーを全て切り裂いた。
空気の中をブレずに真っ直ぐと突き進むその視線を、肌身から直接触れたアリスは、身体に何かが走った様な、震えが頭から爪先まで一閃していくのを感じた。
その震えは、マリの瞳の炎が乗り移ったかの様にアリスの身体を内側から熱くさせる。
「ガハ……ガハハ! ガハハハハ! 魔女が一人の娘の為に世界の全ての魔女狩りを終わらせるだって? 魔女狩りなんて名ばかりの百年近くも続く同族同士の大虐殺を、魔女のあんたがか? ガハハ……最高だ! 最高だよ! マリ!」
突如として、ネジが外れた様に笑い出すアリス。
しかし、その目は爛々と、どこか希望に満ちた前向きな光を放っている。
「……そりゃどうも」
持続力が短いのか、はたまた毒気が抜かれたのか、マリの瞳は通常通りの霞んだだけの瞳に逆戻りしていた。
「決めた! マリ、あんたをオイラの監視下に置く事にする! 個人的に興味が湧きすぎた、あんたのやるべき事を全て監視させてもらう!」
「……それは越権行為では? 私は認めませんよ?」
面倒な事になった。言わずともマリの顔は、そういった解釈しか出来ないような、あからさまな不機嫌さで満ち満ちていた。
「なーに、サバトの仕事として、この先何をしでかすか分からない要注意人物とでもしておけば理屈は通るさ。それに、魔女狩りは必ずしも魔女に害が無いわけでは無いしな、無くしてくれるのであればそれに越した事はないだろう。後、マリに認められなくても付いて行くから安心してくれ」
アリスは満面の笑みを浮かべている。
「というわけでよろしく、よーちゅーいじんぶつさん」
アリスは箒から手を離し、スカートの裾をつまみ上げ会釈をする。
「…………」
マリは、まるで屍の様に一切の返事をする事なく、その仕草をただただ恨めしそうに睨みつけていた。
アリスはそんなマリに構うこともなく、話を続ける。
「そういえば、魔女狩りを止めると息巻いていたが、今真下で起こっているあの魔女狩りは止めんで良いのか?」
穏やかな風が吹く上空とは打って変わって、魔女二人が話をしている間に、村人達はせっせと女性の下に敷いた藁に火を起こし終え、今にも飢えた炎が女性を食い尽くそうと猛威を奮っている最中だった。
「いやぁ! お願いぃ! まだ死にたくないぃ!」
悲鳴は遠く魔女二人にまで、主人のピンチを克明に伝えてきた。
「……あれはもう手遅れですね、運が無かったという事で」
「えぇ! 嘘だろ!? さっきの情熱はどこに行ったんだ! 魔女狩りを止めると言い切ったからには、あぁいうのも止めないといけないんじゃないのか!?」
矛盾に溢れるマリの言葉に、アリスは動揺が隠しきれない。
「私はこの子の幸せの為に魔女狩りを止めると言ったんです。あんな集団ヒステリーの最たるものみたいなのに首を突っ込んだらむしろこの子が危うい、そんなものは本末転倒です」
マリは、顔色一つ変えずに箒を反転し、その場から立ち去ろうとする。
「…………」
それを黙って見ていたアリスは、まるで何かに気が付いた様にニヤリと口角をあげた。
「そんな事言って、本当は人の前に顔を出すのが怖いんじゃないのか? 上手く救えずに、魔女狩りの餌になるのが怖いんじゃないのか?」
アリスはマリをわざとらしい言い方でけしかける。
マリは、ピクリと肩を揺らし、箒を止めた。
「私がそんなに弱そうに見えますか?」
「あぁ、見えるね、やっぱり監視なんか要らないかもなー、あんな魔女狩り一つ救えない魔女なんて、監視してもしょうがないかもなぁ?」
チラチラとマリの方を確認しながら嫌みたらしく言葉を投げかける。
「なら、アリスさんも弱いんですね」
「……何故そうなる?」
マリは打って変わって不敵な笑みを浮かべた。
「だってそうでしょう? 弱そうに見える私に、わざわざあなたが送り込まれたんですから、貴女も相当脆弱な魔女だという事になりますよねぇ? そんな方に監視されててもすぐに逃げ切れますし、監視なんて大層な言葉使わずに追従とかにしておいた方がいいんじゃないですか? 犬の様に私の後をキャンキャンと付いて回って来ればよろしい。なんならお手の為に手を貸してあげても良いですけどね?」
マリはこれでもかとアリスを見下した目で睨みつける。
そうこうしている間に、磔台に沿って火の手が彼女の足首に掴みかかろうとしていた。
「オイラが……弱いだと……? 犬の様にだぁ……?」
どうやらマリの言葉はアリスの琴線に触れた様だった。
肩を小さく震わせながら、口を一文字にし、ぐっと噛み締めている。
「上等だ、オイラはあんたと違って強いんだ! ちょうど良い機会だ、こういうのはなめられない様にするには初めが肝心なんだよ、オイラは知ってる。だから証明してやろう」
「ほう? ではどうやって? さすがにあの女性を今から助けるなんて事は出来ないですよね?」
嘲笑を浮かべるマリに対し、アリスは待ってましたとばかりにニヤリと口角を持ち上げる。
「ふふん! そんな事造作もない! マリには出来んだろうが私には出来る! 見せてやろう!」
そう言うと、アリスは箒を調整し真っ直ぐ磔台の方へ照準を合わせるや否や、マリの目の前から瞬間的に消え失せた。
(やはり見えない……)
マリは、アリスを見失って地面に目をやると、そこには誰も括り付けられていない大きな十字の木の棒が燃やされているただの焚き火と、それを見て何が起きたか分からずにフリーズしている村人達の姿があった。
「何か特別な能力を使っている気配は無かったという事は、純粋な飛行性能だけであれだけ素早く正確に飛べるという事ですか……もしかして彼女……」
マリは眉間に皺を寄せる。
「まぁ、思っていた以上にすごい事は確かです。そしてとてもお人好しで扱い易い、上手く利用……もとい、共存出来そうです」
目の前に起きた事実を理解したのか、村人達は一斉に武器を構え、四方八方を警戒し始める。
「それにしても、アリスさんももう少し頭を回して貰いたいものです。仮に私があの女性を助けたとしても、魔女だと言われ人間の世界から追放されるのは明白な上、私はアリスさんみたいに後ろ盾がない故に易々と引き取る事も出来ないんですから……」
マリは、ローブの中に手を突っ込み、数枚の紙を取り出し、上の方から、横に向かって指をなぞりはじめた。
すると、マリの指が通った後には、焼け焦げた様な痕で文字が刻まれていた。
『この女はオイラが貰っていく。殺そうとしたお前達より余程有意義に使ってやろう。これからお前達がまた誰かを殺そうとする度に、オイラはその者を貰っていく、糧とするも良い、同胞とするのも良いな。それが嫌なら魔女狩りを止めるがいい、それでももし、魔女を見つけたければ、魔女狩りのやり方を変えるがいい、己の命を懸けて相手と契約を結べ、それを相手が受け入れた時、最小限の死で目的は果たされる。 分かったか? 分かったよね? ガハハ、アリスより』
マリは、書き終えた文を見てじっくりと精査していく。
「こんなもんでしょうか?」
他の紙も同様に指でなぞり、全ての文字を書き終えると、空に紙を放り投げ指揮棒を振る様に指を磔台に向けた。
すると、無造作に舞っていた紙達が、意思を持ったかのように、槍のように細く鋭い形に変形し、一直線に磔台の方に向かって猛スピードで突進し、地面に突き刺さった。
当然周囲を警戒していた人々はすぐその紙に気付き、わらわらと群がるように紙に吸い寄せられていく。
「これでよし……少しはましになってくれると良いですね」
マリは小さく微笑んだ。
「ガハハ! どうだ! 救ってやったぞ!」
灰色の長髪を風にきらきらと靡かせながら、また突如として豪快な笑い声をあげて現れた幼女。
瞬間的に現れるアリスに慣れないのか、ぴくりと肩を小さく震わせる。
「いやぁ、恐れ入りました。さっきの言葉は撤回しましょう、アリスさん、あなたは私なんかよりずっと凄いですね、これじゃあ監視に就くと言われても逆らえません」
マリは大きな体を揺らしながら、肩をすくませてアリスに降伏の意を伝える。
「そうだろう、そうだろう、それじゃあこれからしっかりとお前の行く末を見させてもらうとするかね! よろしく! マリ!」
アリスは、ゆっくりと箒をマリに近づけ、手を伸ばす。
「えぇ、まぁ、不本意ですが、よろしくお願いします」
マリは箒の上から手を伸ばし、アリスの手の甲に、自分の手の甲を軽く当てると、手を引っ込めて箒を操作し、目的の場所へと、箒を進めた。
「あっ、一つ言い忘れてたけど、多分オイラの方が年上だから敬意を払うのを忘れるなよ」
「……ババァなんですか?」
「人の話聞いてた? 敬意どこに落としちゃったの? ねぇ?」
「あぁ、すいません、ついしっかり本音が出ちゃいました」
「しっかりって何! 確信犯じゃないか!」
軽妙なやりとりをしながら、二人はゆっくりと箒の速度を合わせて、横並びで飛んでいく。
凛と澄み切った青空は、今も優しく全てを眺めている。
燃え尽きる磔台に、何事も無かったかのように仕事に戻る村人達、そして、誰にも気づかれないようひっそりと地面へと写し込む二つの影。
世界の魔女狩りを無くす為、二人の魔女は今道を共に歩み出す。
大空を箒と共に闊歩し、いつか世界を磔台から下ろす事を夢見て。
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