第3話

 自ら「負けヒロイン」となることで宇宙の摂理を変革してからすぐに気づいたことが2つあります。1つ、宇宙というものは幾千幾億と存在し、それぞれの宇宙に「正妻」「負けヒロイン」「モブ」がのさばっているということ。2つ、そのうち「正妻」「モブ」ばかりが人気で「負けヒロイン」の人材が著しく不足しており、少数の人間の手によって複数宇宙の「負けヒロイン」を”兼務”しているということ。


「正妻」が人気なのは理解できますが、なぜ「モブ」が「負けヒロイン」よりも人気なのでしょうか?


「14の君にはわからないだろう」


 「負けヒロイン」達が集う(といっても2人しかいませんが)、宇宙のはざまに位置する灯りのない洞窟で、私はいつも先輩の「負けヒロイン」にそう諭されます。私はそのたび、なるほど自分にはやはり年の功が足らぬのだ、と思い直します。若輩不肖私としては、せっかく「モブ」を脱却できたのですから、たとえ「負けヒロイン」だとしても誇りに思い、たとえトゥルールートに行けぬとしてもその入り口に立つ資格を有したことを僥倖に感じ、立場をまっとうするのが道理でございます。


「さて、先ほども教えたとおり「負けヒロイン」の人手不足は深刻さを増している。2000年代前半にはそこそこ人気だったのだが、「負け」の仕方が甚だしくワンパターンであることが知られてしまって、たまに優秀な「負けヒロイン」が来たと思えばそういう輩にかぎって大した資質もない癖に向上心がストップ高なもんだから、永遠に錯覚しつづけてハリボテの「正妻」を演じる道か、挫折して「モブ」へと堕す道へ転げていく。「負けヒロイン」の不人気はそのように悪化の一途だ。

 誤解を招く表現を使えば、プライド屋の高学歴が地方公務員になりたがらないようなものだな」


 なるほど、よくわかりませんが「負けヒロイン」とは地方公務員なのですね。


「しかしお前は珍しく、「正妻」にも「モブ」にもならず、「負けヒロイン」としてやっていけそうな人材だ。592746510925719826年「負けヒロイン」をやってきたがお前のようなのは初めてだ」


 なるほど、「負けヒロイン」は宇宙創成より前から居たのですね。創世記に記述がなかったので存じ上げぬことをお許しください。


「負けヒロインの仕事だが、きわめて簡単だ、宇宙の摂理が示すままにその宇宙の「負けヒロイン」を演じてやればよい。

 加えて、とはいっても無数に存在する宇宙を2人で切り盛りするのにも限界があるから、宇宙の仕分けも同時に担わないとだな。古びた2000年代前半の論理で回る宇宙は贅肉でしかないから、消してしまうんだ」


 宇宙を消す?そんなことが私たちにできるのですか。


「簡単だ。その宇宙の「負けヒロイン」を放棄してやればいい。「負けヒロイン」を失った宇宙は闘争の世界となり、じきに摂理が乱れ、そしてオワコンとなっていく」


 成程……宇宙をオワったコンテンツにできるのですね。


 はてさて、先輩が私のなにどこを評価してくださっているのか皆目見当がつきませんが、しかしかくも手放しに褒められるのもなかなか経験がありませんで、14の私には刺激が強うございます。私のように”普通に”勝ってきた「モブ」というのは、みなさまも心当たりがあるかと存じますが全然まったく褒められません。

 若輩ながら分析するところによると、大人は褒めるという営みを通じて物語を消費したいだけなのです。トゥルールートを見たいだけなのです。そんな彼らにとって「モブ」など眼中になく、「負けヒロイン」も一部の酔狂に逆張りされるほかございません。

 であるとやはり「正妻」になってみたいものですが、尊敬する父親のポーションですら叶わなかった夢を未だ追うほど向上心があるわけでもございません。さすると私は「負けヒロイン」向きなのでしょうか。


 そういうわけで100万年間、現実世界をはるかに超える「宇宙の摂理」に基づくようになり、時空のしがらみから解き放たれた私は、数え切れぬほどの「負けヒロイン」を経験し、幾億の宇宙をオワコンにしてきてまいりました。


 はじめは様々な宇宙における「負けヒロイン」に成り代わる職務を、さながら世界旅行のごとく呑気に楽しんでおりましたが、次第にいらいらすることもございました。

 かの先輩よりご教授いただいたように「負け」の仕方がワンパターンであること、これは私にとってどうでもよいのです。ワンパターンほど楽なことはございませんから。

 ああ、参考までに私の把握できた限りでのパターンを列挙いたしますので、今後「負けヒロイン」をキャリアプランの一部と志そうみなさまは何卒ご査収くださいませ。


・夏をモチーフにした宇宙では幼なじみは絶対勝てない、というのもひと夏の迷いにまさるものはないから。


・逆に冬をモチーフにした宇宙では幼なじみに勝機がある、逆にこの場合の「負けヒロイン」は委員長である。というのも委員長が最も輝く「文化祭」が物語序盤に配置されることが多く、せっかく稼いだ好感度も尻すぼみになるから。


・紫髪を見たら負けヒロインと思え


・トゥルールートはあくまでアドオンであるべきなのに、ノーマルルートで何も語らず解決しようとしない宇宙は駄作であり、「負けヒロイン」を演じてやる義理はない。


などなど…




 さて、幾億の宇宙を旅し、記憶も混濁としてきた私にとって、もはや現実世界のあらゆる論理が矮小なものと見え、森羅万象が誤差と化しました。そんな私ですらいらいらするようになりましたのは、ある日、先輩「負けヒロイン」が「正妻」を目指す道すがら、「モブ」へと堕していったことに起因します。誤解を招く表現を使えば、地方公務員が30半ばになってITスタートアップを立ち上げるも、自分の会社を持ちたいという野望ばかり先走り、事業構想は空洞で、スタートがゴールとなってしまった故に敗北を喫したといったところでしょう。


 ああ、先輩のなんと愚かなことか。私はかれのせいで、無数に存在する宇宙をたったひとり束ねる「負けヒロイン」となってしまったのです。

 私は「正妻」にも「モブ」にも身を移すことができなくなりました。そんなことをしたら無数に存在する宇宙すべてが「負けヒロイン」を失い、摂理が乱れ、私もろともオワコンとなってしまうからです。








 そんなわけで、この手記をお読みのみなさまにお願いでございます。



 私といっしょに「負けヒロイン」をやりませんか?



 厚生年金、健康保険、介護保険、雇用保険は未加入、昇給賞与退職金なし、交通費家賃補助なし、そのようにアットホームな職場でございます。



 100億年の時をへて一人ぼっちになってしまった私を、どうかお助けください。

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