第7話 世界を救いたいときの対処法

「いやね、面白くってさぁ。僕のいない間、全然進捗無かったんだなって。」


 カズキは、わざとらしく肩をすくめて見せた。

 会場全体の怒りのボルテージが、異常なまでに跳ね上がるのを、肌で感じる。


 そうだ。

 注目しろ。


 今から見せてやる。

 たかが人間の、特級の話術を。


「アモンてめェ……何ふざけたことを――」

「はい六十億!!」

「?!」


 乗怒りのあまり身を乗り出したバルバトスの鼻先に、人差し指を指を突き立てる。

 その謎の迫力に、彼は思わず椅子に押し戻された。


「人間の数だよ。六十億人。アリは百匹でも百万匹でもやることは変わんないんだったな。六十億匹でもそうかい?」

「ば……馬鹿な。」


 すぐ横のアルガスが、困惑を隠しきれない様相で立ち上がる。


「か、数の問題ではない。奴らは戦闘能力が――」

「はいダウト!!」

「だ、ダウト……?!」


 踵を返し、アルガスにも人差し指を突き立てる。

 彼は動揺でよろけ、円卓に片手をついた。


「そもそも比較対象が違うのよ。奴らのヤバいのは開発能力! 大陸を破壊できる兵器、国を壊滅させる兵器、世界を壊せる兵器! そういうの計算にいれた?」


 早口でまくしたてながら、つかつかと歩み寄る。

 アルガスは押し返されるようによろよろと後ずさり、椅子に崩れ落ちた。


「し、しかし……そんなものがあれば、すぐに見つかるはずでは……。」

「そら今は使ってないからな。」

「は?」


 目の前に両手を突き出し、ぴたりと手を合わせてから、固く握って見せる。


「あまりにも強すぎるってんで、封印してるワケよ。魔界にもあるだろ?そういうの。」


 会議室全体がざわついた。

 各々顔を見合わせ、息を飲む。


 この反応、やはり魔界にもあるのだ。

 ヤバすぎて封印されている、そういう何かが。

 問題はそれが何かじゃない。そういうものが人間界にあるとしたら、どうだ。


「ま、もし悪魔が相手なら……封印大解放、在庫一掃セールだろうね。」


 先ほどの握った手で爆発の仕草をし、わざとらしく肩を落とす。

 しばらく皆、無言になった。



「で、デタラメだ……。」


 一拍置いて、バルバトスが怒りに震えた声を出す。


「聞いたことない話ばかりじゃねぇか! 全部お前の作り話じゃねぇのか?! あぁ?!」


 椅子を後ろに蹴り倒し、こちらに掴みかかろうと動くバルバトス。

 

 しかしその手が届く一瞬前に、その手を、宙に浮く一本の剣が止めた。


「あぁ?! 邪魔すんなエリゴール!!」

「落ち着け。そいつが言ってることは……嘘じゃない。」

「なんっ……?!」


 剣の悪魔……エリゴールと呼ばれた彼は、宙に浮いた剣をさやに収め、こちらを睨みつけた。


「兵器は僕の管轄だ。確かに、人間界には強力すぎて、封印されている兵器がある。内容はまだ把握しきれてないがな。」


 攻撃を止めてくれはしたものの、彼はアモンが嫌いらしい。

 軽蔑の視線をありありと感じる。


「……ついでに……最近の飛行部隊から……予想を遥かに上回る大陸が見つかっていると……報告を受けている……。全てに人間がいるとすると……六十億もあり得ない数字では……ない。」


 付け足すように、ベレトもつぶやく。

 バルバトスはばつが悪そうに顔をゆがめ、叩きつけるように椅子に戻った。


 場の空気は最悪だが、アモンの言葉の信憑性もまた、最高潮に達していた。


 意を決し、体中の力をふり絞り、最後の言葉を紡ぎだす。



「まぁ、信じる信じないは勝手だけどね。みんな僕の能力は知ってるでしょ。」


 完全に人間になりきり、顔をいくつも使い分ける。

 この力のすごさは、僕はここに来るまで、嫌というほど実感していた。



 誰も、反論しなかった。

 できなかったのだ。


 カズキは、両手を振り上げ、今までで一番の声を張り上げた。

 

「力を測り間違えて、調査もせず、慢心して、それで勝てると思ってるなら! まぁ、いいんじゃない? やってみれば! 俺の隊じゃないしね!!」


 それだけ言い終えた後、静かに自分の席へ戻り、椅子に座った。


 静かだった。



「……人間界の侵略は、当分の間、持ち越しとする。」


 数十秒の沈黙の後、最初に響いたのは、やはり、バエルの厳格な声だった。


 皆の顔が一斉に上がる。


「ま、待てよバエル、アモンの言うことなんざ……」

「穿き違えるなッッ!!」


 バルバトスの言葉を待たずして、バエルの怒声が響き渡った。

 まるで雷にでも打たれたような衝撃に、硬直以外の挙動が許されない。それはおそらく、他の悪魔たちも同じだった。


「我々は、魔界にとって……常に、常に最良の選択をせねばならん。私情を挟むことは許されん。心は捨て、大局を見よ。」


 再び、静寂があった。

 もう誰も、異議を顔に出すことすら、しなかった。



「各々、調べることができたはずだな。この会合は一時、解散とする。」


 バエルの言葉を皮切りに、悪魔達は次々に退出していった。

 その多くがこちらを睨みつけていたが、もはや気にはならなかった。



 特級会合を、生き抜いたのだ。


 緊張と不安は無くなってはいなかったが、それを上回る達成感が、胸に満ちていた。



「アモン!何してんの、行くわよ!」


 気づくと会議室には自分しかおらず、外ではリリスとシュトリ、そしてベレトがこちらを待っていた。


 カズキは小走りで扉に向かい――。


「あぁ、ごめ……んごっ?!」


 ――そして、謎の電撃のようなものにより、内側にはじき返された。


「まーたバカやって。色々聞きたいこともあるんだから、早く行くわよ。」

「……え?」


 困惑した表情のカズキを見て、リリスは大きくため息をついた。


「まさか忘れたの?そこ古い部屋だから、悪魔以外出られない結界が張ってあんだってば。早く魔力隠蔽解きなさいよ。」



 まさか。


 ここまできて。


 完全に、詰んだかも……知れない。

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