第6話 注目されてはいけないときの対処法

 ゴエティア城塞最深部、中央会議室。

 そのドーム状の天井は8つの柱によって支えられており、そのぞれぞれに異なる動物を模った彫刻が施されている。

 部屋の中央には巨大な鳥カゴ状のランタンが吊り下げられており、その中でごうごうと燃える深紅の炎が、部屋全体を血のように赤く照らしていた。


 中央には巨大な円卓が置かれており、その周囲に置かれた8つの椅子には、それぞれ特級悪魔が、それぞれの姿勢で腰かけていた。


 いや、正確には――悪魔は7人で、あろうことか、1人は人間だった。



 恐らく史上初、悪魔として席に着いた人間、カズキは、静かに顔の前で手を組み、軽く目を瞑った。

 その姿こそ堂々としたものだったが、内心ではもはやパニックを通り越し、虚無の世界に突入しつつあった。


 とにかく、極力目立たないよう、空気のように振舞って、何事もなく会議を終える。

 これが唯一無二の目標だ。


 大丈夫、8人は決して多くはないが、会議をする上では、とりわけ少ない人数というわけでもない。

 何も発せず、妙な動きをせず、注目を集めさえしなければ、やり過ごせる可能性はある。


 頼む、誰も……こちらに構わないでくれ……!!



「ハッ、アモン、今回は逃げずにきやがったかよ。」

「いまさら来ても、時すでに遅しというものだがな。」

「……。」


 そんな祈りもむなしく、先に座っていた3人の悪魔の視線が突き刺さる。


 まぁそうなるよねー。

 5回もズル休みしてたヤツがようやく来たら、だれでも注目するよね。僕でもする。


 このアモンという適当な性格の悪魔のおかげでここまで生き残ってきたわけだが、はっきり言って損をしている気しかしない。



「無駄話は、慎め。」


 他の悪魔も口を開きかけていたが、議長……バエルが杖を突き鳴らすと、ホール内はしんと静まり返った。


 カズキは一人、ほっと胸を撫でおろした。



「時間も限られている。早速本題に入るとしよう。人間界への侵略について、だ。」


 場内が一瞬、ざわついた気がした。

 撫でおろした胸は、再び跳ね上がった。


「バエル議長……それよりも先に、『侵略を行うか』の議論が必要では?」


 すこし間を置いて、シュトリが口を挟む。


「ハッ……それじゃキリがねぇって言ってんだよ。」

「ちょっと、バルバトスには聞いてないでしょ。黙ってなさいよ。」

「黙るべきはお前だろ、リリス。人間界の調査もさっぱり進んでないんだろうが。」

「す、進んではいるわよ。ただ、まだ時間がかかるってだけで……!」

「バルバトス殿の言うとおりだ。では聞くが、何がわかれば結論が出せるのだ?」

「そ……それは。」


 二人の悪魔に詰め寄られ、リリスは口ごもった。

 明らかに、形勢は『強行派』側に傾いていた。


「そもそも慎重になりすぎなんだよォ。人間は見た目こそ俺たちの変化にそっくりだが、空も飛べなきゃ魔法も使えん。なんでこんなのに慎重になってんのか、理解に苦しむね。」

「上級悪魔であれば、山一つ消し飛ばすくらい造作もない。我がアレガス隊とバルバトス隊を合わせれば、上級兵が2000以上もいるのだ。何を恐れることがある?」


 上級悪魔は、山一つを消し飛ばすほどの力がある―—。

 そんな悪魔が、近くに現れたら?

 人は?街は?国は?


 ——世界は?


 カズキの背筋に、今までとは違う、冷たい感覚が走った。



「……ですが、人間たちについて、分かっていないことが多いのも事実です。私たちは、その数すら把握できていません。」

「だーから、数を把握してどうすんだよ。アリが100匹だろうが100万匹だろうが、やることは変わらん。潰すしかねぇだろ!!」


 バルバトスと思われる巨体の悪魔が、円卓に拳を振り下ろす。


 それからしばらく、無言の時間が続いた。


 静かに口を開けたのは、バエルだった。

 皆、彼の言葉を待っているようでもあった。


「……リリス。シュトリ。お主らの心配も、熟知しておる。」

「だったら……!」

「しかし、いつまでも手をこまねいている訳にも行かぬのも、また事実。人間界とこちら側の行き来が可能になったということは、向こうからこちらに攻め込む方法もあるやも知れぬ。」

「……う。」

「……。」


 リリスとシュトリは、乗り出していた身を椅子の背に戻し、静かに目を伏せた。

 バルバトスとアルガスと思わしき二人の悪魔は、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


 目の前で、とてつもない決定が下されようとしている。

 しかし、自分に何ができるだろう。


 たかが人間一人に。



「……それでは、改めて、人間界への侵略について――」


「ぷっ……くくく。ハハッ!!」


 静寂で満たされていたドームに、突如、笑い声が響いた。

 全員の視線が、その一点に集まる。


 それぞれが驚きの表情を浮かべている。


 わずかな間、ドームは再び静寂に包まれた。


「何の……つもりだ、事と次第によっては、ただでは済まさんぞ……?」


 静寂を裂くように、バエルの静かな、しかし確実に怒りを含んだ声が、低く響いた。

 他は誰一人、口を開かない。



「弁明を申せ……アモンよ。」



 カズキは静かに息を吐き、拳を握りしめ、立ち上がった。



 ――目標を変更する。


 僕らの世界は、詰ませない。

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