第5話 汚染された地上 笑顔の価値


「みんな、 準備はいいか?」


いつもの朝の号令をかけていたアルドはメンバー全員に問いかけた。

そして、みんな力強く頷いた。全員の意志は固く揃っていた。少年の父親の無事を確認すると。


今日の天気は曇り。アンガルではそう珍しくないことだが、晴れれば晴れで毒ガスが発生しやすい環境なので天候としては一番いい条件だ。

集落の酒場でアルド達は軽食を済ますと宿屋に戻り、女将から「ローガ・リ・メード」という保存食を受け取った。これが今日の弁当になる。

準備の整った一同は昨日の父親の状態を確認すべく、家を目指した。


その道中、結果がどうなったのか気になるのか、それとも不安を払しょくしたいのか、メンバーはあまり目を合わせることなく家に到着した。



コン!コン! 失礼します!

ドアを叩き、そうアルドが声を掛けてドアを開けると、


椅子に座った状態の昨日にくらべれば別人のように元気になった父親の姿がそこにあった。


「あぁ・・・。」


「よかった・・・!」


それぞれが感嘆の意を漏らす。


「お兄さんたち、昨日は本当にありがとうございました!」


「ほら、 お兄さんにありがとうございましたって、 いうのよ!」


母親が息子に、諭すように優しくしかししっかりとした口調で言った。


「おにいちゃん、 昨日はありがとうございました!」


少年は後にかっこよかったですとも付け加えた。


「どういたしまして。」


「それでキキョウ、父親の容態はどうなんだ?」


アルドが先にこの家を訪れていたキキョウを目の端で確認してから聞くと、


「当面は大丈夫よ。 霊薬の効果がとてもよく効いてるみたい。 しばらく休んでリハビリもすれば歩けるようになるわ。」


とキキョウは答えた。

一同が安堵する。父親の方には無理してしゃべらないよう言ってあるらしい。

お大事に!とひとこと言ってから、一行は家の外に出た。


一行は晴れた空の下で作戦会議を始める。


「キキョウ、鬼族が独占しているというシロシハンタケはどこにあるんだ?」


アルドがそう問う。


「やっぱりその質問ね。 いいわ。 鬼どもは汚染抗に潜んでいる。 以前の一件以来、 今度は例のキノコを使って裏ルートで取引してる証拠をつかんだの。」


キキョウは前に起こった、時の夢の書の汚染抗での事件を思い出させた。


「あいつら、 ほんっとに懲りないわね。」


エイミが本気で怒りを募らせている。


「綺麗な顔がゆがんでみえるでござるよ。」


サイラスがその気迫に圧倒されたのか、半ば本音を出し切ったように思える。

ジロリ・・・とエイミの目がサイラスに向けられる。蛇に睨まれた蛙。いや、エイミに睨まれたサイラス、である。


「みんな、 準備はいいか? やつらのアジトを一気に叩くぞ!」


アルドがそう言うと、皆が思い思いに返事をした。

昨晩、汚染抗をターゲットに作戦を立てていた甲斐があった。

一行は汚染抗を目指した。



○○○



汚染抗の中、以前脱出するのに使用したルートが解放されたままになっているのを確認したアルド達は、エレベーターを使って一気に下層まで降りることができた。


「ん? 今度は誰が来たんだ?」


そう鬼族の見張り番が面倒くさそうに眼を開けるとそこには人間・・・いや、蛙?合成人間? よくわからないが緊急事態だということだけはわかったので、大声を上げた。


「おうおうおう、 こんなとこまでやってきちまったのかよう!」


鬼族たちが集まってくる。


「この程度のやつら、 コテンパンに殴ってやるんだから!」


エイミがそう意気込むと、


「責任者はどこだ。 話がしたい。」


アルドが前に出て鬼族と交渉を始めた。エイミは面をくらったような顔をしていた。

俺たちと交渉を持ちかけるとはいい度胸じゃねぇか。と鬼族の下っ端たちがざわついている間に、一回りか二回りくらいだろうか、下っ端たちより図体のでかいボスと思われる鬼族が現れた。


「俺が責任者だ。 要件はなんだ。」


敵のボスが話に応じるとアルドは


「お前たちがため込んでいる貴重な白いキノコを渡してほしい。 それも大量にだ。」


と言った。


「何の権利をもって例のキノコの譲渡を主張する?」


ボスは冷静にこう答えた。

アルドは、


「お前たちが私腹を肥やしてふんぞり返っているのを後ろから叩きのめす権利だ!」


アルドはそう叫ぶと、鬼たちの後方で密かに待機していた合成人間のヘレナが装備一式のフルバーストをお見舞いした。敵の視界が遮られている間にアルドが、エイミが、サイラスが、リィカが、後ろでフィーネが魔法で援護しながら、言葉通り鬼たちを一網打尽にした。


先に捕まえていた見張り番にキノコの隠し場所を吐かせると、一同はシロシハンタケの奪還に成功した。


地上に戻り、念のため汚染抗の入り口で待っていたキキョウにそのことを伝えると、キキョウはアンガルの動ける魔獣族たちを呼んできてくれた。

全員でシロシハンタケを運び終わった後、アンガルの魔獣族達の代表は


「アルドさん、皆さん、今回も助けていただきありがとうございました。」


「いつまでも助けてもらってばかりじゃ示しがつきませんから、この恩は必ず。」


といい、アルド達に感謝の意を述べた。

アンガルの現状を考えると正直自分達のことでせいいっぱいにみえるのだが、その力強い言葉にアルド達はこの魔獣たちの未来がこれから拓かれていくことを望んでやまなかった。


奪還したシロシハンタケの保管場所はアンガルの一部の者にしか伝えられず、主にキキョウがその施設を管理することになっている。これからもプリズマ汚染によって引き起こされる病に霊薬が使われることになるだろうが、当面はしのげることであろう。



一行が次元戦艦に乗り込み、現代に帰る途中。


「これで魔獣さんたちも元気で暮らせるかな。」


フィーネがそう言うと、


「あぁ、 しばらくは大丈夫だろう。 キキョウにキノコの管理を任せてあるしな。」


アルドは期待を込めてそう返す。


「あの少年の父親が元気になった姿も見に来たいな。」


ともアルドは言い、それにはメンバー全員が同意することとなった。


今回、アルド達が未来に来たのは結局、未来にシロシハンダケが自生している時点で現代において今後、シロシハンタケが絶滅するようなことはない。そう確認したようなものでもあった。


「ギルドナ達には、 またたびを大事に使うよう言っておかないとな。」


アルドは、魔獣のまたたびを好んで使う現代の魔獣族達を慮った。


「うん!」


そうフィーネが言うと、次元戦艦は目標を現代に定め時空の壁を超越するのであった。



○○○



現代。次元戦艦に乗って未来から現代に戻ってきたアルド達一行はギルドナとアルテナ、それに一緒にいたミュルスとヴァレスにも事のいきさつを説明した。


シロシハンダケは紫斑の部分が実は毒で、その成分がまたたびになっていたこと。古代に生えるシロシハンタケは毒性が強すぎてまたたびとしては利用できないこと。そして、現代においてシロシハンタケが取れなくなることはない、ということだった。


一通り説明を終えると、アルドが


「なんか腹が減ってきたな。」


と言い、


「腹が減っては戦はできぬ、 でござるが、 戦をすれば腹は減る。 でござる。」


サイラスが当たり前のようなちょっと言葉の妙をつかんだような文言を口にする。


「つまり、サイラスも腹が減ったんだな!」


アルドはそう笑う。


その笑顔を見たフィーネが、


「じゃあ、今度はバルオキーでアルテナやギルドナさん達にも料理をふるまってあげたいな。」


もちろん隠し味はなしで!と付け足すと、


「いいわね! フィーネの手料理、久しぶりに食べたくなっちゃった♪ お兄ちゃんも行こう?」


そうアルテナが提案する。ギルドナは一瞬考えたようだったが、すぐに頷いた。


ヴァレスとミュルスはお留守番をするそうで、名残惜しそうに一行を見送った。特にミュルスの方が。


アンガルの一件から、アルド達に目立った変化はないように見える。

しかし、そこには変わらぬ笑顔があった。その笑顔は自分たちが今まで旅をしてきた中で見て感じ、会得してきた笑顔だ。どんなに悲しいことがあろうと、アルド達の中で笑顔の価値は変わらない。その笑顔には希望・・・これからの未来が良くなるようにという願いが込められている。きっとあの少年の父親もまた目を開き、笑顔になれる。そういう、前向きな力が笑顔にはあると知っている。


どんな時でも、心の中では笑顔を忘れない。そんな言葉を胸に、一行はバルオキーを目指した。




○○○



グゥゥゥ・・・。


ここはバルオキー村長の家の中。


炊事場のカチャカチャという心地よい音の中でひと際大きな腹の音を鳴らす男の姿があった。


「フィーネ殿、そろそろでござるな! 我はもう我慢がならんでござる!」


と、人間でありながらカエルの姿をしたサイラスという男はわかりやすく食器をテーブルに立てて昼飯時を促している。


「ちょっとは待ちなさいよ。 サイラスには侍の矜持ってもんがないの?」


髪を横に一つ結びにした快活な美少女、エイミはその動きをたしなめる。


「フフフンフーン♪」


ご機嫌なアルテナ。寡黙なギルドナ。


名指しをされ、炊事場を切り盛りしているフィーネという少女は早々にその作業を終わらせようとしていた。


「まるで数日前に戻ったみたいだな!!」


アルドがそう言うと、アルテナとギルドナ以外の全員が目を見開き、そしてドッと笑い声が響いた。


「お兄ちゃん、 今度はギルドナさん達もいるんだからね!」


フィーネは両手いっぱいに抱えた大皿をテーブルに乗せるとアルドに向かってそう言い、手際よく料理を取り分けていく。


アルドはそうだなと笑顔を見せた後、全員に料理が行き渡ったことを確認するとせきを切ったように言った。


「みんな、 せーのっ」


「いただきます!」




おしまい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔獣のまたたび ましお @masashi0017

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ