そうして私は生きている。

 皆様へ。

 もう一度お手紙を書かせていただきました。


前略


 すべてをお話します。

 どうか、最後までお読みください。

 

 皆様が読まれた、あの釈然としない話は、すべて事実に基づいています。

 もちろん、脚色はしてありますが、私が2度も車に轢かれかけたこと、友人が目の前で事故に遭ったことなどはすべて事実です。そしてあの「何か」に出会ったことも、疑いようのない真実です。

 では、なぜ私があのような話を書いたのか。

 それは酷く単純明快で、それで、とても個人的な理由からです。


 まず、事実確認から始めていきます。

 私は、あの「何か」と関わってから、3度も死にかけています。

 すべて地元で起こったことですが、既に3回も、です。

 察しのいい方ならお気づきになるでしょう。


 まず1つ目の理由。

 ――私、次が4回目なんですよ。


 ホラー映画などで良く取り上げられる「4」という数字は、少なくとも皆様が日常生活を送る中でも、忌避される数字としての認識がなされているでしょう。それは端的に言えば「死」を連想するから。

 そうです。私、次は4回目なんです。

 3回もの前例があって、しかも3回目は友人が目の前で車に轢かれています。今でも忘れません。あのけたたましいブレーキ音。短いながらに身体がこわばって動けなくなるあの音。その音と入れ替わるようにして響いたボールが撥ね飛ばされるような音。友人が自転車ごと車に轢かれたあの音。

 知ってますか。

 人間って、案外軽いんですよ。それこそ、ボールが勢いよく壁にぶつかる時の音よりも、ずっとずっと柔らかいんです。それに、目の前の事故を認識するのには結構な時間がかかります。それもそのはずです。だって、普通の人は事故にあうことはないと思っているのですから。私だってそうでした。

 でも、事故って思わぬところで発生するのでしょう?

 だから、あの瞬間は何が起こったのかを理解するのに時間がかかりました。

 そして、一番不思議だったのは、外にいたはずの私が駆け寄るよりも早く、運転手が友人に駆け寄ったことです。普通は、すぐそばにいる私の方が早く駆け寄ることが出来るはずなのに、私は動けなかったんです。

 正直に話しましょう。私はきっと、心のどこかでこう思っていました。

 ――ああ、私じゃなくて良かった、と。



 ここまでのお話で、大抵の人は私を軽蔑したりするでしょう。

 そんなことわかっているのです。

 ですから、すべてをお話しすると決めたのです。



 2つ目の理由。こちらが重要です。

 あなたに「何か」について知ってほしかったんです。


 あの「何か」については、一切説明が出来ません。

 悪霊かもしれませんが、ここまで力の強い悪霊は存在するのでしょうか。

 ましてや、あの「何か」がいたのは「神様の場所」です。

 そんな場所に悪霊がいることはあるのでしょうか。

 そこまで考えると、あの「何か」は神様か何かだという結論に落ち着くのかもしれません。ですが、私はあの「何か」を神様だとは言えません。むしろ、神様であった場合、私はとんでもないことをしてしまっているのです。

 ですので、あの「何か」については、これ以上詮索などもしたくありません。


 ただわかっていることは、あの「何か」と出会ったことによって、声をかけたことによって、現在までのすべてがあるということです。そして、あの「何か」を忘れずにいることで、私はまだ生きているのだということです。


 だから、私はあなたに知ってほしかった。

 あの「何か」について。それが齎した事の顛末について。

 

 きっとあの「何か」は、私が生きている限り、私を見てくれているでしょう。

 翻せば、私が死ねば、きっと別の誰かに――。


 なので、この話を書きました。

 たとえ私が死んだとしても、あなたが覚えてくれていればいいのです。

 あなたが覚えてさえいれば、あの「何か」は忘れられることが無い。

 忘れられなければ、そして、あなたも「何かがいた」と信じてくれれば。

 ――生きていられる可能性が少し上がるんです。



 ちゃんと書いてありましたよね。

『最後の事故以来、私は「あそこで何かを見た」と自分に言い聞かせています。

 それ以来、私は事故にもあっていません。

 ならば、そうやって忘れずにいるしかないのです』


 だから、忘れずにいるしかないのです。

 しかし、人間は忘れやすい生き物。

 故に、この話を書くことによって、私はあの「何か」を此処に記しました。

 私が忘れないように。


 ――ここに来た誰かが、あの「何か」を覚えてくれるように。


 何を言っているのか、わかりませんか。

 ならば、はっきりと説明いたしましょう。


 最後に私はこう書いたんです。

『ごめんなさい。

 これは償いの話です。

 あの時見たものを忘れようとした私の。

 友人を巻き込んだ私の。

 そして、あなたまで巻き込もうとした私の。

 醜い人間の、償いの話です』


 まさか、友人が巻き込まれたのは偶然か不運だと思っていませんか。

 そんなはずないです。

 もしも、あの「何か」にそれほどの力があったなら。

 真っ先に狙われるのは私の家族なんですから。

 でも、私の家族は巻き込まれることはなかった。

 

 ――何故か。

 私、あの二人の友人に、話したんです。

 あの「何か」について。私が見たもの、感じたものすべてを。

 だから、「巻き込んでしまった」ではなく「巻き込んだ」なんですよ。

 まあ、今では疎遠になってしまったあの二人は、きっと忘れているでしょうけど。

 そして、私は家族には話さなかった。

 だから、今もあの「何か」を知っていると断言できるのは私だけでした。


 でも、何の問題もありません。

 ちょうど、あなたがあの話を読んでくれました。

 そう、あなたもあの友人達と同じになったんです。



 聞いてないなんて、知りません。

 だって、私ちゃんと謝っているんですから。

 『ごめんなさい。これは償いの話です』って。


 これは償いの話です。

 あの時見たものを忘れようとした私の償い。

 友人を巻き込んで生きようとした私の償い。

 そして、あなたまで巻き込んで生きようとする私の償い。

 醜い人間の、償いの話です。


 ここまで書いてようやくわかってくれるでしょうか。

 そう。これは償いの話。

 あの「何か」への、友人への、そしてあなたへの、償いの話。


 どうか、私を忘れないでください。

 忘れなければ、何も起こりません。

 たしかにそこにいたのだ、と認めてくれればいいのです。

 

 それではさようなら。

 お読みいただき、ありがとうございました。

 ごめんなさい。

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もしも、明日死ぬのなら。 星野 驟雨 @Tetsu

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