第64話 シンなる脳筋 "My God-Given Right"

■■まえがき■■

 今回のBGMは"Helloween"の"My God-Given Right"でお願いします!


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「これで終わりだ! 必殺、ベントオーバー・ローイング!」

 広背筋と僧帽筋に力をこめて、僕は、両手でヤツの顔を捕まえて全力で引きつける!


 僕の筋肉が唸りをあげて、驚異の牽引力を発揮する!

 


 ミチミチミチィッ!

 デューラスの首が引きちぎれるまでには至らない。

 もっとだ!


 さらに上腕三頭筋にも力を篭めて首を引き抜こうとする。


 懸命に耐えるヤツに対して、僕は意地でも立ち向かう。


 もう少しだ!

 僕はそう思って、死力を振り絞る。

 乳酸が溜まって、保持するのも困難になるが頑張りどころだなんだ!

 頑張れ頑張れ頑張れ、僕の筋肉!


 


 ふぅ。

 いきなり深く息を吐くと、ヤツはこぼした。


「なるほど。それではそろそろ終わりにさせてもらおう」

「なっ……!」


 突如として首の抵抗力が抜けて、ヤツの身体が僕に引っ付くかのように。



 いや、これは……!

 まさか。


「両手が伸びてきている……ッ!」

 僕の視界をヤツの両手が覆われた。

 視界が一瞬にして黒く染まる。




 侵。



 グチュグチュッ。

 両手の親指を僕の眼球に突っ込んで、かき回すようにしながら奥に侵入してきた! 


「これで終わりだ」

 そう言って、親指をさらに僕の脳髄に至らしめんとする。

 







 だが。

 その指はそこより奥に入ることはできなかった。


「な、なぜだ……」

 指が突如として鉄板のような硬いものに遮られたことに驚きを隠せなかったようだ。



「それはな……」

 僕は息を吸って、大声で怒鳴り返した。

「僕の脳味噌は筋肉で出来ているんだ! お前の貧弱な指筋などに砕けるものか!」

 


 僕の脳味噌は筋肉で出来ているから、力を篭めればカチカチになるのだ!

「残念だったな! これでもう逃げることはできないぞ! 人間をさんざん馬鹿にしたお前は、人間に屈するんだ!」

「いや、お前は既に人間やめてるだろ……」

 かすかに漏れてくるツッコミなど無視して、僕は本当に最後の攻撃にうつる。



 ここが正念場だ。

 極めきるしかない!


 僕は、ヤツの顔から両手を外した。

 


 僕が両手を外したことで余裕を取り戻したのか、ドューラスは再び体勢を立て直そうとするが……。

「ゆ、指が抜けないだと……ッ!」

 

 僕は眼輪筋に強烈に力をこめて、ヤツの両親指も挟み込んで固定した。

 これによって、腹筋による右脚の固定、僕の両膝による固定も加えると実に五点での押さえ込みが完成した。


 もう逃げられる心配はない。

 だから、僕は両手を外したのだ。


「極めるよ!」

 僕はフロントリラックスのポーズをとる。

 全てのボディービルディングの原点とでも呼ぶべきポーズ。

 その原初の姿勢に立ち返ることで、僕の心は初めて筋トレをしたときのような晴れやかな気持ちに包まれる。


「【マッスル・パンプアップ】!!!」

 僕は、三分限定で全ステータスを三倍に引き上げる筋肉魔法を使用した。



 その瞬間、神をも圧倒する僕のステータスが顕在化した。

 神すら凌駕する脳筋。

 この力を使って、今から僕はコイツを倒す!


「これは……いかん!」

 焦ったドューラスは、最後の一手を打った。

 死に物狂いという表現に相応しい悪鬼の形相を浮かべながら。






 噛。

 掴。



 全身の五点を固定されたドューラスが放った、最後の噛みつき。

 僕の顔面を狙って襲いかかってくるそれは、僕に届くことはなかった。


 僕は、再び両手でヤツの顔面を掴んだのだ。

 これから繰り出す、最後の裏のワークアウトのために。



「やっとだ……。これで終わりだぁああああああああああああああ!!!!」

 僕は固定している五点に力を篭めながら、広背筋と大胸筋に全力を注ぐ。

 

 もっとだ!

 もっと前鋸筋に力を篭めないと!


 僕はありったけの力を全身の筋肉に篭める。






「くらえ! プルオーバー!!!」


 手のひらで支えるようにして頭部を持つ両手。

 それを肘が外に開かないように注意しながら大きな円を描くようにして、僕は後背を反らせる。

 投げっぱなしジャーマンスープレックスと同等の遠心力が働く。

 







 抜。


「ギィィィィヤアアアアアア!!!!!」

 ブチブチブチブチィィィイ!!!

 

 とうとうヤツの首を引き抜けた。


 

「うわぁ!!」

 首を引き抜いた反動が一気にきて、僕は後方の床に大きく倒れこんでしまう。

 

「いたっ!」

 床に叩きつけられた衝撃に、僕は思わず呻いてしまう。

「あいたたた……」

 

 僕が床から身を起こそうとする僕に、こんな声が聞こえた。



 






――神殺しを達成しました――





(つづく。)

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