第63話 秘策 "Now Your Turn"
■■まえがき■■
今回のBGMは"Kelly SIMONZ"の"Now Your Turn"でお願いします!
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僕は全力で叫んだ。
「さぁ、反撃させてもらうぞ! 次は僕のターンだ!」
突。
僕はさっきよりも腰を低くして、一気に鋭く踏み込んでみる。
あわよくば両手で足を掬ってマウントポジションに持ち込みたいところだが……。
きっとうまくはいかないだろう。
蹴。
やはり、完全にタイミングをあわせたハイキックが再び頭部に向かって放たれた。
さきほど不意をくらった鋭く重い蹴りだ。
だが、蹴りが飛んでくることが分かっていたら……そして、一度見て眼筋が慣れた今ならば、なんということはない!
「トライセプス・イクステンション!」
僕は、上腕三頭筋を大きく伸張させて左腕を横に大きく伸ばす。
バキィッ!
襲い掛かってくる蹴り技が、僕の拳によって弾かれた。
あまりの蹴りの威力にキックを払った拳にジンジンと痺れる。
「ぐぅ……!」
「なるほど! そう来るか!」
僕の拳の骨は砕けて、上腕三頭筋も大きく断裂している。
けれど、なんとかキックを叩き落すことができた。
僕は自信を深めて【ヒール】で回復する。
「ははっ、やるな!」
「表のワークアウトのうちの一つが、こんなところで役に立つなんて! これは……なんとかなるかもしれないぞ!」
「ならば、これはどうだ!」
だがドューラスは喜々として、次々とハイキックを放ってくる。
その一つ一つが異世界転生トラックに匹敵する威力をもつものだ。
安易に被弾してはならない。
僕は避けることを選択した。
「スクワット! スクワット! スクワットぉぉぉ!」
僕は、腰をかがめて太ももの筋肉を駆使して軽快に上半身を上下させる。
蹴りを上回るほどに鋭い、僕の上下運動のおかげで紙一重の距離でハイキックを立て続けにかわすことができた。
やはり通用する……通用するぞ!
「それでは今度はこれはどうだ」
腰を低くくして重心を落としながら放たれた低い位置への蹴り。
僕は脚を縦にしてガードをする。
ローキック……?
いや、これは……まさかッ!
ボギィ!
「ぐ、ぐわあああああ!」
脛を立てるようにして防いだのがまずかったのだろう。
僕の脛骨は呆気なく折れた。
脛の外側。
ふくらはぎの部分を狙って蹴られた、小さいモーションのカーフキック。
筋肉の厚みがないふくらはぎを狙って放たれた、ローキックなどとは比較にならない恐ろしい蹴りは、的確に僕の脚を破壊した。
僕が苦痛に耐えるうちに再度カーフキックが撃ち込まれた。
バキバキッ。
今度は左脚が壊れたが、この程度なら【ヒール】でどうにでもなる。
【ヒール】を連打して、僕は必死に再生して体勢を立て直す。
「そうきたか。キリがないな。神よりも不死身とはな」
「そっちこそ!」
僕は何とか戦えていることに自信を強める。
笑顔で戦うようになってから、随分と相手の動きが見えるようになってきた。
ひょっとしたら、師匠には心までも鍛えてもらっていたのかもしれない。
「いまだ! サイドレンジ!」
またも放たれたカーフキックにタイミングを合わせて、僕は横に跳躍して躱す。
僕の挙動によって、蹴りを放ったドューラスにわずかな隙が生じた。
蹴りを空ぶって、少しだけ身体が開いてしまったのだ!
「このチャンスは絶対に逃さない!」
僕は、身体を密着させるために一気に距離を詰める。
至近距離ならば、蹴り技を喰らわずに攻撃できる!
クリンチをしてボディを打ちまくれば、単純な我慢比べに持ち込める。
だが、そんな僕に対して恐るべきカウンターが放たれた。
殺。
カーフキックを空ぶった後に、ワンステップを踏んでから。
足を地面から浮かせるようにして、コンパクトに放たれた前蹴り。
恐るべき脚力を推進力にして、更に全体重が載せられた殺意そのものの蹴りが……僕に向かってきている。
上段と下段。
単調な蹴りが繰り返された後の中段蹴り。
突如として放たれた中段蹴りが、がら空きになった僕の腹部に。
スローモーションのように吸い込まれていく。
そして、僕の心臓より少し下。
肋骨を掻い潜るように。
「なっ……ッ! これは前蹴りではない……ッ!!」
身体に当たる直前。
僕の視力は、刺突するために指先が変化するのを捉えた。
研ぎ澄まされたレイピアを想起した。
尖った足先が僕の身体に刺さった。
貫。
パァン!
僕の肝臓が破裂して千々に破れていくのが分かった。
「これは……三日月蹴り……ッ!!」
肝臓に突き刺さった。
いや、肝臓を突き破った蹴りは、そのまま僕の腹部を貫いた。
「さぁ、もう年貢の納め時だな」
「違う! ここからが僕の秘策だ!」
僕はそう叫ぶと腹筋に全力を篭めて、ドューラスの右脚をそのまま絞め上げる。
「なっ……! 足が抜けない!」
踏。
僕は、動揺するドューラスの左膝の半月板を正面から踏み抜き、その勢いのままに押し倒す。
腹部にヤツの右脚を生やしたまま、僕は左膝でヤツの腹部を固定し、右膝でヤツの左脚に体重をかけて逃げられなくする。
やっとだ。
やっとマウントポジションがとれた!
「なるほど。この状況ならば……」
そう言いながらドューラスは身を動かして、抜け出そうとする。
とっかかりとして、僕の身体を触り……
「ば、馬鹿な!? 掴めない!!」
そう。
かつて。
うっかり聖油を使用してコーティングされてしまってからというもの……。
僕はつかみどころのないほどにヌルヌルになってしまっているのだ!
まさにチートすることヌル山のごとし!
「ヌルヌルしてるって! ヌルヌルしてるって!」
渾身のチートに、さすがに動揺してしまったのだろう。
もはや今までに見せていた余裕はかけらもなくなってしまっている。
「これで終わりだ! 必殺、ベントオーバー・ローイング!」
広背筋と僧帽筋に力をこめて、僕は両手でヤツの顔を捕まえて全力で引きつけたのだった。
(つづく。)
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