第60話 ガッツ 


 打ち下ろし気味に放たれたブローが脳天に直撃した。

 脳髄が揺れて、僕の視界が一気にブラックアウトする。


 致命傷。

 そんな単語が頭をよぎった。


 喰らった直後から、急激に全身の力が失われるのが分かった。

 僕は、自然と、崩れ落ちるようにして地に伏していた。



 死。


 その一文字が近づいてきているのが、頬に伝わる床の冷たさよりもハッキリと分かった。



 そっか。

 がむしゃらになって頑張ってきたけど……。

 やはり最弱の【白魔導士】が最強に至るのは無理だったんだ。


 疲れ切った肉体と心に、諦観が染み込んできた。


 諦める。

 ただそれだけで、気持ちがスッと楽になるのが分かった。

 ここまで、もう何年も頑張ってきた。

 これ以上は頑張れないよ……。





 でも。

 

 僕がここで死んでしまえば……

 クロエは一体どうなってしまうのだろうか。


 ふと疑問がわいた。

 

 本来ならば、虚弱体質の僕と一緒に旅立ちを迎えるはずだった。

 僕がここで死んでしまえば、彼女は一人で旅に出ることになるのだろうか。



 そんな疑問もすぐに夢散してしまい、全身を包むけだるさに身を任せてしまう。


 ここまで頑張ったのだから、もういいだろう。

 もう僕は疲れた……。











『……熱く……』


 声が聞こえる。


『……熱くなれ……』


 もう僕は負けてしまった。

 身体だけでなく心まで折れてしまった。


 さすがに、もうこれ以上は頑張れないよ。


 どこからか聞こえてくる声。

 しかし、声は更に強くなる。



『もっと熱くなれよ! どうして諦めるんだ! そこで!』

「うわあああ! 暑苦しい! それにうるさい!」

 あまりの不快指数に、僕は立ち上がって怒鳴ってしまっていた。

 

 すると、立ち上がった僕の全身は、突如として光に包まれた。

 この光は一体……?!



「これは……、そうか! "靴王"の【ガッツ】か!」

 戦闘中に死に瀕したときに一度だけ全回復をする【ガッツ】が発動したのだ!

 まさか、チートアイテムがここにきて役に立つとは……。


 全身を覆っていた光が弱まるころには、疲労感も消え去り、心身ともに完全に回復していた。


 さっきまでの気弱な心境がウソみたいに思える。

 まるで快晴の空のように晴れやかだ。

 死の淵に迷い込んだことで、僕のなかの何かが変わったのかもしれない。



「なるほどなるほど。まさか隠し玉があったとはな。随分と楽しませてくれる」

 声がした方を見やると、悪神は心底楽しそうに笑みを浮かべて佇んでいたのだった。


 もう後がない。

 残機がゼロの状態で、原作クリア後コンテンツの裏ボスと対峙したのだった。


 









■■あとがき■■

2021.10.13


「安心してください」

「あ、アンタは……」

 筆者が振り返ると、そこには一人の男が立っていた。


「安心してください。生えてますよ」

安室やすむろさん……。ありがとうございます……」


 そう。

 落ち込んでいる筆者に声をかけてきたのは、安室やすむろさんだった。


 メンタル不調に陥ったり、仕事で大穴を開けたりした人物を陰で優しくフォローする。

 "とにかく優しい安室やすむろさん"といつしか社内で呼ばれるようになっていた御仁だ。

 

「生えてきたのなんて……鼻毛とパイ毛ぐらいですよ……」

 あとはギャランドウなどもだが、あえて筆者は安室やすむろさんには説明しない。

「あ、安心してください」


「しかも、ボディーシャンプーのせいで抜毛アンインストールが激しくなっただけでなく、髪の毛がゴワゴワになってますし」

「あ、安心して……?」


「挙句の果てには、フィナステリドとノコギリヤシを併用したことにより、EDが重くなっているんですよ! 両方とも肝臓で作用するために、肝臓がシクシクと痛みだしてますし! 肝機能障害になっていたら、一体どうすればいいんですか?!」

「ああ……、安心できないですね……」


「そうですよ! 安心なんてとんでもないです!」

 安室やすむろさんのフォローに噛みついた筆者は、言わなくていいことまで赤裸々に語ってしまったのであった。

 

「あ、すいません。そろそろ、タバコ休憩終わるんで」

 そして、言うだけ言ってすっきりした筆者は、速攻で話を打ち切った。


 人柄が良いが仕事はできない。

 そんな風に仕事面ではマイナスの意味において定評のある安室やすむろさんと会話することに、正直あまり意味はない。

 率直に言えば、時間の無駄なのだ。



 


 煙草部屋を退出したのち、筆者はある場所に向かった。




 トイレの洗面台の鏡を凝視してみたが、やはり生え際には産毛すら生えていなかった。

 「次の多面評価では安室やすむろさんのことをボロクソに書こう」

 そう筆者は誓ったのだった。




 



(つづく。テニヌ解説者と吉本芸人が大好き! 更新遅くてすみません。)

 

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