第58話 流血 "Blue Blood"

■■まえがき■■

 今回のBGMは"Auvernia"の"Blue Blood"でお願いします!


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 こいつはヤバいやつだ。

 そう、僕の直感が告げる。


 額をパックリと割かれてしまったがために、顔面が鮮血で覆われる。

 流れ込んでくる血液で視界が赤く染まるなか、頭部裂傷と右腕骨折による痛みが走る。

 その痛みに耐えているわずかな時間にも、目の前のバトルジャンキーが着実に僕を追い詰めようとして距離を詰めてくる。


 僕は、【ヒール】で回復しながら、逃げるようにバックステップをして距離を確保する。


 少しでもダメージを落ち着かせないと……。

 あまりにも一方的な展開に困惑してしまったが、死にものぐるいで戦うしか僕には道がない。


 腹を据えた戦い方に切り替えよう。

 ガードを固めてブロッキングで対応するつもりだったが……ガードを高くして構えていても、その隙間を抉じ開けられてしまう。

 その結果、無駄にダメージを喰らっていたらジリ貧になるだけだ。

 



 

 射。

 外。

 昇。

 逸。


 僕が方針を変えてガードを下げたと見るや、ドューラスはインステップからの距離の長い右ストレートを放った。

 その矢のように放たれた右を、身体を倒すことで外す。

 

 逆に、僕は、身体を倒した無理な姿勢から右太ももに力をこめて、右アッパーをカウンター気味に放つ。


 顎先を捉えた!

 たしかに僕はそう思った。


 だが、まるで幻覚を殴ったかのように手応えがなく、拳が空を切る。

 カウンターに反応したドューラスに、パリィで逸らされてしまったのだ。


 く、くそっ!



「ふむ。なるほど徐々に見えてきたということか。これは厄介だな」

 笑いながらそう言うと、一気に踏み込んで大振りの右を放ってきた。


 僕は、左腕のガードをあげて肘で防ごうとする。


 だが、右拳を防ぐことはできなかった。


 ドューラスは身体をシフトして微妙な角度で侵入角を調整すると、着弾地点が顔面のど真ん中になるようにして僕のガードを避けたのだ。



「ぐはっ!」

 顔面にめり込んだ拳で鼻骨が圧し折られ、蛇口を全力でひねったかのように鼻血が噴き出る。

 

「死ね」

 前進する勢いを載せて、右ジャブと左ストレートのワンツーが放たれる。


 僕はタックル気味の低いダッキングで、躱しながら膠着状態に持ち込もうとする。

 せめて、勢いを削がないと、一気に押し込まれてしまう!



 ガツッ!


 だが、やつが放った低い位置からの右アッパーが、下げた僕の頭のさらに下から顔面にヒットする。

 腰だめからの強烈な一撃に、危うく意識が飛びそうになるが、なんとか堪える。


 なんとか堪えて……。

 なぜか急に視界が低く……。



「ハハハッ。やっと膝をついたか」

 嘲笑う声が聞こえた。


 どうやら僕は知らぬ間に膝をついていたようだった。

 身体を起こそうとするもガクガクと膝が震えてしまい、まともに起き上がることができない。


 ダウン?!

 まさか、この僕が?!


「さぁ、立てるものかな」

「負けるかぁッ!」

 一呼吸で意識を取り戻すと、僕は【ヒール】をしながら立ち上がる。

 



 濤。

 伏。


 立ち上がった僕に対して、怒涛の連打が押し寄せてくる。

 なんとかガード、ボディワーク、フットワークを駆使して、それらの拳撃を掻い潜る。


 一撃だけ。オーバーハンド気味のカウンターを放つことができたが、それも冷静にブロッキングをされてしまう。

 僕がなんとか返した攻撃も、空振りに終わってしまった。


「今度こそ喰らえ!」

 僕はダッキングと見せかけて、再び右のオーバーハンドを放つが、それも冷静に見切られて躱される。

 それどころか、拳が抜けた後にスペースを埋められて、後頭部を押さえられる。


「ハハハッ。どうだ。」

 頭を押さえている腕とは別の腕から、肘が撃ち落される。

「ぐっぐっ」

 走る激痛に呻くことしかできない。

 身体を密着させていてはいけない。


 僕は、相手を突き飛ばすようにして距離をとろうとした。


 だが、突き飛ばしたことによりスペースが開いた隙をついて、今度は左フックが僕の顔面に刺さった。


 くそっ。

 せめてガードをあけて、バックステップをして距離を確保しようとする。


 だが。


 左ジャブ、右ボディ、ワン・ツー、ワン・ツー。後退する僕に狙いをすまして、ステップインをしながら繰り出される連撃にガードが押し切られそうになってしまう。

 ほぼ両足同時に踏み込みながら前進されるため、その勢いが途絶えることがない。


 カウンター狙いなのに、勢いが載った拳がろくに見えないから反撃することができない!


 戸惑う僕に対して、やつは言い放った。

「これぞ、神の見えざる手ってやつだな。ハハハッ。」


 
















■■あとがき■■

2021.09.30


「なぜだ! なぜなんだ!」


 薬物に加えてサプリメントまで飲み始めたというのに、非情にも初期脱毛は続く。

 10日~1か月ぐらいの期間が初期脱毛の相場ということだが、残念ながら筆者の場合は1か月半ぐらい初期脱毛が続いている。

 一日200~300本抜ける初期脱毛が1か月半だと……ッ!


 ここまで続くと、もはやミノキシジルによる初期脱毛ではなく、何らかの手違いで抗がん剤でも飲んでいるのではと心配になるレベルだ。

 そういえばインドから個人輸入する医薬品には、一定割合で偽物が含まれているとか……。

 まさかな……ハハッ。

 いよいよ不安になってきた。


 事ここに至っては、安心のためだけにAGAスキンケアクリニックへと通うべきだろうか。

 お布施として数万円が必要になるけれど。


 それに、もしスキンケアクリニックから処方された薬の成分が、いま飲んでるやつと全く同じだったらと思うと笑えない。

 結局、初期脱毛で禿げるのかよ!みたいな。


 一度ハマってしまったら二度と抜け出ることはできない。

 AGA治療という沼の闇の深さを痛感する。


 いま飲んでいるミノクソールとフィナクスを飲むのを止めてしまったら、禿げてしまうのだ。飲んでても初期脱毛で禿げるけど。

 まさに、往くも禿げ退くもハゲ……どちらに進んでも禿げ散らか死することが決まっているわけだ。

 無限ループで死にまくる悪役令嬢並みのエゲツなさ。誰か助けて。


 いまも、シャンプー後の筆者の掌には泡とともに大量の毛髪が混じっている。

 ヘアサイクルから外れた細くて弱弱しい毛だけならばよいが、それなりにしっかりした毛も混ざっている。

 聞いている話とあまりに違う。

 抜けるのは、か細くか弱くていつ抜けるか分からない毛だけではなかったのか。

 20センチぐらいの毛が抜けて、0.02ミリとかに生え変わったら……。周囲の人がどう思うかぐらい分かるだろ?


 こんなはずではなかった。

 あまりの精神的苦痛に鬱病でも発症しそうだ。

 そしたら、ストレスでもっと禿げるのかな? (*´σー`)エヘヘ

 抜け出ることのできないハゲ地獄に、遺伝子レベルの業の深さを感じる。


「もうダメだあ! おしまいだあ!」

 風呂場で叫んでいると、ふと『こんなにも長期間にわたって初期脱毛がなぜに続くのだろうか』という疑問が浮かんだ。



「ひょっとして、他にも原因が……まさか!」


 筆者の眼前に並ぶシャンプーのボトル達。

 頭皮ケアを気にしてから闇雲に購入した、スカルプケアシャンプーやメンズ育毛トニックシャンプーがずらりと並んでいる。


「まさか……お前たちが犯人なのか?」


 やたらと洗浄力が強く、頭皮がスースーするばかりだった。

 風呂上りにやけに頭皮が熱くなったり、異常なまでにかゆくなったりしていたが……。

 そうした一連の反応こそが育毛に効果的なのだと自らに暗示をかけて、盲目的に使用していた。

 しかし、よくよく考えたら、頭皮に優しいシャンプーで起こるとは到底思えない反応ばかりだ。

 こんなものを市場に出すなんて……シャンプーメーカーは万死に値する。


 そうか、お前たちが犯人だったのか。


 あそこまで刺激が強いのだから、何らかのアレルギー症状でも起こしていたのかもしれない。

 それでは毛も生えてこないわけだ。

 現時点で気がついてよかった……。

 だいぶ生え際が後退してしまったが、今ならばまだ……。


 やはり、最近の筆者は随分と頭が冴えてきているように思う。

 効果音にしたら、ツルリとかピカリとかキラリとかそんな感じの冴えっぷりだ。


「しかし……今更どうすれば……。それに、これ以上ボトルが増えるのだけは避けたい」

 もう新しいシャンプーを買うのは、経済的にも厳しい。

 加えて、置き場という意味において物理的にも厳しい。このままのペースでボトルが増えたら、ドラッグストアのシャンプーコーナーみたいになりそうだ。


 導き出された解に胸を痛めながらボトルを眺めていると……居並ぶボトルたちの隅で、一つだけ"アレルギーパッチテスト済み"と表示されているボトルが目に付いた。


「お前は……」


 そうだ。

 こいつならば……。


「お前だったら、もう十年近く使っている。この十年間にわたって何ら肌トラブルを起こしたことはない。そうか……この局面で頼るべきはお前だったのか……。気がつくのが遅くてごめんよ」

 



 そうして、筆者は決断を下して、とあるボトルを手に取った。

 それは……。





 ボディシャンプー。



 この十年以上を共にした戦友だ。

 筆者からの信頼に長きにわたって応えてくれた、義に篤く仁を知るやつだ。

 こいつがダメなら、もはやダメだということなのだろう。

 最後に頼れるのはお前だけだ。





 

 この決断が、どう運命を変えることになるのか……。

 まだ誰も知らない……。



(つづく。)

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