第45話 とうとう幻聴まで聞こえるようになってしまった。僕はもうダメなのかもしれない……

 王都の裏通りで白魔法を乱発した後、僕はヴェガ商会の本店に向かった。

 後には健康体となった乞食たちだけが残された。


 その後、"不具"という商売道具を奪われた乞食たちがどういう風に生活していくのか……。そんな、根本的な問題を解決しないままの癒し。

 偽善に過ぎないが、一時的にでも救いがあるだけマシだろう。

 僕は、傲慢にもそんなことを思ったのだった。


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 ほどなくして到着したヴェガ商会の店先のショーウィンドウの前。

 そこで、僕は"靴王"を凝視するのだった。


 ワニ革特有のツヤ感のある光沢を放ちながら、"靴王"は変わらず鎮座していた。

 他の装備品とは別格のオーラをまとっている。

 そして、その下に置かれた値札も変わらず別格だ……。

 喉から手が出るほど欲しい。


「はぁ~」

 僕は思わずため息をついてしまう。

 靴王を入手する方法なんて……


 小遣い一万年分の前借りをするか、一生追われる身になる覚悟で盗みを働くか……ぐらいしか思いつかないよ。


 はっ。

 

 そうか!

 明日、母さんの財布から小遣い一万年分を抜き取ればいいんだ!


 やっと……。

 やっと、適切な入手方法が見つかった!

 そんな感動に僕が打ち震えていたときだった。



「おやっ、タナカさま。ずいぶんとお久しぶりです」

 突如として、横から声をかけられた。

 横を向くと、いつぞやの五十代ぐらいで恰幅のよい髭の店員さんがいた。


「あっ、いつぞやの店員さん! こんばんは!」

「またも靴王を見られていたようですね」


 そういうと、しばらく店員さんは考えるようにして髭をさすった後、僕にこんなことを言ってきたのだった。

「今日はもうこんな時間です。他にお客さまも来られないでしょうし……よろしければ店内で"靴王"を手に取ってみてはいかがですか?」

「そ、そんな……!」

 突然の申し出に、僕は恐縮してしまう。

「ご遠慮なさらず、どうぞどうぞ」


 そうして、意味深な笑みを浮かべる店員さんに案内されるがまま、僕は店内に足を踏み入れたのだった。



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 そして、いま、僕の目の前に"靴王"が存在している。

 商談用の立派な応接テーブルの上。

 そこに、貴重品のために用意されたクッショントレイに置かれてだ。


「触る際には、この手袋とマスクをしてからにしてください」

 そういって、店員さんが渡してきた白い手袋とマスクをつけて、僕は"靴王"を持ち上げる。


「こ、このオーラは……」

 僕は息をすることすら忘れて、持ち手の角度を変えて"靴王"を眺め続ける。

 どこからどう見ても、全てが洗練されて完成された逸品だ。


「こんな素晴らしい装備品を間近でみることができるなんて……」

 圧倒的な存在感に飲み込まれてしまいそうだ!

 これほどのオーラに溢れる靴ならば【ガッツ】を使えるようになるのも納得だ。

「とても素晴らしいひと時を過ごさせていただきました。ありがとうございました!」

 僕は、わざわざ閉店時間よりも早くに店を閉めてくれた店員さんに、御礼の言葉を述べた。


 そんな僕に対して、どこか満足げに、そしてどこか意味ありげに問いかけてきた。

「それだけで良いのですか?」

 商人さんの笑顔はさっきから変わらない。

 だが、その笑顔の下には、なにかとてつもない獰猛な生き物が潜んでいるように思えてきた。


「そ、それだけというのは……?」

「手に入れてみたくはないのですか?」

 僕の質問に対して、笑顔のまま更問いを投げてくる。


「そりゃあ勿論、手に入れたいとは思っていますよ。でも金額が折り合わないというか……」

 この返事を聞いた瞬間に、店員さんの笑顔が満面の笑みへと変わった。

 まさに、我が意を得たりといった感じだろうか。


「それでは……一つだけ条件があるのですが……」



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 店員さんとの条件交渉を済ませた。

 応諾するしかなかった。

 応諾するしかなかったんだよ!!!


 商談用の立派な応接テーブルの向こう側には、一仕事をやり終えた感を漂わせる店員さん。

 対して、応接テーブルのこちら側には、敗北の二文字を背負った僕。

 

 完敗だ。

 完敗だよ!


「とても素晴らしい取引をさせていただきました。タナカさまの迅速なご判断に感謝いたします」

 そう言うと、"靴王"の載ったクッショントレイをずいっとこちら側に押してくる。


「いえ……こちらこそ、これからもよろしくお願いします」

 僕は、内心の動揺を鎮めるようにそう言って、話を切り上げる。


 まずは、自分が入手した"靴王"に集中しないと!

 これから先に、僕が実現する"とある条件"については一旦棚上げだ!


 穴のあくほど見た後、僕は"靴王"を持ち上げる。


 いざ履かん!


 ……とは思いながら、その前にもう一度やはりじっくり見てしまう。

 当然のことながら、これだけの高額な装備品を入手するのは初めてのことだから。

 さっきから心臓の音が高鳴っていて、極度の緊張状態だ。

 こんなときこそ冷静に、冷静に……


「あれ?」

 よくみると、靴王のベロの内側にネームタグのようなものが縫い付けてある。


「なんだろう? 前の持ち主さんの名前かな?」

 字がかすれていて読み取るのに苦労してしまうが……


「えっと……マツオカ……?」

 きっと昔の持ち主さんなんだろう。

 これほどの逸品なのだから、いろいろと所有者を転々とするのも道理だ。

 そんなことを思いながら、僕は勇気をもって足を通したのだった。


 靴に通した足先から、いままでに感じたことのない感覚が僕を襲った。

 そして……




――ベストを尽くすだけでは勝てない。僕は勝ちにいく――


 な、なんだ?! この声は?!


――もっと熱くなれよ!!!! 熱い血燃やしてけよ!!!!――


 ま、まさか……これは?!





 靴王……



 

 マツオカ。




 靴王マツオカ。




 シューズオウマツオカ。




 シューズオウマツオカ!

 シューズオウマツオカ!

 シューズオウマツオカ!

 シューズオウマツオカ!



 僕の脳内に突如として響いてくる。

 とあるスポーツ界の太陽神を称えるエールの声。

 それがエコーのように、僕に聞こえてくるようになってしまったのだ!

 これじゃあ、まるで呪いの装備品じゃないか!?!?



 う、う、うわあああああああああああああああああ!!!









■■あとがき■■

2021.07.25


「えっ、なんでメールがリスク部に飛んでるん?」

 筆者は目を疑った。

 部の取りまとめ担当から、リスク部あてにメールが送られているのだ。

 筆者が取りまとめ担当にファイルを送付してから、わずか数十秒後の出来事だった。


「課長、とんでもないことになってしまいました」

 筆者は課長に報告をする。緊急事態だ。


 リスク発生報告。

 社内では、役員が●●会議に定例的に報告をしないといけなくなるほどの重要インシデントを意味する。


「あのファイルが部長や役員に伺われずに部外に出てしまうとは……。にわかに信じがたいですね……。せめて簡易伺いぐらいされるものと思っていましたが……」

 課長はどこかくたびれたように口から漏らした。


 

 そう。


 あまりにも要員が増えないことに業を煮やした筆者と課長が、部内照会に対して「部長、いい加減に人を配置してくださいよ。このままじゃあレピュテーションだけでなく、業務管理の観点からもとんでもないことになってしまいますよ」とばかりに作ったファイル。

 そのなかには「要員配置がされず、もはや手の施しようがない」「新規で受け付けた案件は2年先にも着手できないのではないでしょうか」などの危険な文面が多数盛り込まれていたのだ。


 それが、リスク部にノーチェックで提出されてしまった!

 筆者と課長は、部のガバナンスの弱さを未だ見誤っていたのだ。

 こんなファイルが担当者から部外にノーチェックで発射されるなんて、想像もできないでちゅ~。ばぶ~。


 筆者と課長の想定では……部長に伺われた後に"無かったこと"にされて、筆者と課長が伺ったという証跡がメールで残るだけ。

 そうすれば、後日、仮に問題になったとしても”事務屋は頑張りましたよね”という証拠によって保身を図ることができる。

 体制整備は経営幹部が頭を悩ませる話であり我々のような下々の事務屋が苦しむものではない。きわめてまっとうな動き……


 そんなはずだったのに。

 なぜ、こんなことに。


 リスク部に、筆者の所属するラインの体制面の脆弱さが露呈してしまった。

 これは……内部監査で玩具にされるのは確定だろう。。。。

 業務監査室に監査指摘を記録として残されてしまったら、更にめんどくさいことになってしまう。。。

 数年間にわたってウォッチされ続けるからな……。

 改善報告とか筆者が作るのかね?

 あ、あと……監査対応も筆者かぁ……(遠い目)。

 

 なぜ? なぜ?

 そんな疑問が頭のなかをグルグルと回り、幻聴のように筆者に問いかけてくるのだった。


(つづく。靴王出てきたの22話なんですね。ネタ回収まで長かった~。)

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