第40話 決め技 "Your Time Has Come"

■■まえがき■■

 今回のBGMは"UNISONIC"の"Your Time Has Come"でお願いします!


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「くらえ! ニートゥエルボーォオ!」

 僕の膝先と肘先がゴブリンキングの右腕を挟み込み……その尺骨と橈骨が粉砕された。

 骨という支えを失ったキングの手首から先が、力なく垂れ下がった。


「さぁ、これからは僕の番だ」

 ダメージを受けて弱ったであろうゴブリンキングに対して、僕は前のめりになって勢いをつけながら右ストレートを打ち下ろす。

 

 だが。


 ダメージを感じさせない動きをキングは見せる。

 なんと、僕の前進を計算して、咄嗟にクリンチをしながら屈みこんだのだ。


 それにより、僕の打ち下ろしは空を切ってしまう。

 かえって、僕の胸にキングは巧みに頭を当ててきて、僕の身体の勢いが削がれてしまった。


 それどころか、キングはそのままの体勢で左腕を巧みに僕の背後に回して僕の身体を逃げれなくすると、折れた右腕で僕にボディを打ち込んできたのだ!


「な、なんだとッ!」

 壊れたことなど微塵も感じさせない、重さの乗った右ボディが僕の腹筋に刺さる。


「う、動けない!」

 クリンチから逃れるために、僕は身体を振ってキングを振り払おうとする。

 だが、引き離すことはできなかった。

 僕が逃げ場を探す間も、ひたすらキングは手首から先が壊れた右腕で殴ってくる。


 そのときになって、初めて僕はモンスターに対して敬意を抱いた。

 至近距離から見て、キングの顔には苦悶の表情が浮かんでいた。

 右腕からは激痛が走っているにもかかわらず、僕を倒す、ただそれだけのために懸命に壊れた腕で殴ってきているのだ。


 このままダメージをくらい続けるのはマズイ……!


「くらえ、トライセプスプレス!」

 僕は全力を上腕三頭筋に集めると、両腕でキングを弾き飛ばす。


 よろめくキングに対して、息をつく暇も与えないように僕は攻撃にうつる。

 ここで攻めきるしかない!


「くらえ! 倒れろ! アームカール!」

 大振りの左フックを放つが、またもスウェーで避けられる。

 さらに、僕は追い打ちの右フックを放つが、今度はダッキングで避けられる。

「くそっ! くそっ!」

 しゃがみこんでいるキングに対して、僕は左フックを打ち下ろし気味に繰り出して追い打ちをかける。




 ボクァ!


 僕の左フックは空をきり、キングがよけながら放った左アッパーが僕の顔面に当たる。

 僕の視界が揺れる。


 なにくそっ!


 僕は不完全な体勢のまま、アッパーを当てて硬直したキングに対して、左フックを打ち込む。

 キングの右腕でガードをされてしまったが、やっとまともに当てることができた。


「はははっ……ぐはっ!」

 ヒットしたことに喜んだ僕の油断をついて、今度はキングが左ジャブを僕の顔面に打ってきた。

 

 くそっ。

 常にガードを意識していないと……隙を見せればすぐに顔面を殴られてしまう。

 僕はガードを固めて、キングが再び放った左ジャブを防いだ。

 

 カウンターを……ッ!


 だが、僕がガードを解く前に、更にキングは折れた右腕でガードの上から殴ってきた。その衝撃で体勢を崩された僕は、カウンターを打ち返すこともできず、バックステップをして距離をとろうとするが……


 キングが距離を詰めながら放った左ジャブ。

 僕は、なんとか両腕でガードする。


 だが、次の攻撃で僕のガードは剥がされてしまう。

 キングは折れた右腕を鞭のようにしならせると、僕のガードを横薙ぎにして下げさせたのだ。


 マズイ……ッ!


 ガードが無理やり下げられて呆然とする僕に対して、連続してキングがジャブを放ってくる。

 僕は為す術もなく、顔面で三発もらう。


 くそッ!! 強すぎる!


 なんとかガードを固めた僕に向かって、まるでマシンガンのように左拳が撃ち込まれる。

 


 ドカッ。ガッ。ガッ。

 さらには、ガードの横から折れた右拳をしならせて叩きつけてくる。


 キングは死に物狂いとなって、悪鬼のごとく連打を繰り出してくる。 

 稀にガードの隙間を抜けて、僕の顔面に左拳が刺さる。

 至近距離からの連打によって、僕の両瞼の上は切られてしまい、さっきから鮮血が止まらない。


 再びキングの顔に表情が戻ってきた。

 今度は死神のような笑顔だ。

 僕への連打に手ごたえを感じて、酔いしれているのだろう。


 


 涛。


 既に連打をうけすぎて、僕のガードは決壊寸前に追い込まれている。

 ラッシュが荒波のごとく押し寄せ、僕を翻弄する。



「コレデ終ワリダナ」

 ゴブリンキングが最後の止めの左ストレートを放った。





 

 だが。



 ここまで防戦一方だった間、僕の眼筋はキングの動きにアジャストすることができるようになっていた。

 すでに僕の動体視力は、キングの動きを完全に視認できるようになっていたのだ。


 決めにこようとしていたキングが見せた最大のチャンスを、僕は見逃さない。



「筋肉を舐めるなぁぁぁああああああ!!!」



 世界がスローモーションのようになり、目に映る全ての動きが緩やかになった。

 僕は、生まれて初めてゾーンを経験していた。


 大鷲のように両腕を広げた僕は、広背筋を大きく伸ばして、腰を低くする。

 そして、ダッシュをしながら、キングの左ストレートを少しだけ首を傾けて避ける。


 僕の頬をキングの拳がかすった。

 

 想定していなかったであろう僕の反撃に対して、キングはバックステップで逃れようとするが……逃がすわけないだろっ!!!

 キングが後ろに跳躍する以上の勢いで僕は距離を詰めて、一気に両腕を閉ざす。


「捕まえたぞ!」

「?!!?!!」

 僕の腕のなかに囚われたキングは困惑するばかりだった。


 身をよじって逃れようとするキングに対して、僕は自らの左手首を右掌で強固に掴むことでロックを完成させる。


 キングの腰に僕のタックルが決まったのだ。


「絶対に逃がさない!」

 僕がこの手を離すことだけはない!

 絶対に倒す!


 

 僕は全身の筋肉に力をこめて締め上げる。

 キングの腰回りが砕け散ろうとしているが……僕はそんなことはお構いなしに渾身のワークアウトを繰り出した。




「くらえ! プレスダウン!」




 隕。




 僕は全体重と全膂力を載せて、ゴブリンキングを地面に打ち下ろした。

 隕石が落下したかのような衝撃が、あたり一面を襲った。

 

 








■■あとがき■■

2021.07.07


 部付部長から指示を受けた筆者は、左の席に座るJさんの過去の悪行を暴くために他部署の知り合いにメールをしたのだった。

『おひさしぶりです。元気にしていますか。Jさんについて教えてください。そちらの部にいたときに問題行動とか起こしていませんでしたか。あとは、仕事できなすぎてヤバいのですが。超勤しすぎだし』

 

 十分ほどで返事が返ってきた。

 どれどれ……。

『テリードリームさん、以前に自分が仕事で悩んでいたときに相談させていただいてから、もう七年ですか。随分と時間が経つのは早いものですね。さて、お問い合わせいただいたJさんですが、ご懸念のとおり仕事は全くできません。パソコンは特に苦手で、パスワードの初期化で騒ぐのはしょっちゅうでした。そんなん知らんがなっていう。それと、彼の生産性のまったくない超勤はよく問題視されて、当時の管理者が頭を悩ませていました。彼の問題行動は仕事以外にも……、もともとは北海道の方でしたがセクハ●で降格+追放されて東京に来ているにも関わらず、私の部署でも若い女性社員に時間外にRineを連続して送るなどあまり反省の見られない方でしたね。いつもお疲れ様です。管理者になると大変ですね』

 


(つд⊂)ゴシゴシゴシ. _, ._.


(;゚ Д゚) …!?


 筆者は、すぐにメールを部付部長に転送した。

『↓みたいな回答ありました』

 極力距離をとって、関わらないようにするスタンスだ。

 この問題はアンタッチャブル。

 人事権を持たない名ばかり管理職でよかった……! 本当に良かった……!


 おや、光の速さで部付部長から返信が……?!

『わずか三十分ほどで早速の報告ありがとうございます。パワ●ラかと思っていたのですが……、セクハ●をひいてくるとは。テリードリームさんの引きの良さに脱帽です。この会社、やはり人事部が機能していませんね。所詮は人事ひとごとといったところでしょうか。人事とは会社の能力そのものだというのに……本当に困ったものです』

『人事部が情報引き継ぎで事故ってるんだから困りますよね。その程度の会社だということです』


 筆者は人事部を貶して、メールを打ち切る。

 明日は……。久しぶりに休暇をもらうかな(遠い目)。

 旅に出ます的な感じで。


 いかん!

 またもメールが来た。

 部付部長のレスが早すぎる!


『実は、テリードリームさんの右横に座っている入社一年目のLさんですが……、実はメンタルヘルスについて相談を受けています。そちらについても探ってくれませんか? こちらは対話を行ったうえで、対話記録を作成して送付してください』

 

 !?


 えっと、Lちゃんってたしかに可愛らしい感じの真面目な娘だが……。しかも、常時マスクをするようになってからマスク美人っぷりに磨きがかかって、この老人ホームのような職場における一服の清涼剤といってもいいぐらいの位置づけだ。いつもお世話になっております!

 そういえば、最近、筆者の席の後ろぐらいでLちゃんが仕事を押し付けられるような会話を頻繁にしていたような。

 パワハラっぽいやりとりが続いたから……笑顔をみせなくなったものだとばかり思っていたが……、まさか!?


 見るからにめんどくさそうだから、カクヨム読むのを優先してシカトしてしまった筆者は悪くないよね?!

 だって、あのときの筆者は管理職じゃなかったんだもの!


『彼女の上には、別の名ばかり管理職がいるのでそちらに対話すべきと解しますが。業務指示、彼が出していますよね?』

『彼は同じ名ばかり管理職ではありますが、仕事のできない方の名ばかり管理職なのでLちゃんも業を煮やしているかと思います。テリードリームさんだけが頼りです。よろしくお願いします』

『わかりました。明日、時間をとって対話をしてみます。業務の繁忙状況を把握するとともに、Jさんから時間外などでアプローチを受けていないかそれとなく探ってみます』


 対話ぐらい自分でやれよ……!

 そんな思いを筆者は胸に抱いたのだった。



 つづく。

 (※あとがきのジャンルをギャグと誤認される方がおられますが、正しくは現代ホラーです)

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