第37話 レッドドラゴン "The Ancient Forest of Elves"

■■まえがき■■

 今回のBGMは"Luca Turilli"の"The Ancient Forest of Elves"でお願いします!


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 エルフが住むという"古代の森"。

 僕はそこにたどり着いた。

 

 本来ならばその名に似つかわしく木々が生い茂っているはずだが……、僕の眼前にはそんな青々とした自然は残されていなかった。

 焼け焦げた表皮をまとった枯れ木がまばらに生えているだけで、視界の向こうまで炭で真っ黒に覆われている。

 

 頬に灰の混じった風を受けながら、目の前の光景につい独りこぼしてしまう。

「ずいぶんと荒らされたものだな……」

 この地ではかつて平穏で長閑な暮らしが営まれていたのだろうが……それらは一掃されてしまったのだ。


「ゴブリン共め……!」

 恐らく、【火魔法】を身に着けたゴブリンメイジを多数抱えて、木々を焼き払いながらゴブリンたちは進軍している。

 火炎系の攻撃を得意とする何らかのモンスターも擁していることだろう。


 実に効果的な戦術をとるものだ。

 木が無くなればエルフの弓士は身を隠しながら矢で攻撃することができなくなる。一方で、ゴブリンたちは盾で身を守りながら人海戦術をとって、数の少ないエルフたちを包囲殲滅していくわけだ。


 きっと、ゴブリンキングの率いる軍の前にエルフたちは為すすべがなく、撤退に次ぐ撤退を余儀なくされていることだろう。


 


 焼き開かれた森林跡地。

 ゴブリンたちが踏み固めたであろう道を、僕は足早に駆け抜ける。


 視界に飛び込んでくるのは、焼け焦げた大地に、炭化した木々ばかりだ。

 だが……、矢の刺さったゴブリンの死体が多数打ち捨てられ、ところどころに食い散らかされた男エルフの骸が見える。


 かつてエルフたちが愛したという"古代の森"は、もはや見る影もない。

 走りながら、僕は周囲の惨状を心に刻む。


 衝動に突き動かされて、いつしか僕は全力で走っていた。

 この森を壊したゴブリンキングへの殺意がこみ上げてきた。



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「見えた!」

 僕の瞳が、ゴブリンたちの駐屯地の灯りを捉えた。


 雑な柵で囲われた、簡易な陣地だが……。

 おそらくは、数千匹ほどのゴブリンが駐屯していることだろう。

 

 だが、どれだけ群れたところで。

 レベル47まで到達した僕にとって、強化された個体であったとしてもゴブリンなど雑魚でしかない。

 しかも、どうせ出てくるのはエルフと交わった遠距離攻撃タイプばかりだ。


 ゴブリンキング以外は、全て駆逐する。


 そう心に決めると、僕は全力で直線的な動きで大地を駆ける。

 駐屯地まで、まるで導かれているように感じながら、星明りの下を最短で征く。


 みるみる駐屯地が近くなる。


 ゴブリンたちが僕に気づいたのか、急に騒がしくなってきた。

 物見櫓から金属音が聞こえるけど知ったものか。

 今日、僕がお前たちを全て滅ぼすことは確定事項だ。


「フロントレイズ!」

 ダッシュで生じた勢いを載せた右手を前に繰り出し、木製の門扉を吹き飛ばす。

「グギイ!」

 木片に巻き込まれて吹き飛ばされるゴブリンたちが悲鳴をあげる。


 僕を迎えうつために、軍が動こうとしていたのか。

 見た感じ、数百匹ほどの規模が控えていた。


 ちょうどよかった。

 手間がかからなくて実にいい。


「くらえ! メディシンボール!」

 手近なところでうずくまっていたゴブリンの頭を掴むと、僕は全力で投擲する。


「イーーー! ギィイー!」

 ゴブリンの五体が千切れ飛び、骨や肉がゴブリンの軍をまきこむ。


「うおおおお! サイドスロー! オーバーヘッドスロー!」

 次々と近くにいるゴブリンを雑に、軍に投げ入れる。

 たった一匹のゴブリンが炸裂弾のごとく、十数匹を戦闘不能に陥れるのだから大したものだ。


「なんてエコなんだ! ゴブリンを使って、ゴブリンを殺すなんて!」

 ゴブリンたちの繰り広げる阿鼻叫喚の地獄絵図のなかに、僕のリサイクル精神に溢れた雄叫びが響く。


 どうせ今日この軍は滅ぼすのだ、盛大にいこう!


 そう思いながら、僕は湯水のごとく湧いてくるゴブリンを滅する。

 動くゴブリンを手当たり次第に投げまわしていたら、いつしか……周囲に動くゴブリンはいなくなってしまっていた。



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「これでよし! もう大丈夫だ」

 回復魔法をかけおわると、僕は女エルフに声をかける。

「さぁ、あちらの方に同族がみんな身を寄せている。申し訳ないが、そこまでは自力で走ってくれ」

 

 ゴブリンたちを虐殺しながら、目についた小屋に入ると……。

 いずこも女エルフが捕虜になっていた。

 僕は救助をしたら、僕が駐屯地に入ったときの方向にエルフを逃がす。

 僕が歩いてきた方向には生きているゴブリンは居ないから、ひとまず安全なのだ。


 僕が女エルフを見送りながら、額の汗を手の甲で拭っていると……


 




 焔。




 僕の身体が、突然炎に包まれた。


「なっ……!」

 焼けてはぜる皮膚を【ヒール】で回復させて、身構える。

 ゴブリンメイジの【フレイム】など比較にならないほどの威力で、僕のMDEFを貫いてくる。


「これは……【ヒートブレス】か?!」

 継続ダメージが発生していそうなので、僕は【リジェネ】をかけて打ち消す。


「やはり隠し玉がいたか」 

 ゴブリンメイジの【火魔法】程度では……MPがいくらあっても……この森を焼き払うのは難しいだろう。

 火力を担うモンスターが別にいたのだ。


 僕が身構える先には、ゴブリンを背に乗せたレッドドラゴンがいた。


 ゴブリンメイジ以外に、この"古代の森"を焼き払ったモンスター。

 それこそが、レッドドラゴンなのだ。


ってやるよ」

 僕は拳を握り、レッドドラゴンに向かって歩を進めた。



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 燃え落ちる駐屯地の端。

 そこには、かつてはエルフたちに愛された湖があった。


 その湖に、ひとり佇む。

 鎮かに佇むその男に、丸い影が伸びた。


 その影で気づいたのだろう。

 そいつは、誰何のために声を発した。


「オマエハ……?」

「貴様を殺しにきた者だよ」

 僕は、バランスボールに腰かけながら返事をする。


 そのボールは、かつてレッドドラゴンと呼ばれた肉塊だった。







■■あとがき■■

2021.06.27


「おめでとう」

「おめでとう」

「昇進おめでとう」

 なんだこの、おめでとうラッシュは……。

 全然めでたくねぇ……。

 まるでエヴァンゲリオ●のTV版の最終回みたいだ……。

 あやうく筆者の人生も最終回を迎えそうなレベル。


「テリードリーム君、少しだけ話をしようか」

「あ、アンタは……、部長!」

「昨日は君が在宅ワークだったから、電話で辞令を済ませたが……。こういうのはちゃんと対面で話した方が良いからな」

「ありがとうございます」

「まず、これからは君も管理職となるが……。来月からラインのメンバーが増えるわけではないので、今までの担当者ソロプレイヤーとしての業務を引き続きよろしく頼む」

「えっ。七人ぐらい不足してますよって話を入れましたよね?」

「あ、あと、超勤したくてしたくてしょうがないかもしれないが……。管理職になったからといって月に200時間とか超勤しないでくれよ。さすがに、S部のA君が問題になったばかりだからな。ちゃんと月45時間のバーを越えないように注意してくれ」

「私の毎月の超勤はせいぜい2~3時間なのですが……」

 

 部長との対話を終えて自席に戻った筆者を待っていたのは、続々と届くお祝いメールだった。

「三六協定の無い世界へようこそ!」

「組合卒業おめでとうございます!」

「ともに名ばかり管理職として歩んでいきましょう!」

「社畜の病無限超勤編開始ですね!」

「超勤代でなくなるから、実質減給!」




 やはり、こいつら……!

 人事権のある課長ではなく、●●役というトラップ管理職に俺が成り下がったことを楽しんでいやがる……!





 だが、筆者はまだその時は知らなかった……。


 急激に社内に管理職が増えており、経営陣が問題視していることを。

 そして、●●役とはどのような仕事をしてもD評価しか出ないクソ評価体系のもとにある悲しいポジションだということを。

 

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