第18話 叫び(2回目)

 

 僕はソウボ山から下山すると、筋肉魔法【マッスル・ダッシュ】を駆使して王都に向かった。


 死体を遺族に届けるために。

 僕は、王都ストツの冒険者ギルドに行く必要があった。


 原作では、王都の冒険者ギルドだけ24時間営業をしていた。

 夜間にしか行動できない僕が、唯一利用することのできる冒険者ギルド。


 王都ストツの冒険者ギルドは、王都に所在するだけあって、この国の冒険者ギルドの総本山だ。

 総本山というだけあって、体制面でも余裕があるのだろうか。


 それにしても……


 24時間営業なんて……。


 まるでコールドジムみたいだ!


 そんなことを思いながら、王都中心あたりに位置する建物に向かう。

 ほどなくして、僕は、猛虎を象った看板を掲げた重厚な建物を見つけた。


「ここだな」

 原作の知識と照らし合わせて確認をした後、ドアを押し開ける。

 ドアのきしむ音が響いた。


 屋内に入ると、奥にあるカウンターの向こうに赤髪のひげ面のおじさんが一人座っていた。

 胡乱げな表情で、僕を見つめ返してくる。


 ガサット。

 王都ギルドマスターにして、かつての伝説的な冒険者。

 王都の荒くれものを統率する生きるカリスマだ。


「こんな夜分にすみません」

「はぁ……なんのようだ?」

 興味なさげに耳をほじりながら、僕に問うてくる。


「実は、モンスターを倒したので買い取ってもらいたいのと……遺品を収めたくて」

「カードは?」


 冒険者登録をしたときに渡されるカードを提示しろということだろう。

「すみません。持っていません」

 僕が答えると、呆れたように口を開く。

「……まず納品の前に冒険者登録をしないとな。名前は?」


「ワ……タナカといいます」

 父さんや母さんにバレるリスクがあるから、本名プレイだけは避けないといけない。

 またも偽名を名乗ってしまったが、たぶん正解のはずだ。

 偽名だったら、あとで問題になったとしても逃げきれるだろうし。


「ふーん。タナカね。変な名前だな」

 そういうと手元の紙に書き込み、無造作にカードを投げて渡してくる。


 渡されたのは灰色のカードだった。

「これは?」

「なんの実績もないから、最下級の石等級からスタートだ。さあ、さっさとモンスターを出せ」


「すみません。どこか人目につかない部屋があればいいのですが」

「めんどくさいやつだなぁ」

 筋肉魔法の"制約"の関係から、【マッスル・インベントリ】は人前で使用することができない。

 ……人前で使用できるが、僕が使用したくないというのが正確な表現かもしれないが。

 とにかく、僕は筋肉魔法を他人の前で使わないと心に誓っている。


 ひげ面のおじさんに案内され、僕は奥の部屋に入った。


 かなり大きな部屋で、壁には何本もの大きな包丁がかけられている。

「ここが解体部屋だ。その辺の地面の上にでも出してくれ」

 なんらかの収納系スキルを有していると察したガサットさんは、僕に収納系スキルを使うことを促してくる。


「僕が収納スキルを使っている間、決して、中をのぞかないでくださいね」

 そう僕は、ガサットさんに言う。

「決して、中をのぞかないでくださいね」

 ダチョ●倶楽部のように念を押すことを忘れない。


「お、おぅ」

 首を傾げながらガサットさんが退室して、ドアを閉めるのを視認する。


 しばらく耳を澄ませた後、ガサットさんの気配がないこと確認した。


「大丈夫そうだな」

 僕は【マッスル・インベントリ】で、ワンジョー平原で狩った草原鼠や一角兎を大量に地面に置いて山を作る。

 

「解体するのが大変そうだけど……。仕事だからやってくれるだろう。たぶん」

 僕は無責任に呟くと、さらにソウボ山で確保した遺体を床に安置する。


「たぶん……後は何とかしてくれるはずだ……たぶん」

 正規に届け出ると色々手続きが大変だ。

 きっと、朝までに家に帰ることはできないだろう。


 だから、僕は冒険者ギルドにこの遺体を置き逃げすることにした。


 入口から少し入れば目に留まるぐらいの位置に麻袋を置くと、「ソウボ山で見つけた遺体です。どうか遺族のところに届けてあげてください」と走り書きでメモをして、麻袋の下に差し込む。


「どうぞ入ってください」

 僕がそう声をかけると、カウンターからノロノロとガサットさんが解体部屋に歩いてくる。


「うおっ、すげえ! 新人のくせにやるじゃねーか!」

 入室したガサットさんは、山積みにされたモンスターの死骸に驚愕する。

「こんだけあったら、解体だけで一晩かかっちまうな。査定はしておくから、明日代金を受け取りに来てくれ」

 

 そう話かけてくるガサットさんに、僕は伺いをたてる。


「すみません。ちょっとトイレをお借りしてよろしいですか」

 この後に起こるであろう騒ぎから逃れるため、僕は離席することにした。


「おう。構わんぞ」

 了承を得ると、僕はドアを閉めることすらせずに、トイレに猛ダッシュする。


 僕はトイレにかけこんだ。

「そんなにトイレに行きたかったのかよ。まったく変なやつだぜ……おや、この麻袋は?」

 トイレのドアに鍵をかける直前に、そんな声が聞こえた。


「う、うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 そんな叫びを尻目に、僕は【マッスル・ワープ】をつかって自宅に逃げ帰ったのだった。



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 耳に残る叫びを忘れるために、僕はかぶりを振り、自室のベッドに腰かけた。

「ひとまず、ミッション完了っと」

 僕はそう呟いて、深呼吸をすると気持ちを切り替える。


 いまごろ大騒ぎになっているかもしれないが、気にしてはいけない。

 決して気にしてはいけない。

 気にしてはいけないんだ!



「次は……"きんのネックレス"か」

 僕は懐からネックレスを取り出すと、机の上に置く。


 名前のとおり、ゴールドに光かがやくネックレスだ。

 ぴかぴかと反射をしながら、黄金特有の金属の重みを訴えかけてくる。

 上品なその輝きは本当に素晴らしいものだと思う。




「だが……ダサすぎるだろ」



 独特な捻じれたデザインの輪をチェーン上につなげている……。



 どう見ても、喜平ネックレスだ。


 アイテムの細部のデザインまでは、原作では明らかにされていなかったが……。

 まぁ、まだここまでは良い。

 喜平ネックレスは、好みは分かれるけど、好きな人は好きだったりするから。



 なぜ……。



 なぜ……フロントダブルバイセプス※でポージングをした金色のボディビルダーが、ペンダントトップとして取り付けられているんだい?



 なんで、こんな愚かなデザインを……。


 まさか……。





 "きんのネックレス"とは……





 "金のネックレス"ではなくて……








 "筋のネックレス"だというのか!





「ありえないだろッ! こんなダサいものをゲームクリアまで身に着けるとかッ! 人を馬鹿にするにもほどがあるだろッ!」




 僕は深夜にも関わらず雄叫びをあげた。






 

■■補足■■

 フロントダブルバイセプスとは、ボディビルのポーズのうちの一つ。

 上腕二頭筋、前腕筋、大腿四頭筋、腹筋といった身体の前面に見える筋肉全てをアピールする。なお、よりデカく筋肉をアピールするには脚や背中にも力を入れることが必要。




■■あとがき■■

2021.04.23

リメイク版のPVが500を超えました!

やった~!

主人公が死体を置き逃げするような本作ではありますが、引き続きご愛顧をお願いいたします!


 

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