第15話 叫び "Someone's Crying"

■■まえがき■■

 今回のBGMは"MASTERPLAN"の"Someone's Crying"でお願いします!


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「これだけのステータスがあれば即死をすることはないだろう」






 そんな風に思いあがっていた、十分ほど前の僕をぶん殴りたい。


 

 僕はいま、ワンジョー平原の安全地帯でうずくまって震えている。


 "タナカ"の知識は正しかった……。

 そして、その知識を"ゲーム"と同じように考えて、安易に行動をした僕は愚か者だった。

 



 つい十分ほど前のことを振り返ってみようか……。




 ソウボ山に踏み入った直後、僕は血犬一匹と対峙した。

 脚に噛みつかれそうになり、とっさに僕はランジを繰り出し、血犬を蹴り飛ばした。

 樹木に叩きつけることに成功したが、運悪くそいつは生きていた。



 トドメをさそうと、僕が近寄ろうとした時。





 吼。


 

 僕の身体を刺し貫くように、咆哮が上がった。


 命の危機を感じ取ったそいつは、【遠吠え】をあげたのだ。

 僕は両手で耳を押さえながら、原作では血犬が【遠吠え】で仲間を呼ぶことを思い出した。



 ソウボ山全体に響き渡るかのような大きな【遠吠え】だった。



「しまった!!」


 僕は最悪の事態を想定した。

 この血犬は、序盤のトラウマと呼ばれる類のモンスターだ。


『ドラク●2のマドハン●といえば分かりやすいかもしれない。

 いかに倒そうとも、倒した数以上の仲間を呼ばれ、やがて画面いっぱいのマ●ハンドが……』

 謎の思考がわいてくるが気にしない。


 一匹目の血犬を一撃で仕留めきれなかったばかりに、次々と血犬が姿を現し……最終的には十数匹が僕を囲んでいた。

 どう考えてもレベル5がソロで戦える敵ではなかった……。

 


 筋肉魔法【マッスル・ワープ】を使った僕は、難を逃れてワンジョー平原まで戻ってきたのだった。




 今回、僕には反省すべき点がいくつもあった。


 まず、ソウボ山に踏み込む前に、敵の使う【スキル】を考慮して対策を練っていなかった。

 ちゃんと事前に対策を練ってさえいれば、血犬が【遠吠え】を使ってくることなど容易に分かった。

 そして、なんとしても仲間を呼ばれないように手を打つべきだったのだ。

 呼ばれる前に逃げるという手もあったかもしれない。


 そして、原作との違いについてあまり考えていなかったのもマズかった。

 原作では、敵キャラはせいぜい四匹しか一画面に並ばなかった。

『しょせんエロゲーの戦闘なんてそんなもん。WIN95の頃はもっとゲーム性が高かったのに……、あの頃のエロゲーは良かった』と謎の思考がわいてくるが、それは横に置いておこう。

 原作とは異なり、僕は十数匹の血犬に囲まれた。

 多対一の戦い方を理解していなかった僕でも、もし一匹を倒そうとすれば袋叩きにされることは容易に想像できた。


 これもやはり"リアル"ならでは、といったことなのだろうか。

 


 はぁ。


 極度の緊張を味わった結果、疲労してしまった。

 今日はもう狩りに行く気にはならなかった。


 しばらくそのまま座り込んで、呼吸を整えた。

 そして、呼吸を整え終わる頃には、ずいぶんと時間が過ぎていた。


 もう今日は帰ろう。


 そう思い、立ち上がったときだった。




「助けてくれー!」


 悲鳴が聞こえた。


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 僕は、悲鳴がする方向に全力でダッシュをした。


 比較的近い場所だったのですぐに駆け付けることができたが、なんと馬車が複数のモンスターに襲われていた。

 馬車の付近には、モンスターの死骸が散見された。


「ゴブリンが五匹だと……!」


 最序盤のワンジョー平原に、序盤の半ばぐらいに現れるはずのゴブリンがいるのか理解できなかった。

 原作では、マップごとに出現するモンスターが固定されていたはずだが……。


 だが、僕は、襲われている馬車を見捨てるわけにはいかなかった。


「フロントランジ」


 蹴。


 僕の放った前蹴りが、ゴブリンの腹部を貫通する。

 得意の不意打ちで、敵を一体屠れた。


「ギィーーーー!!!」

 突如として現れた僕によって、仲間の一体が殺されたことに驚いたのもつかの間のこと。

 残った四体は、僕に向き直ろうとする。


 その、ゴブリンが体勢を立て直す隙に、僕は視界をかすめた血まみれの男二人に無詠唱で【ハイヒール】をかける。


「こ、これは……!」

「ば、馬鹿な……!!」

 男二人が驚きの声をあげるのを無視し、僕はゴブリン四体と対峙する。


 さて……どう攻めたものか。

 僕は考えた後、さっき殺したゴブリンの死骸を投げつけた。


 二匹が体勢を崩した。

 残り二匹に対して、僕は襲い掛かる。


「アームカール」

 腕を畳むようにして拳を持ち上げて、一体のゴブリンの顎を砕く。

 もう一匹の息の根を止めるために、身体を横に動かそうとした瞬間。

 

 

 刺。



 僕の身体に、一本の錆びた剣が刺さった。


「ギギィッ!」

 得意げに、剣を刺したゴブリンが僕を見ながら笑う。


 

 だが。

 僕は筋肉に力を込めて隆起させて、錆びた剣を身体から抜かせまいとする。


「ギギッ??!!」

 突如として動かなくなった剣を全力で引く素振りを見せるが、梃子でも動かない。

 僕の筋肉は、その程度で動かせるような柔な鍛え方はしていない。



「サイドレイズ」

 僕は腕を横に広げ、ゴブリンの顔面に拳を叩きこむ。


 顔面を陥没させられたゴブリンは、力なく地面に崩れ落ちた。



「さて……」

 残り二匹がいるはずだ。


 僕は、錆びた剣を抜いて【ヒール】で傷をふさぐと、残り二匹を倒そうとしたが……。


「すまない。助かった」

「恩にきる。こっちのゴブリンは倒しておいた」


 さきほど僕が回復しておいた男二人が、それぞれゴブリンを倒していてくれた。

 二人は僕の方に歩み寄ってくると、握手を求めてきた。


 僕は、右手で握手を返す。


「アンタのおかげで助かった。」

「随分と強いな。しかも白魔法まで使えるなんて、驚いたぜ」


 その後、しばらく二人と話をした。


 なんでも王都のヴェガ商会に所属する商人で、各地で商品を売り歩く部署の方たちだそうだ。

 道中でゴブリンに狙われてしまい、なんとか逃げきったと思っていたところを襲われて死を覚悟したところに、僕が現れて九死に一生を得たのだとか。


 そういう経緯があれば、マップ外にもモンスターが出てくるということだろうか?

 マップ外に出てきたランク上のモンスターとの戦闘……。考えるだけで恐ろしい事態だ。


 夜も遅いので、僕は二人に別れを告げようとした。すると……

「これは礼だ。もらってくれ」

「最後にアンタの名前だけでも教えてもらえないか」


「タナカと申します」

 渡された小瓶を受け取りながら、僕はとっさに偽名を名乗った。

 さすがに本名を名乗ることはできなかった。

 夜に徘徊してモンスターを狩っていることが、父と母にバレたらとんでもないことになってしまう!


 そうして、二人に別れを告げて、僕は帰宅したのだった。



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 僕は、自室で渡された小瓶を眺める。


「これは……どう見ても、"聖油"だよなぁ」


 小瓶に収められた黒色の油。


 中盤の雑魚モンスターを倒したら、低確率でドロップするレアアイテムだ。

 このレアアイテムを使用すると、武器の攻撃力を永続的に増加させることができる。


 高額アイテムのはずだが、まさかの序盤での入手。

 これを使えば、血犬との戦いも楽になるかもしれない。


 あの二人の感謝の気持ちが伝わってきたように感じた。


「武器を装備できないから無手で戦っているけど……。とりあえず使ってみるか」

 


 僕は、さっそく"聖油"を使った。



――"力"が上がりました――



「こ、これは……!!」



 なんと。


 僕の身体は、全身に黒い色のオイルが塗りたくられたかのように変色した。

 まるで、日サロに通ったかのようだ。


 慌てて手元にあるタオルで、オイルを拭う。

 だが、タオルでは僕の身体についたオイルを取れなかった。


「まさか……!」


 "聖油"の効果は永続だったはずだ。

 このヌルヌルした黒色のオイルは、一生僕につきまとってくるのか??!!



 こんな恐ろしいことになるなんて!!!!!!



「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 深夜にも関わらず、僕は慟哭した。


 



■■あとがき■■

2021.04.15


仕事疲れたぽ。

同時並行で調整することが多くて、何が何やら……。

事故った結果「とても恥ずかしいことだと思います」みたいなコメントを外部からいただく始末。

もうダメぽ。

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