第6話 チート①(職授けの書)


 僕は……絶対に強くなる!

 クロエと結ばれるために!!


 

 ……と決意はしたものの。



 これから成人までに七年ある。

 その期間でどれだけ成長できるかが肝だ。



 もし、原作のスタート時と同じような強さでスタートしてしまったら……。


 僕が斃されてゲームオーバー。

 ほぼそのパターンで確定といっていい。


 もし、僕が生き延びたとしても……、クロエと結ばれない人生に意味なんてない。

 他の男と結ばれるクロエを見るなんて……きっと死にたくなる。




 ……というわけで。

 僕は"タナカ"の知識を紐解いて、ある手段をとることにした。

 

 


 それは……"イクスパンション・パック"だ。



 発売してから好評を博した原作には、長期にわたって根強い人気が続いた。

 それに気をよくした制作会社は、ヤリコミゲーマー向けに課金パッチをオンライン発売した。

 それこそが"イクスパンション・パック"。


 まぁ……つまりは、オンラインで有料コンテンツをダウソすると、初期状態よりも簡単にクリアできるようになっているわけだ。

 ハッキリいって、チートだ。


 難点は、ワールドマップの様々な場所に落ちているアイテムを拾ったりするのが面倒くさいことや、若干危険なところにアイテムが隠されていることぐらいだ。

 その程度の難点など、もたらされる利益に比べたら屁みたいなもの。



 ただ……問題は……。


 この世界に、そのパッチが適用されているかどうかが不明なこと。


 もし、課金パッチが適用されていたら、かなり状況が改善される。

 



-------------------------------------


 

 僕は、家人が全て寝静まった深夜にこっそり家を抜け出して、村の裏山に向かった。

 

 人間の気配のない鬱蒼とした山中を、腰ぐらいの草を踏み倒しながら進んでいく。

 たどり着いたのは、裏山の端の方にある泉だ。


 その泉の更に奥に、ひっそりと人目に触れないように存在する洞窟。

 そこが、僕が探すチートアイテムの隠された地だ。


 最序盤で入手可能となるそのアイテムが存在するかどうかで……パッチの適用有無が分かるが……。

 

 ええい、ままよ!

 


 夜闇に紛れた分かりづらい入口から、僕は洞窟の中に踏み込んでいった。


 視界は全く開けていないが、僕は気にせずに、前に進んでいく。

 モンスターの出現しない一本道ダンジョンであることが分かっているからだ。


 僕は、遠慮なく進む。

 脳裏をよぎるのは、「もしアイテムが無かったら……」という恐怖心。



 その場合には、かなり難易度が高くなる。

 神回避とか神エイムとか必中クリとか、そんな感じのプレイヤースキルを鍛える方向に伸ばしていくことになるだろう。

 正直、かなり厳しい。


 しかも、ゲームならリセットできるが……、悲しい哉ここは現実。

 一発当たれば即死なのだ。


 ス●ランカーも驚きのスぺ体質。

 それこそが【白魔導士】。

 なんせ、レベル1のときのステータスでは、力はたったの1……!

 一体、僕にどうしろと。




 入って数分で、最奥の小部屋にたどりついた。

 僕は、目当てのアイテムが入った宝箱がないか見回す。


 


 あった!


 ちょうど小部屋の一番奥に宝箱が見えた。


 やった……!

 やったぞ……!


 この世界には"イクスパンション・パック"が適用されている!

 そのことを、この宝箱の存在が如実に示してくれていた。


 パッチ非適用の場合には存在しない宝箱。

 僕がその宝箱を開けると……なかには古びた書物が入っていた。


 やった!

 やったった!!


 僕は、書物をつかむと洞窟からすぐさま脱出する。

 もはや、この場所に用はない。


 一本道の洞窟内を、全力で走る。

 そして、ダンジョンから一目散で出ると、僕は月明りに書物を照らす。



 何の変哲もない、ぼろぼろの書物。


 これこそが……「職授けの書」。

 僕が目指した、第一のチートアイテムだ。



 この世界では、生まれたときに神様から職業を授かる。

 そして、生まれ持って授かった職業がレアかどうかで、その後の人生が二分されてしまうのだ。


 レア職ならばリア充に、非レア職なら非リアに。

 ……世の中って厳しいね。


 だが、この「職授けの書」は、この世界の理から完全に外れたアイテムだ。

 なぜなら、キャラクターに二つ目の職業を付与することができるのだから。


 通常ならば、平均的に強くて欠点の無い【勇者】を底上げして快適プレイを実現するためのアイテムだが……。


 僕は、こいつを使うことで、【白魔導士】という最弱職から脱出しようと思う。


 

 あとは、この手中にある「職授けの書」を使うだけだ。


 だが……。


 ここにきて、躊躇いが生じる。

 

 もし、二つ目の職業が【白魔導士】だったら?



 ……最弱に最弱を足しても、最弱にしかならない。



 俗にいう"職授けガチャ"。

 ゲームならばリセマラすればいいだけだから、こんな気持ちにはならないのだろうけど。



 ドキドキと高鳴る僕の心音だけが、静まり返った裏山のなかで響いている。

 僕の心の迷いが、この瞬間を永劫のときのような長さに感じさせる。

 僕は、心臓を鎮めるかのように、深く呼吸を繰り返す。

 そして……



 覚悟完了。

 



 僕は勇気を振り絞って、「職授けの書」を使用した。



















――職業【筋肉】を獲得しました――






 ?



 えっと……。

 きっと何かの間違いだよね。




  (つд⊂)ゴシゴシ


 


 よし。

 もう大丈夫。

 

 ステータス画面で、職業の状況を確認しようっと。










 職業:【白魔導士】、【筋肉】













(;゚д゚) ・・・

 



(つд⊂)ゴシゴシゴシ




  _, ._

(;゚ Д゚) …!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る