10件目 #デート中の友人の遭遇すると気まずい

「で、どうしたのかな? 姉さん、錦?」


 沈黙が漂うカフェの中榊が並んで座る俺と結衣さんに問うてくる。俺達2人は一体何をしていたのかと。


 正直言って俺もよく分からない。意味も分からない内にここに連れて来られて話せと言われているのだから無理もない。


 本当に何でこうなったんだっけ?


 確か、そう。俺は弐式戸とのデート場所を探しに実地調査をしていたんだった。そして昼食を摂るのに良い場所は無いか色々と探して居た。


 そんな時にスポーティーなキャップをボブカットの頭に乗せサングラスで目元を隠してコソコソと怪しげな行動を取る榊の姉の結衣さんを見つけて声を掛けたんだったか。


 「えっと、結衣さん。何してるんです?」


 丁度、こんな風に。すると結衣さんは顔だけ俺の方を見て驚いたような顔をする。


 喧騒溢れる街中で結衣さんはこの声が俺だと分かると振り向いた顔に合わせて体も向ける。


 何をしてるのかとは聞いているが実際の所、SNSで流れてきたため榊の姉の結衣さんが今弟のストーキングをしているのを知っている。しかも相手は知られていることを知らない状態だ。ネタとして笑いに出来るような間柄でもないしどうにも気まずくなってしまう。


 それに「何してるんです?」 って確実に可笑しな質問だ。住んでる場所から遠いところで会ったのだからお出かけ以外にあり得ない。これでは不信感Maxの質問だ。


 やってしまった感が拭い切れない。


 「わ、わわわわ私⁉ え、えーとね……そう! お出かけ中よ」


 どうやら結衣さんも慌ててそれどころでは無い様だ。結衣さんの目は泳ぎまくっている。あっちに行ったりこっちに行ったりと大忙しだ。実際にこれ程働いたら如何程の収入が得られるものか。


 ともかく変な感じにならなくて良かったのだが、結衣さんのこれは嘘を言ってますと声高らかに宣言するようなものではないか。結衣さんは動揺すると直ぐに表情に出てしまうタイプか……


 これはちょっとイジリ甲斐がありそうだ。


 「あ、あれは……榊? デート中かな? 美登とも面識はあるし折角だから声を掛けてみますか。丁度話したいこともありましたし」

 「い、いや、錦君。ちょっと待とうか」


 俺達の少し先に彼女の笠原美登とデート中の榊に声を掛けようとしたら結衣さんは慌てて止めてきた。


 やはり結衣さんはあわあわとした様子が思いっきり表情に出ている。


 友達の姉には口が裂けても言えないがこういう所は大学4年という歳相応の見た目のギャップがあって可愛いかもしれない。友達の姉という関係性的に絶対言わないが。大事なことなので2回言いました。


 「あのさ、錦君。サカのデート中を邪魔するのは良くないと思うんだよね」


 結衣さんはサカと弟の榊のことを家族間での相性で呼び俺の進行方向、つまり俺と榊の間に立って妨害する。これは誰の目から見ても気づかれまいと必死だ。


 「見かけて声を掛けないのもどうかと思うんですよね。それに結衣さんは邪魔してないんですか?」

 「わ、私は、ほら……サカ達を見守ってるだけだから」

 「あれ? さっきお出かけ中って言ってませんでした?」

 「え? ……あ。……ってかサカ達が居なくなってる!」


 結衣さんに言われて榊と美登が歩いていた方を見ると姿を消していた。曲がり角でも曲がったのだろうか。


 そうだとするなら早く追って見つけないと目標をロストしてしまう。別に俺はストークングしている訳ではないからそれでも良いのだが、結衣さん的には頂けない展開だろう。


 「もぅ、錦君のせいで見失っちゃったじゃん」

 「俺のせいですか……そして尾行を認めましたね」

 「サカには内緒だからね。そんなことよりも追いかけないと」


 結衣さんは俺に弟の尾行を隠すことを諦めたのかはっきりと言い切って走り出す。


 普段からの尾行やコップの間接キスなど、ブラコンによる行動が榊に既にバレてるんだけどな……内心ではそう思いながらも黙って結衣さんの後を付いて行く。


 「やあ、姉さん、錦」

 「おっハロー錦。と、……榊のお姉さん?」


 歩く人を避けながら走りさっき榊と美登が居た所の1つ先にあった曲がり角を曲がるとそこには榊と美登が立っていた。


 最早呆れ顔の榊とは対照的に美登はどこか楽し気だった。デート中に知り合いと遭遇しても一切気まずさを感じさせない。これが陽キャの中心の実力か……


 「お、お前ら気付いて……」

 「これはねサカ。ちょっと事情があってね……」

 「僕たちの尾行に事情も何もないでしょ、姉さん。姉さんは一人でもバレバレだったし、2人は尾けてる割に騒がしすぎるよ」


 榊はやれやれとでも言うように首を横に振っている。


 それにしてもこれは変な話だ。結衣さんの尾行に気付いていたというのに何故今みたいに対処しなかったのだろうか? 気づいたらそうするのが普通だろうに。何かしらの意図でもあったのだろうか?


 「別に。こうすると面倒そうだったから撒こうとしてたんだけど……中々見失ってくれなかっただけだよ。錦も入って面倒になったからこうしてるだけ」


 とのこと。聞いてみれば非の打ちどころのない対処をしていただけであった。


 それでもしつこく追跡するのが結衣さんらしいが。


 「ねぇ、3人共。立ち話も何だし移動しようよ! 榊も良いよね?」

 「はぁ……もう好きにしてよ」


 この美登と榊のやりとりがきっかけとなり俺達4人はカフェテリアへと移動して今に至る。美登と榊とでは移動する意図が違うのだろうが。


 「で、どうしたのかな? 姉さん、錦?」


 俺の隣に結衣さん正面には榊とその隣に結衣さんが座った状態で榊が問うてくる。


 外から見ればダブルデートなのだが俺達のテーブルにだけ重い雰囲気が流れている。


 「まぁまかぁ。榊もそんな怒んないでさ。話だけ聞いて許してあげたら?」

 「ダメだよ、美登。こうなったらちゃんとしないとまたやられるから。特に姉さん」


 後を尾けられたことに怒り心頭な様子の榊は結衣さんに目を向ける。その目には呆れが宿っている。迷惑極まりないその行動をそろそろ止めろとでも言いたげだ。


 「サカ、ごめんね? でも、お姉ちゃんはね、その、心配で……」

 「心配なんて嘘は要らないし何でそうしてくるかも分かってるから。仮にそうだとしても僕は大学生な訳でそんなことされる理由もないし。姉さんは4年だってのに夏をこんなことに使ってそれで良いの?」

 「うぅ……ごもっとも」


 結衣さんは弟に説教されて悄気返っている。自分の行動原理までもがバレていて動揺も大きいようで思いつめたような表情をしている。これはメンタルに相当なダメージがありそうだ。


 「まぁ、姉さんは帰ってから話すとして」

 「えーまだあるの?」

 「当たり前でしょ。それで、錦は姉さんと一緒に何してるの? それが一番分かんないんだよね」

 「あー私もそれは思った。錦ってそういう感じじゃないよね。あそこでお姉さんと一緒に何してたのさ」


 今度は俺の方に話を振ってくる。というか美登の結衣さんの把握してそうな物言いが気になるんだけど。まさか榊の奴、話したのか? もしかすると今日撒こうとした時とかだろうか。彼女に相談するなんてことはないと思う。自分の彼女に姉とはいえ女性絡みの相談を持ち掛けるのは流石に気が引けるだろうし。


 それよりも結衣さんの羞恥ばかりが広がっていくのだが、結衣さんはそれで良いのだろうか?


 「錦?」

 「ん……ああいや。俺はただ下見に来てたら偶然会っただけだよ」

 「下見って? ああ、もしかして昨日上手くいったってこと? 何の連絡もないからそうなんじゃないかとは思ってたけど」


 流石は榊。俺のことをよく分かっているようでそんなことを言ってくる。やっぱり俺の相談役はこいつしか居ない。


 「上手くいったというか次の話を取り付けたって感じ。それだけだよ」

 「ああ、それで下見ね。でも、それでも次があるだけ良かったじゃん」

 「まあな」


 本当は弐式戸に負けたご褒美感溢れる罰ゲームで指示されてなのだがそれは伏せておこう。ヘタレだの何だの言われるに違いない。自分でもそう思うし。


 「え、何々? 錦がなんかしたの? 男2人話してないで私にも教えなよ!」


 何も知らない美登がグイグイと首を突っ込んできた。まぁ、そうなるよな。美登だもん。話すしかないか。


 だが、どこから話したものか……


 「ああ、それはね美登ちゃん。実は弐式戸葵ちゃんって子がいてね……」


 いや、何で結衣さんが話すんだ。榊から伝え聞いた話しか知らないだろ。それって最早噂でしかないのに……


 女子って怖い。俺は今になって初めて痛感した。


 「かぁーーー! 錦も純情だね。一途だ! でも、再開して彼女になったなんて良かったじゃん。おめでとう! それで付き合えないなんて言ったら笑えないよね」


 ほら、言わんこっちゃない。俺が弐式戸と付き合ってるなんて間違って伝わってしまったじゃないか。


 そしてそれを笑いながら言わないで欲しい。まだ付き合えてないんだから。自分でもそう言ってるだろ?


 「うん……まぁ、ありがと」


 だが、ここで流れを壊すことは俺には出来なかった。


 変に空気を読むことを覚えた根が陰キャの俺にはそんなことをする勇気はない。ここでそんなことしたら気まずくなってしまいかねないから。


 気を使わせるのも嫌だしここは適当に流しておく。後で付き合うことが出来ればそれで良しということで。


 「じゃあ、それでデートの下見をしてるってことか。そこまでする人なんて珍しいね。でも、そういうの好感持てるわ!」

 「そんなとこでな。どうしようか迷ってたんだ。さっきも色々と回っててこれからまた探すとこ」

 「へぇ~そうなんだ。じゃあさ、たまには趣向を変えて私達とダブルデートなんてどう?」

 「「は?」」

 「おぉ~良いねぇ~。やっちゃいなよ!」


 耳を疑うような美登の提案に男2人の間抜けな声が重なる中、結衣さんは妙案とでも言うように両手を合わせていた。


 いやはや認識の違いとは何とも恐ろしいことか。

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